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24.秘めることは叶わず

店を出たところでヨゼボ・フィースは待っていた。
 
「何話してたんだ」
 
「あなたには関係ないことですよ。
それよりこの後どうするんですか? 折角ここまで来たんですし、何かお買い物とかしません? 」
 
「俺はいい。お前は何が欲しいんだ」
 
私も特にはない。話題を逸らすために言っただけだ。
 
「……あー……布とか……? 」
 
彼は頷くと私にはぐれるなと言って里を歩き出した。
 
出店の集まる場所にやって来た。
ここで適当に見てすぐにやっぱりいらないと言って帰ろう。
 
「あら!? あらあら!? リオン!? 」
 
感極まったような声が聞こえた。
私が振り向くよりも早くヨゼボ・フィースが私の襟首を掴んで引っ張った。
 
「あいつら里に帰ってたのかよ……! 」
 
「あ! 逃さないわよ! 」
 
マリティ・スアンが私たちに抱き着いてきた。鳥肌が立つ。
ヨゼボ・フィースも呻き声を上げると素早くマリティ・スアンの頭に肘鉄を食らわせた。
 
「いたた……愛の鞭? 」
 
「触んな! 」
 
「それはヨゼボに? それともリオンに? 」
 
「どっちもだよ。
ああクソ、お前がいないって聞いたから来たってのに……」
 
ヨゼボ・フィースがイライラと尻尾を振っていると、ラジュブル・クルッジョが眉を下げて私の横に立った。
 
「大丈夫? 吐きそうならこれ使って」
 
布の袋を渡される。吐き気はないので丁重に断った。
それより全身鳥肌が立って気持ち悪い。
皆どうしてこの感覚に耐えながら人に接触できるんだろう。私には無理だ。
 
「どうしてここにいるの? 私に会いに?
そうね、そろそろ全身マッサージをしてあげたいと思ってたのよ……さ、こっちにおいで」
 
まだそれ諦めてないのか。
 
「ごめん今日は急いでるから。空き時間に布を買いに来ただけなんだ。そろそろ服を作らなくちゃ」
 
「服? ちょうどいいわ、買い付けて来たばかりなの。見てって」
 
ヨゼボ・フィースを横目で見るとやめろ、というように顔を顰めていた。
その表情にここで見て行こうと決め、彼女たちの店の中を覗く。
荷台をそのままお店にしているので小さいが、商品は多い。
 
