27.怒りが腹の底から吹き出し
食事も終わり、体も洗い、私たちはベッドに横になった。
今日は1日で2箇所も出掛けたので疲れてしまった。
ヨゼボ・フィースもそうだろう。先程からこちらに背を向け微動だにしない。
「……おやすみなさい」
私がそう声をかけると尻尾がパタンと動いた。
明け方近く、顔に布が被せられ目が覚める。
何事かと思ったがヨゼボ・フィースが服を脱いだらしい。
何故脱ぐ。
しかも途中で力尽きたのか肌着に手をかけたまま眠っていた。
「フィース様、服着てください。見苦しいですよ」
「うん……」
もう既に意識は夢の彼方へと行っているようだ。
仕方がない。
私は彼の腰を蹴って床に落とした。
獅子の姿にでも戻って寝ていればいい。私もベッドが広く使えて万々歳だ。
これで落ち着いて眠れる。
「節々が痛い」
「床で寝るから」
「蹴落としたの覚えてるからな」
「横で全裸で寝られたら嫌じゃないですか。気持ち悪い」
軽口を言い合いながら私たちが宿を出ると、通りが騒がしかった。
なんだろうと通りを見ると1人の男が集団に暴行をされていた。谷の館は多くの人が行き交うのでこのような荒事は少なくない。
息を詰めて通り過ぎようとする。自警団が助けに来るはずだ。もう彼らの姿が見えている。
しかし、自警団はその様子をニヤニヤと見るだけだった。
……なんだ?
「ったく、能無しのクセに生意気言うからこうなるんだぞ。躾だ躾」
「俺たちがいなきゃ移動することもできねえ出来損ないのくせによお」
「弱いんだから、私たちに逆らっちゃダメじゃない」
肉を打つ音に体が震える。
どうやら暴行を受けている人物は能無し、つまり魔法が使えないらしい。
そういった人物をやたらと見下し、八つ当たりの道具にする奴らは多い。
私は人間であり、それを誤魔化すために能無しだと言っているが、何度か嫌な目にあっている。
「やめてくれ……」
「喋ってんじゃねえよカス! 」
能無しの男の腹に蹴りが入る。
私は能無しですらない、人間だ。
だがどうしても男に感情移入してしまい、思わずお腹を押さえていた。
自警団は動かない。なんとかしなくてはあの男は蹴り殺されるかもしれない。魔法が使えないのなら治療手段も無いのだから。
私は暴行を加える奴らの胸元を見た。財布が見える。
あれをスる振りをして騒ぎを起こそうか。
私ならどんなに蹴られても治るし、それがいいかもしれない。
「リオン、やめろ」
冷たい声が頭上からした。
ヨゼボ・フィースが咎めるように私を見ていた。私が何をしようとしたか分かったかのように。
「なにがですか」
「あいつらに関わるな」
「……見捨てるのはお得意ですもんね」
私の嫌味に彼は眉間にシワを寄せた。
「お前は関わるなって話だ」
そう言うと、危害を加えていた集団に電撃が落ちる。
辺りから悲鳴が上がった。
自警団も慌てて動き出すが彼らにも電撃が襲いかかる。
「クソ! 誰がこんなこと……」
「俺だ」
ヨゼボ・フィースは私を隠すように一歩前に出て、床に倒れている集団を見下ろした。
倒れこむ男が勢いよくヨゼボ・フィースを睨むがそれが誰かわかったのだろう。語気が弱まる。
「な、なんであんたにこんなことされなきゃいけない! 」
「躾……だったか? 」
「ふざけんな……! 」
ヨゼボ・フィースは叫んで立ち上がろうとした男の腹を躊躇いもなく蹴り上げた。
「俺より弱いなら逆らうんじゃねえぞ。蹴られてろ」
その横にいた、魔法を使おうと手をかざしていた女の背中も蹴ってから、唖然とした表情の能無し男に近付く。
「どうする。もっとやれって言うならやる。ストレス発散にはもってこいだからなあ? 」
「い、いえ! いいんです! こんなの慣れてます! これで充分です! 」
ヨゼボ・フィースは興味無さそうにしながらも頷いて私の元へ戻って来る。
小さな声で行くぞと言われ、小走りでその場を後にした。
「意外でした」
私がそう言うと彼は不満そうに鼻を鳴らす。
「お前の家族は見捨てたからか? 」
「そうです。私の家族はなんで見捨てたのに、あの人は助けたんです? あの人には価値があったというんですか」
「あいつに価値があるんじゃない、人間に価値がないんだ。特にお前の家族はクズ同然だ」
クズ同然。
その言葉に一気に目の前が暗くなり、頭が痛いほど脈打った。
心臓の鼓動が耳の奥から聞こえる。
「よくそんなこと言えますね……! 」
「事実だろ。子供を犠牲にして逃げようとして、悲しみもしなかった」
後頭部から熱が伝わりそのまま全身に巡っていく。私は憎々しいこの男の空の袖を掴んだ。頭が回らない。ただ怒りに染まっていく。
「生き抜くために犠牲は付き物じゃないか! それが私だっただけだ!
