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28.魔女は私の大事なものを奪う。

私たちは一切口をきかないまま獅子の里に戻った。
途中何度か名前を呼ばれたが無視をした。
我ながら子供っぽいことをしているなとは思ったが、口をきく気にはなれない。
また何か言われたら今度こと頭の血管が千切れる。
憤死だけはごめんだ。
 
「あっ! お帰りなさい! 」
 
セルーポ・ヌザンがヨゼボ・フィースの姿を見るなり笑顔で駆け寄ってきた。
ヨゼボ・フィースは鷹揚に返事をする。
 
「……って、あ! リオンてめえな! 女たちが怒ってたぞ!? また仕事サボったのかよ! お前はすぐ仕事サボるよな……ったく」
 
「俺が一緒に来るよう言ったんだ」
 
「そうだったんすか? まあ俺は別に……でも他の奴らがケッコー怒ってたんで」
 
「わかったよ、言っとく……けど誰かにリオンと出掛けるって言っといたはずなんだが」
 
「誰っすか? 」
 
「お前だよ」
 
「エッ……」
 
何故このバカを当てにするんだ。
私はイライラしながら屋敷に戻る。
今誰かに何か言われたら暴れだしそうだ。
 
「リオン」
 
ヨゼボ・フィースに呼ばれるが無視をした。
胃酸がこみ上げてくる。
 
「おーい、リオン! 聞こえてねえのか? フィース様が呼んでんぞー! 」
 
聞こえてないわけないだろう。
しかしセルーポ・ヌザンも無視した。別に彼に怒りは無いが、鬱陶しい。
 
「あのフード絶対聞こえにくくなると思ってたんすよね」
 
「お前は良いなあ。鈍くて」
 
「へ? 何言ってんすか?
あ、あいつ足早いな! リオン! リオンってば! 」
 
早足で逃げているからだ。
 
「無視されてんだよ」
 
「な!? なんで!? イジメ!? 」
 
「いや……。怒らせただけだ 」
 
「怒ってる!? リオンが!? フィース様に!? 」
 
「ああ」
 
セルーポ・ヌザンは黙っていた。
いや、黙っていたのではない、こちらに走って来ている!
 
「リオン、待てよ! 」
 
逃げる間も無く素晴らしい速さでこちらに来た彼は私の腕を掴んだ。
咄嗟に振り払い触られた腕を擦る。
 
「その腕擦るのやめろよ!いつもいつも 人を雑菌みたいに……! 」
 
「気持ち悪いから仕方ないじゃないですか。
触らないでもらえません? 」
 
「怒り方陰険だな……。
お前今までフィース様にそうやって怒ったことないじゃん。俺にはあるけど……。俺には……俺悪いことしてないのに……。
しかも最近なんか変だ。空見上げて笑い出したり、髪の毛弄ったり、情緒が不安定なんじゃない? 頭がおかしくなったか? 俺、番いがいなくても頭がおかしくなる奴初めて見た」
 
私はセルーポ・ヌザンの襟首を掴んでこちら側に思い切り引き寄せ、頭突きを食らわせた。
呻き声が上がる。
 
「なにしやがんだ! 」
 
「失礼なこと言わないでくださいよ」
 
空見上げて笑い出したのは、音梨の言っていたおかしなことを思い出したからだ。
髪の毛を弄っていたのは、音梨が私の髪を弄っていたからだ。
決して情緒不安定ではない。
 
「帰って来てお出迎えした俺に頭突きするとか酷くないか!? フィース様お出迎えしただけであってお前はついでなんだけど。
って、どこ行くんだよ! 話はまだ終わってない! 気がする! 」
 
なんで近くにいるのに大声を出すのだ。
耳の中が揺れる。
もう何発か頭突きを食らわせるべきだろうか。
 
「聞いてんのかよ! 」
 
「そんなデカイ声出されて聞こえないわけないじゃないですか。仕事サボったから、謝りに行ってこようと思ってるだけです! 」
 
そう怒鳴りかえしたあと、不意に胃酸がこみ上げた。
お腹が震え思わずしゃがみこむ。怒りがお腹に来たらしい。
 
「うわ、 どうした? 」
 
「なんでもないですよ」
 
背後でヨゼボ・フィースの足音がした。
いきなりこうなったから驚いたのだろう。
なんとか立ち上がらないと。
 
「急にしゃがむ奴がなんでもないわけないだろ……本当にいかれちまったか……」
 
「なんでもないっていうのは、何かはあるけどあなたには言いたくないってことだから! 言葉通りに捉えないでください」
 
「わ、悪い……」
 
背中に手が回される。
背筋がゾクッとして慌ててそれを振り払った。
 
「だから! 触んないで! 」
 
私はセルーポ・ヌザンの手だと思っていた。
しかしそれはヨゼボ・フィースであったらしく、面倒そうな顔でこちらを見てきた。
 
「どこか悪いなら言え。治すから」
 
そんなに面倒なら放っておけば良い。というかもう放っておいてくれないだろうか。
 
「あなたが居なくなればすぐ治るんですけどね」
 
私は痛みをこらえなんとか立ち上がり、2人を置いて屋敷に戻った。
 
 
 