「これなんかすごく似合うと思うわ……」
 
マリティ・スアンが出したのはレースがふんだんに使われた美しい赤のドレスだった。
綺麗だがどこに着て行くんだ。
 
「綺麗だね」
 
「そうでしょう? やっぱり花嫁衣装はこれくらい豪華じゃないと」
 
「は、花嫁衣装? 」
 
「こういうのじゃない方がいい? 」
 
別の服を取り出そうとする彼女を止める。何を言っているんだ。
 
「私が探してるのは布だからね!? 服を作るための布! 」
 
「え……? でも、2人で布探してるって……花嫁衣装のことじゃないの? 」
 
「なんで……結婚する予定も何も無いけど」
 
マリティ・スアンが戸惑ったように私たち2人を見る。
 
「だ、だって……2人はその……番い、でしょ? 」
 
そう言って照れたように顔を赤く染める。
 
「知ってたのか!? 知っててお前はリオンにあんなこと言うのか! 」
 
「ごめんなさい……あわよくば3人でと思って……」
 
「無えよ」
 
2人でも無えよ。
しかし何故バレてしまったのだろう。私は勿論、ヨゼボ・フィースだって伝えてないはずだ。
 
「誰から聞いたの? 」
 
「聞く? そんなことしなくても態度で分かるわよ」
 
態度?
私は普段通りの態度を心掛けてきたつもりだ。
漏れ出ていたのだろうか、嫌だという感情が。
 
「フフフ、だってヨゼボってば分かりやすいくらい嫉妬しちゃって……可愛いわよね。ついからかっちゃうわ」
 
一文も理解できない。もしかして今の言葉は一角獣の血族特有の言葉だっただろうか。
 
「まあいいか、このことは内緒にね。4人だけの秘密ってことで」
 
「4人……? 多分音梨もルシャンデュも気が付いてると思うけど」
 
横でゲッと声がした。
ルシャンデュ・セルマにはバレたくなかったのだろう。
ヨゼボ・フィースは手で顔を覆って俯いた。
 
「……分かりやすいか……」
 
「隠してるつもりだったの? それならもう少しこう……ねえ?
リオンだって人と話すのに一々嫉妬されたら嫌でしょう? 」
 
「迷惑で堪んないよね。でも仕方ないんじゃないの? 番いが離れたら狂っちゃうし、そうならないようには離れる原因を取り除きたいだろうし。もうとっとと狂って勝手に死んでくれよと思わないでもないですけど」
 
3人は押し黙った。
なんだろうと顔を上げると、ラジュブル・クルッジョとマリティ・スアンが痛ましそうにヨゼボ・フィースを見つめていた。
言い過ぎたか?
 
「……あはは……冗談ですよ~……」
 
私は取り繕うが、一角獣の2人は首を振った。
 
「可哀想に。明らかな一方通行。見てられないわ」
 
「なんでだろう……胃が痛い……」
 
「憐れむのはやめてくんねえかな」
 
ヨゼボ・フィースは手で顔を押さえたまま2人を睨む。
しかしマリティ・スアンは力強く一歩、彼の元へ寄る。
 
「ううん! 私が乙女心を一から手取り足取り教えてあげるわ!
まず何が悪いってあなたは口が足りないのよ。それからもう少し優しくしてあげて。まあ確かにギャップを狙うなら普段ぶっきらぼうな方がいいけどあなたギャップゼロじゃない……」
 
「珍しくまともに喋って……そんなに憐れか……? 」
 
2人が何か話し始めたので手持ち無沙汰になった私は荷台を眺めた。
 
「あ、布、見る? そんなにないけど……」
 
ラジュブル・クルッジョは苦笑いしながら商品を見せてくれた。
彼の態度が以前より軟化した気がする。
私が人間だと知って安心したのかもしれない。どうやらラジュブル・クルッジョは獅子が苦手なようだから。
 
「これとかどうかな。布専門に買い付けてるわけじゃないから詳しくはわからないんだけど、値段も質も並だから使いやすいかも」
 
私は曖昧に笑う。本当に買うつもりではなかったのだが、丁度いい機会だし買っても良いかもしれない。
今着ているものもそろそろ裾が擦り切れ全体的にくすんできた。これから寒くなって、上着も必要になるだろう。
 
「寒い時に使えそうなの無いですか? 今作るとしたら完成するのは寒くなってる頃だろうから」
 
「ちゃんと作って偉いね。最近は既製服が出てきたからそっち使う人も多いのに」
 
店に置かれたブラウスをチラリと見た。
鵺の血族は既製服を盛んに作っている。これもその1つだろう。
合成獣の彼らは、自分にぴったり服を一点物(オートクチュール)で作るよりも誰にでも合う既製品(プレタポルテ)の服を作った方が都合が良かった……というのも各々の違いがありすぎて、成長するたび型紙を起こすのは面倒だったのだ。
そこで彼らは体のラインにぴったりあった服ではなく、誰にでも似合うデザインの服やサイズ違い、パターン違いのものを次々と作った。
その画期的な発明は瞬く間に世界に広まっていったのだ。
 
確かに鵺の作る既製服は自分で作るよりも遥かに綺麗だ。しかし値段が高い。
誰にでも合うよう特別に作られた、伸縮する素材の生地を使っているから仕方がないのだが。
 
「作った方が安いでしょう」
 
「これはそんなにしないんだな。
実はこれは鵺の里のものじゃない。どこのものかは内緒だけど、質はそんなに悪くないよ」
 
ラジュブル・クルッジョにブラウスを渡され触ってみる。手触りは悪くないが、なんの生地だろう? 綿とも絹とも違う。ツルツルしていて少し硬い。
 
「不思議……」
 
「どう? スアンさんがいつもやってることの謝罪ってことで安くするよ」
 
ブラウスをマジマジと眺める。
裾や袖にフリルがあしらわれ、ボタンは……貝だろうか? 花の形になっていて可愛らしい。
こういうものは、私のような人間ではなく音梨が似合うだろう。
 
