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25.狂気に囚われ

不死鳥の里の近くに着く。
以前は警備が手薄で簡単に侵入出来たが、あれ以降手厚くなったらしく、見張りが何人も立っていた。
 
「リオン! お待たせ! 」
 
軽やかな声とともに音梨が姿を現した。
最初に会った時よりツヤツヤとしている。
新婚生活を楽しんでいるようだ。
 
彼女は私を見てニコニコと笑っていたが、すぐ後ろのヨゼボ・フィースを見るとみるみるうちに青ざめた。
 
「い、いるんだ……」
 
「いたら悪いのかよ」
 
「滅相もございません……」
 
音梨を虐めるなとヨゼボ・フィースに目だけで伝えるが、不満げな顔をするだけだった。
 
「それでどうしたの? いきなり会いたいって。なんかあった? 」
 
人間が他にいるかということをここで言うのはマズイ。なんとか取り繕う。
 
「私の義理の兄に当たる人物がどんなものなのか見定めようと思ってさ」
 
「ええ? セルマを? カッコよくて優しいサイコーの旦那様だけど……」
 
いきなり惚気られてしまった。思わず笑いがこみ上げる。
 
「アハハ! そんなのは分かってるって!
……あれ? そういえばルシャンデュさんはいないの? 」
 
「うん、お仕事あるから」
 
仕事。そうか、彼はランプ屋をしているのだったか。
彼にも話を聞きたかったのだが仕方ない。
 
「もしかして寂しかったの? もー、仕方ないなー! 」
 
音梨が私を揶揄い、背中をパンパン叩いてきた。
ここはひとつ乗ってやろう。
 
「うん。そうだよ、寂しかったさ。折角お姉ちゃんが生きてるって分かったのにすぐ結婚しちゃったんだもん。甘えさせてくれないと」
 
私が彼女の腕に抱きつくと、音梨は一瞬嬉しそうな顔をしたがすぐに青ざめていく。
 
「あ、いや、すごくうれしいけど、後でにして……また首絞められる……殺される……」
 
「え? なんの話? 誰に? 」
 
「あなたの嫉妬深い光GENJIにですよ。まあ光源氏計画は失敗したみたいだけど」
 
ヒカルゲンジ? 音梨はいつもよく分からないことを言う。それがすごく面白くもあり、寂しくもある。
 
「分かってんなら離れろ、今すぐに」
 
ヨゼボ・フィースが音梨を睨み付ける。
 
「あの……よく見て……私じゃなくてリオンがくっ付いてるの……」
 
「知らねえな。さっさとしろ」
 
何故ここまで音梨を嫌うのだろう。
音梨に何かされては堪らないので彼女から離れた。
 
「意地悪だなあ、感動の再会を邪魔しないでもらえます? 」
 
「しょっちゅう会わせてやってんだろ」
 
何故なのか分からないが、その傲慢な言い草にいつも以上に頭に来た。
そもそもの原因はこいつじゃないか。
 
「本当なら私、音梨と暮らせてたはずなのにそれもこれも誰かさんが私を番いとか言い出すから……。そんな古臭い慣習に囚われてるからこそ子孫繁栄が出来ないんじゃありません? 早くこの呪い解いて族長の娘にあなたの子供を産んで貰ったらいかがですか? あの様子なら沢山産んでくれますよ」
 