少し頭が冷える。
セルーポ・ヌザンに頭突きをしたのは悪かった。
あの男、いつもああいう感じなのだから怒ったって仕方ないのに。
彼には謝ったほうがいいかもしれない。
この先、何年私がここに居させ続けられるのか分からないが、その間も表面だけでも仲良くしておくべきだろう。
 
道を引き返し里の入り口まで行くが二人の姿はなかった。
族長もいることだし忙しいのだろう。私も作業を手伝おう。何か仕事があるはずだ。
 
そう思った矢先、里の外に族長の娘、スタンキ・テインがいるのが見えた。
私がいるのが見つかるとまずい。
彼女に見つからないように慎重にその場を離れようとした……が、彼女の連れの顔を見て思わず立ち止まる。リテンマ・スィアだ。
一角獣の情報屋……ヨゼボ・フィースに会いに来たという感じではない。
彼女たちは何かを話し込んで居た。聞こえる範囲ギリギリの物陰に隠れる。
 
「勘付かれてるよ、マズイって」
 
リテンマ・スィアが爪を噛みながら、どこか怯えた声を出す。
 
「最初から無理なんだよこんな計画」
 
「だから龍の男を使おうって言ったのに」
 
スタンキ・テインは咎めるようにリテンマ・スィアを見たが、それに彼女は怒り出した。
 
「セルマを巻き込むのはやめてって言ってるじゃない! 」
 
「おお怖い怖い。
この間までスアン様を花嫁探しに利用した許せないとか言ってなかったっけ? 」
 
「それとこれとは別だわ! 絶対彼に手出さないで」
 
「分かってるわよ、うるさいわねえ。
……それで、フィースはどこまで分かってるの? 」
 
スタンキ・テインの青い目が光る。
 
「どこまでって……分からないわ。
ただハショウインの海辺に何かあるってことは分かってるみたい」
 
「あそこに隠れてるものが見つかったら大騒動よ。その前に計画を遂行しなくては」
 
この口ぶりからして二人は人間があそこにいると知っているようだ。
彼女たちの言う計画とはなんなのだろう。人間を殺す計画だろうか……。
 
「……もっと他にやり方があるんじゃない? ねえ私いいこと聞いたわ。ヨゼボがいつも連れてる女、あれも人間よ」
 
なんてことをしてくれるのだろう。
私は口を覆った。
そんなこと、この女には言わないでほしかったのに。
 
「……まさか。12年間ずっと隠し通せると」
 
「セルマの妻の姉妹なの。ちょうどいいじゃない、あの二人を使って闇の魔女を作らせましょうよ! 」
 
闇の魔女を作る……?
人間が作り出したとされているが、そのやり方は不明のはずだ。
 
スタンキ・テインは暫く黙っていたがやがて頷いた。
 
「そうね……。
でも私からすると、龍の女に手を出すのは怖いわ。そもそも守護の魔法がかけられてるから無理なんじゃない? 」
 
「ならヨゼボの連れを使えばいいわ」
 
「でも数が足りない。闇の魔女作るのにあれ一匹じゃ無理よ。
ハショウインの海辺はどちらにしても襲撃しないと」
 
やはり、ハショウインの海辺、人間の身が危ない。
それから私の身も。
 
二人は頷きあう。
 
「闇の魔女を手に入れたらもう能無しなんて言わせない」
 
……二人は能無しなのか。
確かにリテンマ・スィアのツノは短く、スタンキ・テインに尻尾はない。
能無しは人型になった時幻獣としての特性が出にくくなるのだ。それは魔力が少ないことの表れである。
ツノや耳は辛うじてあるあたり全く使えないわけではないと思うが、それでも少ないということだろう。
スタンキ・テインが私に毒を盛ったのも、魔力が弱いから呪いきれないと思い毒の力を借りた……ということかもしれない。
だから闇の魔女の力を使って見返してやろうとでも言うのか。
 
「今夜決行ね。
テインはここにいて。私が何人か連れてくるから」
 
「頼んだわよ」
 
二人はほくそ笑むと、リテンマ・スィアは森の中へ、スタンキ・テインは里の中へ入って行った。
……マズイことになった。なんとかしなくては。
そもそも闇の魔女ってそんな簡単に作れるのだろうか。
 
 
ナンブール・スマウにそれとなく話を振る。
闇の魔女ってポイポイ作れるものなの?
 