「また今度にします」
 
「そう? 似合うと思うけどなあ……。
君みたいな可愛らしい女の子にこそ、相応しいブラウスだと思わない? 」
 
商売上手だ。私は笑ってブラウスを返そうとするが、ラジュブル・クルッジョの手が当たって渡す前に離してしまった。
 
「あ、すみません! 」
 
泥が付いてしまったかもしれない。
慌ててしゃがんで拾う。
その時、荷台の下の空間に何か見えた。
そっと覗くと木箱が3つほど並んでいる。
 
その中身は、銃だった。
それも大量の。
 
私はパッと立ち上がり、ブラウスを返した。
 
「すみません、汚れちゃいました? 」
 
「ううん、平気。ごめんね拾わせちゃって」
 
「こちらこそ落としてすみません」
 
なんとかラジュブル・クルッジョと会話をするが、頭は先程の銃に囚われていた。
なんで、あんなに銃が?
 
銃というものを教えてくれたのはマリティ・スアンだった。これを使えば魔法を使わなくても確実に人を傷つけることができる。
そんなものがこの世にあるだなんて知らなかったが、どうもそれは音梨の住んでいた異次元から持ってきたものだったらしい。
 
異次元からマリティ・スアンがわざわざ闇の魔女討伐計画の為に買い付けたのかと思っていた。
だがあの量は一体。
闇の魔女の討伐にはあんなに使う予定は無かった。心配だから買っていたのだろうか。だとしても何故今この荷台に置いている?
それは、まだ使うからではないだろうか……例えば誰かに渡すとか。
そう考えてハッとなった。
 
銃を使う必要があるのは人間だけだ。
つまり、あの数の人間がどこかにいる……?
 
頭がグラグラする。
私と音梨は末裔でない……?
 
早急に確かめなくては。
だがラジュブル・クルッジョが私に教えてくれるだろうか? 人間を殺す獅子の血族と関係の深い私に。
それは無いだろう。だが、この男以外にも知っている可能性がある人物がいる。
ルシャンデュ・セルマだ。人間の守護者である彼なら知っていておかしく無い。
彼の元に行かなくては……。
私はマリティ・スアンと話し込んでいるヨゼボ・フィースを見た。
 
「……お前の話をまとめると、世の中の女は顔が良く頭も良く、身長もありある程度の収入があり、基本的に包容力があり優しいが時折意地悪なことも言って、喧嘩の時は必ず謝ってくれ、悲しくてそれを我慢していると必ず気付いて慰めてくれ、怒ってる時はそっとしておいてくれる、そんな男が好きだと」
 
「そうよ」
 
随分とくだらない話をしているな。
私はこんなにも切羽詰まっていると言うのに。
 
「そりゃ男女関係なく好きだろうよ! 都合が良すぎる! どこにいるんだそんな奴」
 
「ルシャンデュ」
 
その名前にヨゼボ・フィースは顔を思いっきり蹙めた。
 
「……そう受け取れるかもしんねえけど、俺はそうは思わない。あいつは絶対イかれてるね。
ああやって甘やかして自分に依存させてるんだ。そのうちあの女はルシャンデュ抜きじゃ息も出来なくなる」
 
冗談かと思ったが彼の声を聞くと本気で言っているということがわかった。
ヨゼボ・フィースをまじまじと見ると、狼狽えたように私を見つめ返した。
 
「……なんだ」
 
「音梨の所に行かなくちゃ」
 
音梨が俄然心配になった。早く音梨に会わなきゃ。それからルシャンデュ・セルマにも。
 
「は? あ、いや待て、今の話は冗談だ。依存させてるとか、きっとそういうことは無い」
 
「私、行ってきます。里の人には掃除サボってごめんなさいって伝えておいてください」
 
「いきなりは無理だ。不死鳥の里には入れないって分かってんだろ? ちゃんと約束した所で会え」
 
いつも私と音梨は谷の館で会っている。
今日は約束していないので来ていないだろう。
 
だがなんとかしなくては。
兎に角まずはこの男を説得しなくてはならない。
私は首を傾げた。ここで私が、会わせてくれなきゃ死ぬ! と騒いだら余計に会わせてくれなくなりそうだ。
何か方法はないかと考えながらヨゼボ・フィースの服の裾を引く。
 
