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17.少しおかしい

クルッジョだ。スアンも一緒にいる。
彼はスアンを助けに来たんだろう。ついでに私たちも。
スアンはすっかり良くなったのか軽い足取りと満面の笑みでこちらにやって来た。
テンションの落差が恐ろしい。
 
「ゲ」
 
誰の声だったのかわからないが、私が思ったことと同じ言葉だった。
 
「ルシャンデュ! あらあら、元気そうでいいわね。幼妻を抱えているからかしら? 私も抱っこしたいわ~! 」
 
さっきの虚ろな顔のスアンはどこに行ったのだろう。
獅子の血族をバッサバッサと倒して行くところは怖かったけれど少しカッコよかった。
 
「近づかないでくれるか? 」
 
セルマがサッと身を引いた。スアンの手が私に触れることなく空を掻く。
スアンは少し肩を落としたが、リオンを見つけると破顔し彼女の元へ駆けて行く。
 
「ああ、可愛いリオン! 大丈夫? 計画がうまくいったみたいで本当に良かったわ、そうね、お祝いとして私の家で一晩過ごさない? 忘れられない夜にしてあげるわ」
 
この人……本当にさっきのスアンと同一人物なのだろうか?
欲に満ちたその言葉にリオンは楽しげに笑う。
 
「アハハ、それ私と寝たいってこと? 変わってるよね」
 
「そうかしら、あなたの魅力に皆メロメロよ? あなたは私にメロメロだと思うけれど……あ、相思相愛ね。いいわ、夜と言わず今から」
 
最後まで言い終わることなく、ヨゼボがスアンの背中に蹴りを入れた。
鈍い音が響く。スアンは怪我したばかりなのに……と思わないでもないが、されても仕方がない。
 
「なんでこいつがここにいるんだ」
 
「なんでって、私と協力してたからですかね? 」
 
「なんでこいつと……! 」
 
ヨゼボの顔が引き攣る。
スアンの成り行きを見守っていたクルッジョが小さな声で「顧客と喧嘩しないで」と悲しげに呟いていた。
 
「あら?ヨゼボじゃない、久しぶり。元気? あ、死にそうだわ! 大変! 魔力が切れたのね? 」
 
「近寄るな気持ち悪い」
 
ヨゼボが嫌そうに身を引いた。
あの男ですら、スアンは苦手なようだ。
しかし彼女はそれがわからないのか神妙な面持ちで頷きナルシシズム全開の発言をする。
 
「照れなくていいのよ。わかってる、私がこんなにも美人だから緊張しちゃうのよね? でも大体の生きとし生けるもの全てがそうだから気にしなくていいわ」
 
「クソ、会話が出来ねえな」
 
スアンはジリジリとヨゼボに近寄って行く。
ヨゼボは応戦しようとするが体があまり動かないらしくスアンに肩をがしりと掴まれていた。
 
「魔力、分けてあげる!
なんたって私がこうして荒らしちゃったわけだし……あの子に武器渡したりとかしたし……」
 
「お前か。お陰でここに来るのに時間がかかった」
 
「ごめんなさい、あんな可愛い子に迫られたら逆らえなくて!
そういうことだからジッとしてて」
 
「何考えてやがる」
 
「だから、魔力分けてあげるんだってば! 
私もあまり残ってないけど少しは楽になるわよ」
 
魔力の譲渡なんて出来たのか。
セルマは「可哀想に」と言いクルッジョが「これまた里が荒れますね」と言った。
何が起こるんだ。
 
「顔を近づけるんじゃねえ……! 」
 
スアンの頭を片手で受け止めるヨゼボだったが、彼女が首を振ってそのツノを振り回すととっさに離した。
そして次の瞬間、スアンがヨゼボに口づけをする。色気のかけらもない、むしろ同情すら覚えるものだった。
 