私のこの挑発に、ヨゼボ・フィースの顔がみるみる怒りに染まる。
言い過ぎたと思った時は遅かった。
緑色の目が冷たく光る。
 
「リ、リ、リオン……ヤバ、ヤバイよ、殺される、私が……新婚ホヤホヤハピネスガールな私が……」
 
音梨の声に頭が冷えていく。
このままじゃ彼女が危ない。本人はだいぶ余裕がありそうだが。
 
「すみません、過ぎた口を。
現状に不満はありません」
 
「……お前には一生分からないんだろうよ。期待してる自分に反吐が出る」
 
彼は怒りに満ちたまま、私に背を向けた。
 
「日暮れ頃に迎えに来る」
 
そう言うとサッサと森の中へ入って行った。
音梨が後ろで鼻をすする。
私は嗄れた声でもできるだけ優しく聞こえる声をかけた。
 
「……怖かった? ごめんね、ああいうこと言うべきじゃなかった」
 
「怖かったけど、でもそうじゃなくて……。リオンは、あの人のこと嫌いなの? 」
 
好きなわけはないだろう。
私は頷いた。
 
「私のせいであの人のところにいるの? 嫌いな人のところに? 」
 
「そうだね。そうしないと音梨殺されるから」
 
「ならいいよ、無理しないで。私のことなんて考えなくていいから。もう私のために傷つかないで。
あの人のところにいたくないなら逃げよう」
 
そんなことできるわけがない。そう言うと音梨は悲しそうな顔になった。
 
「……逃げられないなら向き合わないと、リオンはずっと傷ついちゃう……」
 
「向き合う……? 」
 
「あの人と。
リオンはあの人のこと好きになることはないとしても、あの人はリオンのこと多分すごく好きだよ。今だって、リオンの言葉に傷付いてた」
 
それは無い。それだけは無い。
思わず笑ってしまう。
ヨゼボ・フィースが私と共にいるのは番いという呪いがかけられているからだ。
それがあるから番いの呪いの効かない私が他の人に執着しないかが気になったり、生死を心配したりするのだ。
そうでなければ今頃とっくに食われているだろう。
 
私が笑ったのが嫌だったのだろう。
音梨が顔を赤くして怒り出す。泣いたり悲しんだり怒ったり、感情の起伏が激しい。
 
「なに笑ってんの! いくらあの人が冷酷残忍だとしても鼻で笑うことないよ! 」
 
「そ、そっち? 音梨の言ったことに笑ったから怒ったと思った」
 
「それは慣れてる。
でも私の言ったこと真面目に考えて。そうやってあの人の気持ち軽視してるとロクなことにならないよ」
 
音梨が少し怖い顔をしてそう言った。
軽視などしていない。というか、軽視するほどヨゼボ・フィースの気持ちなど知らない。
だが、少しは彼のいうことを聞いた方がいいだろう。私は分かったと頷いた。
 