「……フィース様、お願いです……」
 
泣き落とししかないか。
泣き落とし出来るほど甘い男じゃないが、この男にお願い事などしたことがないので名案が思いつかない。
これで無理なら土下座でもしよう。
 
「音梨の所に行かせてください……」
 
情に訴えかけたらなんとかしてくれないだろうか。いくらこの男でも両親を殺され唯一の肉親である姉妹に会いたいという力の無い少女の願いを無下には出来なかろう。両親殺された原因でもあるわけだし。
 
ヨゼボ・フィースを見上げると、耳をピンと立て、目を見開き私を凝視していた。
 
「リオン……」
 
「涙目に上目遣いに掠れ声のトリプルコンボとは。さすがねリオン、恐れ入ったわ」
 
マリティ・スアンが感嘆の声を上げる。
よく分からないが情に訴える作戦はうまくいったようだ。
ヨゼボ・フィースが戸惑ったような顔をする。
 
「リオン、なあ別にあの女が依存させられてもいいだろ」
 
「よくないですよ! まあ私はあの人がそういう人だとは思いませんけど……でも思い当たる節があるような……だって音梨に会いに行ってるのにいつもあいついるし、ベタベタしてるし、音梨も満更じゃなさそうだけど、ベタベタしてるし、なんかおかしいですもん」
 
「夫婦なんだからベタベタしてても許してやれよ」
 
「私ならごめんですよ。あんなに他人に触られても平気なんておかしいです。虫唾が走る。洗脳? 洗脳されてるんでしょうか? どうしよう」
 
「おかしいのはお前なんだけどな。一旦落ち着け。
一度谷の館に行って、それで居なかったら今日はもう諦めろ。いいな? 」
 
「嫌です」
 
「頑固だな! 分かったよ、なんとかする」
 
ヨゼボ・フィースは面倒そうな顔をしながらも、懐から取り出した手紙にマリティ・スアンから借りたペンを使いサラッと文字を書いてそれを飛ばした。
鳥の形の手紙が飛んでいく。見えなくなった……と思ったらあっという間に返事が来た。
この連絡手段はそんなに時間がかかるものではないが、ここまで早いとなると音梨は暇であることが察せられる。
 
「会えるそうだ」
 
私はヨゼボ・フィースから手紙をサッと取り上げた。
なんと、私は家に行って良いらしい。
 
「やった! 新居にお邪魔だ! 」
 
「ダメだ。外で会え」
 
「なんででしょう? もしこれが自分のいない所で音梨に会わせるのが嫌とかそういう理由なら聞きません」
 
「その通りだけど言うことを聞け。そもそもお前が勝手をしたから獅子の里の者は不死鳥の里に入れない決まりになったし、お前をまた敵陣に送り込むわけには」
 
「スアンさん、私のこと送ってもらえますか? 」
 
マリティ・スアンはニヤニヤしながら「もちろん」と頷いた。
ヨゼボ・フィースは苦虫を噛み潰したような顔になる。
 
「イチャイチャしながら行きましょう。イチャイチャっていうかグチャグチャっていうか、まあもっと凄まじくても全然良いわよ」
 
「それはまた今度にしようか」
 
「リオン! 分かった、もうお前の好きにして良いからそいつとそれ以上関わるな! 」
 
チョロいものだ。ヨゼボ・フィースは、マリティ・スアンが私の貞操を奪うことを危惧している。
マリティ・スアンはからかっているだけで本当に私とそういう関係になりたいわけじゃないだろうに。
多分。
 
彼は私に早く来いと言うと、マリティ・スアンを睨みながら歩き出した。
なんだかややこしかったが、これで音梨とルシャンデュ・セルマの所へ行ける。
去り際にラジュブル・クルッジョを見たが、柔らかく微笑むだけでその表情から何も掴めなかった。

アンカー 1
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