「作れるよ」
 
驚きの回答だ。
この世界を狂乱の渦に包んだ存在が簡単に作れるだなんて。
 
「ま、今現在は不可能だ。なんたってニンゲンがいないからね」
 
「へえ、なら人間がいたら? 」
 
「そしたら……簡単に言うと穴という穴を砂で埋めて、内臓を取り出すんだ。
酷い話だよなあ、ニンゲンはこんなことを同族にやるんだ……ってゾッとしたものだ」
 
……そんな惨い殺され方ごめんである。
なんとかせねば。なんとか……。
 
「どうしてそんなこと急に……」
 
ナンブール・スマウが怪訝そうに私を見る。
 
「そういえばあなたの元恋人に会いましたよ」
 
私が話を逸らすためにそう言うとナンブール・スマウはすごい勢いで食いついてきた。
 
「シンシャに!? なんて、僕のことなんか言ってたか!? 怒ってた!? 」
 
「帰って来ないでいいけど、生きててって」
 
彼は一瞬眼を輝かせたが、その後首をかしげる。
 
「それ、怒ってるのか? 怒ってないのか? よく分からないな」
 
「さあ? でも多分まだナンブールさんのこと好きだと思いますよ」
 
今彼の事情などどうでも良く、自分と人間の身をどう守るかが大事なのだが私は適当に返事をした。
彼は私の言葉に笑顔になっていく。
 
「ほ、ほんとに!? 会いたい……会いたいな……」
 
……笑顔だったが徐々に暗い表情に変わっていった。
 
「でももう会えないんだよ……」
 
「浮気が相手の親にバレたんですよね」
 
「浮気なんてしてない……。マリティ・スアン! あいつと二人で飲んでたら、酷く酔っ払うもんだから、宿屋に連れてってやったんだ。大声出したりしてたから迷惑だと思ってね。そしたらいきなりのし掛かってきて……更に運の悪いことにそのタイミングでシンシャが入って来た! 」
 
彼は頭を抱えた。
 
「スアンは服を脱いでたし、僕はスアンに暴れられて服が乱れていた! でもだからって浮気なんて……僕は前生からずっとシンシャが好きで、愛してるのに、全く信じてもらえなかった! 」
 
彼はお酒を飲んだのだろうか。
声が大きい。
 
「日頃の行いだってフィース様が」
 
「た、確かに僕は魔法についてあれやこれや勉強してつい約束をすっぽかしたこともある。でも、だからって! 」
 
顔を勢いよく上げ私を見つめたが、やがて体を丸めて呻き声をあげ出した。
 
「何が辛いって、いつも明るいシンシャが、無表情になって僕を見たんだ。喋り方もよそよそしくなって、それから泣き出した。
あれ以来シンシャは僕を見る全身強張って苦しそうにして……僕を見るのも嫌なんだろうな。怒ったりはしないで、酷く拒絶する」
 
今一番苦しそうなのはナンブール・スマウだろう。
この男情緒不安定じゃないか?
 
「誤解は解けないんですか? 」
 
「ああ。話を聞くどころか、僕と目も合わせてくれない。彼女の母親が激怒して僕を追放してしまったし。……気持ちは分かるが、少しは僕の言い分も聞いてもらいたいよ」
 
哀れ、ナンブール・スマウ。
彼女に新たな恋人が出来ないことを祈ろう。
 
にしてもマリティ・スアンには困ったものである。すぐに他人と関係を持ちたがるのは悪い癖だ。
一角獣の中でも彼女はかなり変わり者扱いらしい。そして、彼女に憧れる層とそうでない層に二分されると。
スィアや一角獣の里にいた門番は憧れる層であろう。
いつもそばに居るラジュブル・クルッジョは果たしてどちらか?
 
ラジュブル・クルッジョ……そうだ、彼がいた。
そもそも彼は何故だか知らないが、人間に武器を渡しているじゃないか。
彼に連絡を取らなくては。
 
「ナンブールさん、お願いがあるんです! 」
 
「傷心の僕になんのお願いだい? 」
 
「ちょっと友達と連絡を取りたくて……でも私、この通り出来損ないなので魔法通信使えないんです。代理で連絡を取っていただけませんか? 」
 
「いいよ、誰になんて伝えよう」
 
彼はあっさり承諾してくれた。
助かった。
さてなんと伝えれば、彼に伝わるだろうか。
そしてなんと伝えればナンブール・スマウに不審がられないだろうか。
 
「ラジュブル・クルッジョさん宛てに……今夜ハショウインの海辺で会いましょう、私の友達も向かいますと。私から送ったと伝えてください」
 
これで伝わるだろうか? 自信はない。
しかし、獅子の血族である私が友達を連れてハショウインの海辺に向かうと聞けば彼だって少しは何かあると分かるだろう。
 
「友達? それとも恋人……? 」
 
「友達ですよ。なんで恋人と会うのに友達連れてくんですか」
 
「っていうか君友達いるのか? 」
 
いない。
が、私は「他の里に」と嘘をついておいた。
 
「しかし今夜って……フィースは知っているのかい? 」
 
「知りませんけど、でも少し会うだけですから」
 
「ハショウインまで行くのに? 」
 
「意外と近いですよ」
 
ここからなら歩いて2時間だろうか。全く近くないが、移動手段が無いので仕方がない。
 
「送ってくよ」
 
「いえ迎えが来るので大丈夫です。
……それで、ラジュブルさんに送って頂けました? 」
 
「うん。返事はないけど……」
 
返事はできないだろう。それで構わない。
むしろ返事をされて何かボロが出たら困る。
 
私はナンブール・スマウにお礼を言ってその場を後にした。
準備をしなくては。

アンカー 1
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