「ならいいけど。
じゃあウチに行こっか! そうそう、これ着て。一角獣の里の上着! 獅子が里に入ったとバレたら厄介だからね」
 
手渡された上着は随分大きいように見える。着てみるとやはりブカブカだ。
フードを被ると顔半分が完全に隠れてしまう。
 
「うーん、彼シャツだなこりゃ」
 
彼女は感慨深げにそう言って私を里に招き入れた。
 
*
 
音梨とルシャンデュ・セルマの暮らす屋敷は質素だが明るかった。
そして物がたくさんある。聞けば音梨の物だという。
面白いものがあるとつい買ってしまうと。
 
「お茶入れてくるから好きに見ていいよ。
あ、ベッドはダメだよ。ムフフ」
 
「なに? さっきまでヤッてたとか? 」
 
「はあ!? 違う! なんでそう受け取るの! エッチ! 」
 
「だってベッドは見るなって」
 
「それは、2人だけの空間だからその……」
 
愛の巣を覗くなということか。ご馳走様。
 
「にしてもさ、入るの? 龍は二又になってるって聞いたことあるけど」
 
「……なんの話……」
 
「生殖器」
 
音梨の顔が真っ赤になり「知らないよそんなの! 」と怒鳴る。
随分ウブな反応だ。乙女のように。
 
「まさかまだヤッてないの? そりゃすごい。夫婦なのに」
 
「うるさい! スケベ! 下ネタばっかり! 耳熟女! 」
 
彼女は真っ赤な顔に手を当て私を睨んだ。
涙目で睨まれても迫力はなく、よりからかいたくなる。
ニヤニヤ見ていると顔を逸らし「二又なんだ……」と呟いた。
 
「らしいね。見せて貰えば? 」
 
「二又……待って、どういうこと? 保健体育もっとちゃんと聞いとくべきだった。全く想像できない。
この世界の人みんなそうなの? 」
 
急に音梨は真面目な顔になった。
やっぱ気になるのか。
 
「いや、龍はそうだって。でもおかしいよね、龍の末裔はルシャンデュさんだけなのになんであの酔っ払いのおっさん知ってたんだろう」
 
「見たのかな……。
じゃあ他の人はニンゲンと同じなの? 」
 
「さあ、獅子は棘が生えてるとか、一角獣のはデカイとか、そういうのは聞いたことあるけどちゃんと見たわけじゃないし……っていうか音梨気になってんじゃん。変態」
 
「ち、違う! これは知的好奇心だし! 」
 
そこに知的好奇心が湧くから変態なのでは。
音梨は再び顔を赤くし、小さく「棘……」と呟いていた。
 
「気になるの? 見せて貰えば? 」
 
「誰に!? 怖いこと言わないでよ! ああ、もう! お茶入れてくる! 精々好きなだけ寛いでなさいよね! 」
 
のしのしと彼女は部屋の奥へと行ってしまった。
私に姪か甥が出来るのはもう暫く先のようだ。
 
お言葉に甘え、私は屋敷を探索する。
物は多いが綺麗に片付いている。
しかしその中に一部屋だけ、乱雑に本が置かれている部屋を見つけた。
部屋に本が入りきらないのか廊下にまで出ている。
悪いとは思ったが気になって部屋の中を覗いた。
 
奥に机が置かれているが何年も使われていないらしく、本が山のように置かれ埃が積もっている。
空気の入れ替えくらいすればいいのに、と思いながら部屋を見渡す。
すると、埃が積もっていないところを見つけた。
本棚の上から3段目段だ。指の跡が残っている。
大きい手だからルシャンデュ・セルマのものだろう。
私はそこに手を重ねた。何故ここに手を置いた?
見上げると、本棚の一番上の段に黄色い箱が見えた。本しかないこの部屋にそれはやけに目に付く。
これを取る、もしくは置くためにここに手を置いたのだろう。
周りの本の山に足をかけそれを取る。
 
綺麗な箱だ。埃っぽいこの部屋の中でこれだけは真新しい。
箱を振るとカサカサと音がした。紙が入っているのだろう。
……少しだけ。
音梨に気をつけながらそっと箱を開ける。
中に入っていたのは手紙だった。
……手紙……? これを伝達手段として用いるのはニンゲンだけだ……。
宛名を見るとこう書かれていた。
 
— 我らが守護者へ
 
これは……。
慎重に、しかし素早く手紙を広げる。
 
— いかがお過ごしでしょうか。
我々は、あなたの守護を解いてもらった今、獅子の気配に気をつけながら生活しています。
ハショウインの海辺ならば彼等も近づくことはないでしょう……ここは獅子の血族が多く死んだ場所ですから。
あなたと、そして奥様に幸あらんことを。
 
これは確実に人間の手紙だ! やはり生きていたのだ!
かつて人間は龍に守護されて生きてきた。
それを解いてもらった? バカな、この世界で守護無しには生きられないというのに。
獅子の血族に見つかればたちまち殺されてしまう。
それからハショウインの海辺。
頭がグルグルと回り出す。
ヨゼボ・フィースがリテンマ・スィアに探すよう言っていた場所じゃないか。獅子の血族は勘付いている。
それにしても人間は12年前のあの日を生きて、そしてハショウインの海辺で暮らしていたというのか!
 
