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31.それでも貴女を愛している

その後何があったのか、私にはわからない。
人間たちのことは話さないと彼は約束していたが、それを守ってくれているかは知らない。
ただスタンキ・テインは消え、リテンマ・スィアは半泣きで一角獣の里に戻り、そしてこの獅子の里が解体されることとなった。
その事をまず泣き喚くセルーポ・ヌザンから聞き、それからルシャンデュ・セルマから事のあらましを聞いた。
 
「元々、血の気の多い里の長とその周りの連中が無理矢理作った所だった。族長は当初認めてなかったが根負けして里と認めたんだ。
俺はここに来るつもりはなかったが、ポーポフィがここに行くって聞かなくてな。あいつどこに行っても揉め事起こすし、そんなとこに一人で行ったらどうなるかわかんねえから俺も付いてきた。それが良くなかったんだろう。
俺が里にいることに気を大きくして、龍の里に奇襲をかけたり人間の里を何個も壊滅させた。
今回、闇の魔女を隠していた件が明らかになって族長も我慢の限界だったんだろうな」
 
そう言うとヨゼボ・フィースは小さく息を吐いた。
 
「これからどうするんですか」
 
「スマウが、いろんな種族が集まる谷の館のようなところを見つけた。
そこで暮らす。あいつも不死鳥の里に戻れないからな」
 
「私は? 」
 
「……一緒に来い」
 
「えー……」
 
音梨の所で暮らしたかったのだが。
私が不満の声をあげると、彼は顔を顰めた。
 
「不死鳥の里にお前が住むわけにはいかないだろ。不死鳥じゃねえし」
 
「音梨、ルシャンデュさん」
 
「あいつらは特殊だし、そもそもあの女はルシャンデュと結婚してる」
 
「なら私も不死鳥と結婚しようかな」
 
ヨゼボ・フィースは黙って私を睨みつけた。
ちょっとした冗談も許せないのか。
 
「ジョーダンですって。
でも谷の館のようにいろんな種族が集まる所なら私が浮かないし、いいかもしれませんね」
 
私は屋敷を見渡した。
ロクな場所じゃなかった。良い思い出など無い。
外にある大樹のせいでいつも薄暗く、古い家なので歩くたび廊下が軋んだ。昔は怖くて眠れなかったものだ。
……そういえば、この大樹は闇の魔女が力を取り戻したのでは、と噂になった頃にいきなり生えてきた。
闇の魔女は暗いところが苦手だ。家を守るために生やしていたのだろうか……。そんな疑問が浮かんだが、結局別の質問を彼にぶつけた。
 
「里から出なかったのはポーポフィさんの為ですか? 」
 
「いや……ここにいるだけで金が貰える。その代わり、里の長の狩りに付き合わされるんだ。
昔はそれで良かったんだが」
 
「兄妹仲は良くなかったんですか……? 彼女のためにここに来たのに結局はお金って……」
 
その言葉にヨゼボ・フィースはどこか遠くを見つめる。
感情は読めない。
 
「昔から気が合わなかった。気が強くて喧嘩っ早い癖に打たれ弱い。
あいつの番いも、なんも考えないで行動するしすぐ調子に乗るような奴だった。ある意味お似合いだったかもな。
里の長が龍の里を襲撃するだなんて馬鹿なこと言い出した時も二人は乗り気だった。勝てると思ってたんだろう。大馬鹿だよ」
 
彼が見つめている先にあるのは、かつてボワーリュ・ポーポフィが囚われていた牢だと気が付いた。
 
「番いが死んだ時あいつを殺してやるべきだったんだろうな。
それが出来なかったのはあいつが時々正気に戻ったからだ。もしかしたら、正気にずっと戻っていられるようになるんじゃと思った」
 
淡々とした声だ。
妹が死んだことなど少しも寂しくないような、なんの色もない声。
けれどその拳はキツく握られていた。爪の先が白くなり掌に血が滲むほどキツく。
 
「闇の魔女はどこから入り込んだんでしょうね……」
 
彼は首を振った。
 
「もしかしたらポーポフィから会いに行ったのかもな。自分がああなると分かっていてもなおルシャンデュに復讐したかったのかもしれない」
 
そこまで、彼女にとって番いというものは大きかったのだろうか。
私はこの男が殺されたとしてもそうはならない。
顔を上げヨゼボ・フィースを見た。
 
「私が殺されたらあなたも同じように復讐します? 」
 
彼は私の目をしっかり見つめてこう言った。
 
「ああ」
 
その迷いのない回答に驚いた。
彼は私を見つめたまま言葉を続ける。
 
「俺の親も番い同士で、とっくの昔に母が死んで父もすぐ自殺した。
ポーポフィも番いを失い狂った。
番いなんて呪いロクでもないと思ったよ。こんな呪い消え失せろとね」
 
彼は黙って息を吐いた。
低く掠れた声で言葉を続ける。
 
「だけど今は、俺がお前の番いで良かったと心の底から思う」
 
私は何も返事が出来ずただ彼を見つめた。
ヨゼボ・フィースは目を伏せて、それからこちらに背を向けた。
 
「ラジュブルに呼ばれてる。お前と話がしたいと」
 
「えっ」
 
話がいきなり変わり、戸惑いの声を上げる。
思わず呆けてしまったが、ラジュブル・クルッジョが私に話したい理由を思い出し彼の後を追う。
人間の話だ。
 
 
 
