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18.真実は露わになることのない

やはりこのままヨゼボの元へ行かせたくない。
もし行かせてしまったら二度と会えないんじゃないか。
 
「リオン! 」
 
走って彼女の腕を引く。
枝のように痩せ細った腕だ。
 
「私まだあなたと話したいことがたくさんあるの。
あなたこと何も知らない。あなたが何をして来たのかも、何をしたいのかも」
 
「私も音梨のこと知りたい。今まで何があったのか、これまでどうしてたのか。
だから安心して。会いに行くからさ」
 
リオンは私を安心させるかのように微笑んだ。
彼女の前を歩くヨゼボを見ると、冷たい目でこちらを見ている。
 
「……本当に? 」
 
ヨゼボにリオンが何かされるんじゃ? 
私の言いたいことがわかったのだろう。リオンは薄く笑って首を振った。
 
「そこまで心配しなくていいから」
 
ちょっと間を置いてから声を落として続ける。
 
「確かに冷徹残忍残酷無慈悲悪逆残虐暴虐非道外道極悪凶悪横柄傲岸傲慢皮肉屋神経質だけど、話せばわかってもらえるはず」
 
リオンは息継ぎせず言い切った。
私は残酷辺りからよく聞いていなかったがとにかく悪いということが伝わってくる。
スラスラとこんな言葉が出てくるなんて、相当鬱憤が溜まってるんじゃ。
 