涙が溢れてくる。
ずっと近くに人間はいないのだと思っていた。
けれど、こんな近くにいたなんて。
それは希望でもあったが、また失うかもしれない不安と戦う絶望でもあった。
 
その時ガタンと音がした。
考えに夢中になって音梨に気がつかなかったらしい。慌てて涙を拭う。
 
「あっ……ご、めん。勝手に」
 
「ううん、いいよ。何かあった? 」
 
私は持っていた箱を後ろ手に隠した。
流石にこれを読んでいたとバレたら怒られるだろう。
 
「本がたくさん! こんなに見たことないよ! 音梨はよく読むの? 」
 
「たまにね。でも小説じゃないから面白くなくて……。エッセイとか読むの好きだったんだよね」
 
不意に、音梨の目が中空に漂い出した。
 
「エッセイなんて知ってるわけないよね、っていうか小説はあるの? 小説家っているの? 何がいるの? 」
 
いつもの音梨とは違う、切羽詰まったような声だった。顔色も悪い。
 
「音梨? 」
 
「頭が痛い、頭が痛いよ、あのね、血管が膨張して神経に触れてるの、そうすると痛みが……血を抜けばいいのかな? そうなのかな? でも血を抜いても痛みは取れない、頭が痛いの……目の奥がキラキラしてキラキラして音がすごく大きく聞こえる金属の音が耳の中で響く」
 
何を、言っているんだ?
何が言いたいのかわからない。音梨は額に手を当てて頭が痛いと繰り返し言っている。
音梨の身に何が起こっている。
 
「頭痛……? 大丈夫? 」
 
「大丈夫だよ! いつものこと! え? いつもじゃないよね。たまに、一ヶ月にいっぺん、でも最悪なんだこれが、キラキラするの、眼精疲労かな? 目使いすぎなんだよね、あれ? でも携帯もパソコンも無いのになんで眼精疲労になるんだろう? なんで携帯もパソコンも無いんだっけ。頭が痛いよ、人の笑い声が耳の中で響く」
 
会話が成立している気がしない。いや、私の言葉に返事はするが、私だとわかっていない。
彼女は笑っているのにどこか虚ろで、宙空を見つめながら言葉を紡ぐ。
 
「音梨、落ち着いて。少し休もうか。
お茶入れてくれたんだっけ? 飲もう? 」
 
「うん! セルマがねー、教えてくれるの! 美味しいお茶の入れ方! でもセルマが入れてくれた方が美味しいんだよね、セルマはどこ? どうしよう、耳の中で響くの、あの、セルマがいない、そう、お仕事なんだよね、でも寂しいよ。私ずっとずっと寂しくて、目の奥がキラキラするの、それから、でもこんなことで寂しいって言って迷惑かけたくないよ」
 
どうしたらいいんだろう。明らかに音梨がおかしい。
彼女の肩に触れてゆっくり深呼吸した。
私がパニックになってはいけない。
 
「音梨。一緒に深呼吸しよ? 吸って、吐いて、」
 
「うん……あ、リオンって漢字で書くなら利口の利に新宿御苑の苑かなあ、オンって読むらしいよ、囲われてるから、助けなきゃ。キラキラする。あれ? リオン最近見てないなあどこ行ったんだろ……ああ、違うあいつはリオンじゃなくて、お父さんとお母さんを殺した奴だったんだ……忘れちゃいけない……忘れないよ……」
 