ラジュブル・クルッジョは里のすぐ外にいた。
私たちを見つけると人好きしそうな笑顔を浮かべ手を振ってこちらを呼んだ。
 
彼の元へ行くとニコニコと笑いながらお辞儀をしてくる。
 
「やあ、どうもどうも。呼びつけてすみません。
こんなことになるなんて思わなくて……中に入らせてもらえないんですよ」
 
「少ししたら入れるさ。その頃にはもぬけの殻だろうがな」
 
「うーん、その前に一仕事したいものですが……。
まあ、こんなことはどうでもいいですよね。ちょっと彼女とお話があるんですがお借りしても? 」
 
ヨゼボ・フィースは首を振った。
 
「色々あったからな、こいつから目を離せない」
 
「あー……リテンマが迷惑かけたようで……。
すみません、彼女はスアンさんのオトモダチなんでそこまで悪いやつじゃないんですけどちょっと流されやすいところがあって……。
あなたから貰ってた魔力も全部没収、もう里からは追放されましたから許してやってください」
 
ちょっと流されやすいからといって、人を殺そうとするのはどうかと思う。
 
しかし初めてリテンマ・スィアに会ったあの時ヨゼボ・フィースが渡していた謎の物体は彼の魔力だったのか。
なるほど、確かに彼ほどの幻獣の魔力ならば価値はあるだろう。
 
「でもでも、僕は自分の意思がしっかりありますから! 彼女に危害は加えません! 約束します」
 
その一角獣の商人は胸を張って腰に手を当てた。その顔は任せろとでも言いたげだった。
しかしヨゼボ・フィースは「悪いが信じられねえな」とあっさり言った。
 
ラジュブル・クルッジョは人間がどうなったかを私に教えたく、そしてヨゼボ・フィースは私がまたトラブルを起こさないかと見張っていたいのだろう。
 
「ラジュブルさん……あの、フィース様知ってますよ、人間のこと」
 
ラジュブル・クルッジョは僅かに目を見開いて警戒するような仕草を見せた。
しかしそれをすぐさま誤魔化すように笑う。
 
「なあんだ! そうなの。
それなら……まあ、あなたが今後我々に危害を加えようとしても無理ですからね」
 
「……どういう意味だ」
 
ラジュブル・クルッジョは一瞬悲しげな顔をした。
 
「人間たちはもうこの世界にいません」
 
この世界にいない。
頭をガツンと殴られたような気分になる。
もう二度と彼らに会うことは出来なくなってしまった。
だがそれで良いのだと思い直す。
ここにいてもいずれ殺されるだけ。
 
「どこに行ったんですか? 」
 
「君がハショウインの海辺に来た時……というか、警告してくれたから、あそこから出ようという話になってね。
取り敢えず一時的な隠れ場所として別の水辺へと向かっていたんだ。
そしたら霧が現れた」
 
いつか、ヨゼボ・フィースと話していた時のことを思い出す。
霧は世界を切り分けるカーテンなのだ。
この世界を作った神が、人間たちを別の部屋……世界に連れて行った。
 
「人間たちは別の世界に行くことにした。
そこは多分……神様も見ていると言ってくれたし、ここより酷くはないと思う」
 
ラジュブル・クルッジョはそこで言葉を区切ると、真剣な顔で私を見つめてきた。
薄水色の目が光る。
 
「君も来る? 人間たちの……血族の元へいたいんじゃないかな……」
 
ああ……と声が漏れた。
それは待ち望んでいた暮らしだ。
同族の中で穏やかで幸せな日々。
 
だが私は首を振る。
隣でヨゼボ・フィースが息を呑んだのがわかった。
彼は静かな声で、私を説得するかのように、言葉を紡いだ。
 
「……お前の妹には絶対に手を出さない。肺の穴も、二度と開くことは無いようにする。お前が死ぬまでは俺は死なないと約束しよう。耳も完全に復元は無理だろうが、なんとかして元のように近づける。
だから、行きたければ行けばいい」
 
僅かだが声が震えていた。
本当は私に行って欲しくないのだ。だが、彼は私を解放しようとしている。
なるほど、確かに私は愛されているなと場違いに思った。
 
「いえ、良いんですよ。
ラジュブルさんありがとうございました」
 
私が頭を下げると、ラジュブル・クルッジョは眩しそうに私を見つめ「僕はここにいるから何かあったら言ってね」と行って去って行った。
彼は人間たちの味方ではあるが、人間ではない。別世界に行けなかったのだろう。
 
「良いのか。今なら間に合う」
 
「私がいなくなったら音梨は世界で一人きりですよ。血の繋がった家族が近くにいるだけで安心すると分かったので、私はここにいます」
 
音梨が、ルシャンデュ・セルマのいるこの世界から出て行くことはきっと出来ない。
だから私がここにいないと彼女は1人になってしまう。
 
それに、と私言葉を続ける。
 
「かつて殺されていった同族の分まで生きます。
そしてあなたが私を愛し続ける限り、私はあなたを愛しません。あなたの側にずっといて、あなたの幸せを根こそぎ奪います。それが一番の復讐だと思うので」
 
私はフィースの顔を見る。
精々、人間の人生分は苦しんでもらおう。
彼の寿命からしたら僅かなものだ。それでもそれが私の、私たちの復讐だ。
 
私の決意に彼は何も言わず、ただその緑の目を細めて酷く寂しそうに笑った。

アンカー 1
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