「やっぱロクな奴じゃないじゃん! 」
 
私が詰め寄るとリオンはそれを軽く笑い飛ばした。
 
「5歳児攫ってんだよ? ロクな奴なわけないじゃん! 」
 
確かに。
ああ、やはりあんな男の所に行かないで欲しい。
 
頭を抱えると彼女は私の頬を軽く叩いた。
 
「そんな顔しないでよ。……一緒に来てくれてありがとう。あんたを牢から逃した時もう会えないと思った」
 
「なんで……」
 
「自分はここで死ぬんだろうと思ったからさあ。こんなところで死ねるかって気持ちもあったけど、魔女に敵うわけがないってわかってた」
 
私は首を振って否定した。
リオンの計画が無ければ魔女を倒せなかった。つまりそれは、リオンが魔女に勝ったということだ。
 
「リオンが全部成し遂げたじゃん……」
 
「あはは、成し遂げてないよ。音梨がジュウを見て計画に気がついたからなんとか倒せた」
 
「それしか出来なかった。リオンが怪我した時私何も出来なかった……」
 
結局リオンを救ったのは離れたところで苦々しく私を睨んでいるヨゼボである。
だがリオンは首を振って私を抱き締めた。
彼女の骨ばった体が私を包む。
 
「来てくれただけで嬉しかった。
助けようとしてくれただけで……」
 
「リオン……」
 
「ずっと助けて欲しかった」
 
ああそれは。思わず息が詰まる。
彼女の嗄れ声は震えていた。
だが顔を見上げた時はヘラヘラと笑って「ありがとう」と何事もなかったかのように言った。
 
「またね」
 
こちらに手を振り彼女はヨゼボの元へと駆ける。
ヨゼボは不機嫌そうな顔でリオンを見下ろした。神経質そうに耳が動く。
 
「誰がロクな奴じゃない、だ」
 
「話聞いてたんですか? 嫌ですね乙女の秘密を……」
 
「筒抜けだ馬鹿」
 
ここからでも彼らの会話が聞こえるんだからまあそうだろう。
ロクな奴じゃないとか言わなければよかった。
 
「そこは聞かなかったことにするのが大人の対応じゃ? あなたにそんなもの求めてませんけど。
それで……会うのを禁止したりなんてしませんよね? 」
 
リオンの念を押すような声に獅子の男は忌々しげな顔をした。
 
「お前の考えは分かってる。会わせなかったら俺を死に追いやるだろ」
 
「あはは、そんなことするように見えます? 」
 
「さっき殺されかかったばっかなんだが 」
 
「それで? 会わせてくれますよね? 」
 
ヨゼボは振り向き私を睨んだ。
何度も睨まれているせいかこの恐ろしい眼光に慣れて来た。慣れても怖いものは怖いが。
 
「…………あんなの、血が繋がってるだけじゃねえか。今までお前を忘れてたあいつがそんなに大事か? 」
 
ヨゼボの声には拗ねたような響きがあった。
どうも彼は私に嫉妬しているらしい。それも私を殺そうとするほど激しく。
 
「あはは、彼女達が生きる支えなものでして……ああ、達じゃないですね。なんたって私の親は死んでいたんですから」
 
彼女は冷たい目線をヨゼボに送った。
当たり前だが、両親が死んでいたことを黙っていた彼に相当怒っている。それを露わにした瞬間だった。
しかしヨゼボはフンと鼻を鳴らすと
 
「妹の方も殺しておくべきだったな」
 
と言った。
妹、つまり私のことか。よくそんなこと悪びれもせずに言えるものだ。
怖かったので出来るだけ素早く移動し、さっきからずっと魔女が異次元に行ったかどうか話しながらスアンのセクシー発言を無視するセルマの手を握った。
 
「よくそんなこと言えますねえ」
 
リオンは怒りを通り越して呆れたらしい。
冷ややかな目線はそのままだが。
彼はその視線を受け止めていた。
 
「お前が執着するものはなんであれ壊したくなる」
 
ヨゼボはため息まじりにそんなことを言っ……え……?
 
「あらら、それは困りますね……」
 
リオンは顔をしかめただけであった。何故か盗み聞きしていた私の顔が赤くなる。
そ、それって……重くない……?
 
2人の声は届かないほど歩いてしまった。
いつも爆弾だけ残していく。
私はセルマの腕を引いて今の発言の真意を聞こうとしたが、彼はいかにツノが不要かクルッジョに力説していたのでやめておいた。
もしかしてクルッジョのツノがない理由ってセルマの説得なんじゃ。
 
スアンと目が合う。
彼女はヨゼボの発言を聞いていたらしくニヤニヤしていた。
 
「破滅的よね。自分に気持ちが向かないから、他の物を壊すって」
 
「私の両親が死んだのってそんな病んでる理由なの……? 」
 
そうだとしたらやり切れない。
しかしスアンは首を振った。
 
「獅子は人間を餌としか思ってないから、異次元にまで行って助ける手間を惜しんだんじゃない?さすが冷酷無慈悲よね。
ともあれ、よくわかったわ。やっぱりリオンはヨゼボの番いなのねえ」
 
「やっぱり……」
 
そうなのか……。だからリオンは大丈夫だと繰り返していたのか。
だけどリオンはそれでいいのだろうか。
殺したいほど憎んでいる相手の側で暮らせるものなのか?
 
「あなたの考えていることわかるわよ。
リオンのことが心配なのよね……」
 
珍しく当たっている。私は小さく頷いた。
 
「でも大丈夫。あの子相当強かだし……多分、ヨゼボを自分に都合のいいように操るわよ」
 
「そうかなあ」
 
「ヨゼボもこれ以上リオンに嫌われたら狂気に囚われちゃうしね。
フフフ、尻に敷かれるヨゼボか。早く見たいわ」
 
それは私も見たい。
 
スアンはニコリと笑い、手を叩いた。
 
「さあさ、お開きにしましょうか!
もうクタクタよ~」
 
「な! 僕はスアンさんを助けに来ただけでここに来たんじゃないよ! 商品を売るために来たんだ! 獅子の里なんて中々来れないからね!」
 
「……ちょっと貪欲すぎないかしら……。師匠悲しいわ……」
 
がっかりした表情のスアンと憤然とした表情のクルッジョを置いてセルマの手を引いた。
先ほどから手は繋いだままだった。
 
「……帰ろっか」
 
「そうだな」
 
なんだかすっかり疲れてしまった。

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