……ダメだ。私の話などまるで聞いていない。
とにかくここではなくて、どこか彼女を寝かせられる所に行こう。
腕を引いて移動するように促す。
 
「こっち行こう? 」
 
「もちろん行きますとも、でも、そっちに行ったらよくない気がする、だって頭が痛い、キラキラするの、お父さんとお母さんの血が光ってる」
 
「血なんて無いよ。あるのは本だけ。何も無い」
 
渋る彼女を無理矢理に引く。
私は泣きたくなった。彼女の姿はポーポフィを彷彿とさせる。おかしくなってるんだ。
 
ブツブツと呟き続ける音梨を廊下に出すと、ちょうどその時誰かが屋敷にやって来た。
いや、帰ってきたのだ。ルシャンデュ・セルマが。
 
「……音梨? 誰か来てるのか? 」
 
訝しげな声が聞こえる。
私は大声で返事をした。
 
「あ、私! リオン! ほら、音梨、ルシャンデュさん帰って来たよ! 」
 
「本当に! あれ? なんで? まだ時間じゃないよ? 私が迷惑かけたから? 迷惑かけた? うるさかったのかな、どうしよう、」
 
「きっと休憩時間になったんだよ」
 
私は廊下に音梨を残してルシャンデュ・セルマの方へ駆けた。
龍の男は私がいることを怪訝な目で見たが「こんにちは」と挨拶してきた。
そんな場合じゃない。
 
「音梨がおかしい、頭が痛いって言って……ずっと変なこと言ってて……」
 
サッと、ルシャンデュ・セルマの顔色が変わり、素早く音梨の元へ駆けて行った。
 
「音梨! 」
 
「セルマ、おかえりなさい! どうしたの? 私何かした? 失敗した? ごめんなさい、でも、私、」
 
音梨はルシャンデュ・セルマの姿を見るとパッと顔を輝かしたが、その後すぐに不安そうに瞳が揺れる。
 
「何もしてない、大丈夫だからね」
 
ルシャンデュ・セルマは、目を見開いて唇を震わす音梨の体を抱き上げた。
 
「頭が痛いんだって? 可哀想に、疲れが出たのかな」
 
「あ、あの、大丈夫ですよ、すごく平気で、少し目の奥がキラキラ響くだけ」
 
「そうか? なら良いんだ。
じゃあ目の奥がキラキラしないように目をつぶろうか」
 
「で、でも、」
 
「大丈夫、私はここにいるから」
 
音梨はルシャンデュ・セルマを眺めていたが、やがてゆっくりと目をつぶった。
ただしその腕はしっかりと男の首に回されている。離れたくないと体で表していた。
 
「……リオン、手伝ってくれるか? 」
 
「うん」
 
寝室に行くと、私たちで音梨を寝かせる。
目はつぶっていたが起きているらしくまだ何か呟いているのが聞こえた。
 
「……音梨になにが、どうしたの……」
 
私の問いに、彼は苦しそうな顔になった。
整えられていた髪は乱れて顔にかかっている。
 
「……これでも良くなったんだ。来た時はもっと……すごくて。
本人は何も覚えてないんだ。ただ気が付いたら寝ていた、その程度しか自覚がない」
 
「どこが悪いの……? 」
 
「心が弱ってるんだよ。
別の世界で、目の前で親を……襲われ、催眠術にかけた見知らぬ人間しか頼るものもいなかった。その状況で12年だ。弱ってもしまうだろう」
 
ルシャンデュ・セルマが私の顔を見上げた。
 
「君も似たような状況だったな。
……辛かっただろう……周りは獅子しかいなかったんだから……」
 
「分かってて選んだことだから。
それに、私は両親の死に様を見ていない」
 
見なくて良かった、そう思ってしまった。
両親の死は音梨の心を確実に侵していた。
その証拠に妄想の友達と会話をしたり、こうやって混乱したりしてしまう。
壊してしまった。
 
「人間が暮らすには厳しい場所でしょう、ここは。だがどこも同じなのか……」
 
「……すまない、私の力が及ばないばかりに……。
何度も音梨を危険な目に合わせてしまった。もうそんなことはさせないが。
あの時、12年前のあの時も、私の力があれば君達家族は襲われなかった」
 
そう、ずっと気になっていたのだ。
守護を受けている私たちが何故ボワーリュ・ポーポフィとヨゼボ・フィースに見つかってしまったのか。
 
「守護の力が弱ってた? 」
 
「いや……確かに、私の力は弱っていた。だけど奴らの目を誤魔化せる程度には残っていたはずなんだ」
 
彼は首を振る。
 
「なんでこんなことになってしまったのか……私は、君達を幸せにしたかったのに……」
 
「欲張りすぎだよ。音梨だけを幸せにして」
 
音梨から離れないで、大事に大事に、宝物のように扱って欲しい。
もう二度と、あの時のようなことが起こらないように。
 
「ああ、約束する。私は音梨だけを愛し幸せにすると。
……なあ、だが君は幸せか? 」
 
「まさか。12年間、幸せなんて感じたことない」
 
私は、目を閉ざしながらもずっと何かを呟き続ける音梨を見つめていた。

アンカー 1
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