あの状況でパパとママがした選択は間違ってなかった! 子供は後でまた産み直せばいい、大事なのは子供じゃない、子供を産める男女がいること、そうだろ! だから私を差し出して異次元に行ったんだ! 」
私は目の筋が痛くなるほどヨゼボ・フィースを睨んだが、男はまるでそんなの意味がないとでもいうように冷えた顔で私を見下ろした。
「なあ、自分でも分かってんだろ? そうやってこじつけたところでお前の両親のやったことを正当化するのは無理だ。
お前の両親はそこまで考えてお前を捨てたんじゃない。邪魔だからお前を捨てたんだ。生き抜くための犠牲だなんて高尚な言葉使ってんじゃねえよ。ただの身勝手だろ」
その冷たい声に言い返したかった。
何様のつもりだ。私たちを追い詰めた張本人のくせにと。
だがこの男の言う通りなのだ。
私の体は弱くいずれ足手まといになること両親は分かっていた。そして12年前のあの日、私は両親に殺されるはずだった。
覚えている。忘れはしない。
父親の熱い手が私の首にかかったことを。
それを止めたのは音梨だ。たまたまか、それとも分かっていたのか、何をやっているのかと首を絞められている私に無邪気に聞いてきた。
だから両親はそのまま私を抱いて逃げることにしたのだ。音梨に私が死ぬ様を見せるわけにはいかない。彼女の方は大事な娘なのだから。
あの時ヨゼボ・フィースは私の首の跡を見て察したのだろう。だから私を助けた。
同情されたのだ。この男に。
悔しくて悔しくて涙が溢れそうになり俯いた。
だが泣いて堪るものか。この男に弱みを見せてなるものか。
息を何度も吸い込み涙を引っ込ませる。
「私を救ったつもりかよ」
ヨゼボ・フィースの顔を再び睨み上げる。
「あんたのところに来て、耳も千切られ、喉も嗄れた。自由も無い。他にも大事なもの全部奪われたよ。これで救ったつもりなら相当おめでたいね! こんなの生きてるなんて言わない。あそこで死んだほうがこうして12年間死に続けるよりマシだった! 」
彼はほんの一瞬だが、傷付いたような顔をした。まさか本当に救ったつもりでいたんだろうか?
だがすぐにいつもの冷たい顔になる。
「そうだな。そもそもお前は救いようがない」
それだけ言うとヨゼボ・フィースはさっさと歩き出した。
なら殺せばいいのに。そう思ったが口には出さない。
私が死んだらヨゼボ・フィースは狂気にとらわれる。
そんなことはしない。私が死なないように完治の呪いをかけているくらいなのだから。
私はこの男の為にただ息を吸って吐いてなくてはいけない。正に生かさず殺さず。
それを知らない私は今まで様々な抵抗してきた。食べられて殺されると思っていたからその前にこの男を殺そうと何度も計画した。
だがもう考えるのも疲れた。
逃げ出したくても、私が逃げたら音梨の身が危ない。
いっそ……早く楽になりたい。