「な、なにを……」
 
「粘膜接触をすると魔力の譲渡がやりやすくなるんだ。
しなくても良いんだけどね……ハハ……」
 
クルッジョが虚ろな声で教えてくれる。
スアン……どこまでも欲に忠実である。
 
「あれ、子供にしか興味ないんじゃ? 」
 
「うーん、顔が好きなのかも? どうもああいう中性的なのに弱いんだよね。
それにヨゼボさんと600歳差だから、スアンさん的には子供の範囲なのかな……」
 
ストライクゾーン広くないか……?
スアンが800歳だったからヨゼボは200歳くらいか。200歳を子供扱いしないでほしい。
 
ヨゼボはスアンの銀髪を思い切り引っ張って顔を離させるとそのままズルズルとしゃがんでいった。
 
「やだ、腰が抜けちゃったかしら? 」
 
「気分悪いんだよ! あー……吐きそうだ……」
 
彼は必死で唇を拭う。そんなに擦ったら唇取れちゃいそうだ。
いい気味だ。先ほど受けた暴行やら何やらあったが、溜飲が下がる。
 
「照れ隠ししちゃって可愛いわね。
あら……そんなに見つめて……リオンも私のキス堪能する?」
 
次の狙いが再びリオンに移った。
 
「また変なこと言ってるね」
 
「夢中にさせてあげるわ。もう夢中だと思うけれど」
 
「んー……」
 
リオンが苦笑いをした後、スアンの服の裾を引いた。
 
「ここじゃなくて、もっとちゃんとした所でしてほしいかな」
 
「エッ!? 」
 
スアンが何か言うよりも早く私は悲鳴を上げてしまった。セルマなぞ絶句している。
ヨゼボを見ると体からよくわからない電気的なエネルギーを出しながらスアンを睨んでいた。貰った魔力をもう使っているらしい。
 
「もちろんよ! どこがいいかしら? 私の家とかどう? 色々あるわよ、色々」
 
「うーん。でも音梨のことが心配なんだよねー。それで頭がいっぱい。変な男と婚約するから、何があるか……」
 
「大丈夫、何かあったらすぐに知らせる」
 
スアンはガッテン承知!とでも言うように拳を握ってみせた。
 
「何もしないんだけど? 」
 
「それから今後私色々必要になるし、それを用意しなきゃいけないからなー」
 
「行商人の私にお任せあれ! 」
 
「本当に? 助かるなあ。
じゃあ諸々の問題が解決したら私もスアンさんとキスしたい気分になるかも。確証は無いけど……それまで待ってて」
 
「うん! うん? 」
 
体良く利用されていることに気がついたのか、スアンは首を傾げたが、まいっか! とばかりに手を叩いた。
しかしすぐにまた首を傾げる。
 
「あれ? でも確かあなた、この闇の魔女の件が解決したら全裸マッサージさせてくれるって……」
 
「そうだったっけ? なら全部まとめてやろうね」
 
「別に小分けにしても構わないのだけど……なんなら今すぐ服を脱いでくれていいわよ……安心して、気持ちいいって評判だから。お肌スベスベになるわよ……ずっと触っていたくなるほどにね……? 」
 
スアンの手がリオンの頬に伸びた。
しかしその手は触れることなく、スアンは「痛い! 」と悲鳴を上げた。
 
「ちょっとヨゼボ!? 邪魔しないでくれる!? 」
 
彼女は先ほどしていた熱烈なキスのことなど覚えてないかのように鋭くヨゼボを睨んだ。
 
「魔力のお返しだ。
リオン。やることが色々あんだ、そいつらに構うな」
 
ヨゼボは苛立ったように尻尾を左右に大きく振っている。
……あれ……? なんか、これって……?
 
「待て、その前にお前たちのところにあるフイスン岩塊を回収させてもらう。
まさかまだ獅子の里にあるなんて……」
 
私の違和感にセルマは気がつかなかったらしい。
どこかへ行こうとするヨゼボを慌てて止めた。
 
フイスン岩塊とは、フイスン石の大きなもののことを指すのだろう。
確かに、人が通れるサイズの大きさとなると岩塊と呼べるだろう。
この寂れた村にそんな大きなものがあるだなんてなあ……と思っていたが、ヨゼボは怪訝そうな目でセルマを見た。
 
「……何言ってんだ? あれは前にお前が砕いただろ……まあかなりキレてたし覚えてねえのか」
 
「は?いやだって、闇の魔女は異次元を渡っていたってことはここにあるってことだろ」
 
「無えよ。どっか別の所から行ったんだろ」
 
「そんな訳あるか。あとあるとしたら私たちの里のものくらいだぞ」
 
ヨゼボは黙ったままセルマを見る。
どこか呆れたような顔だ。それから不機嫌そうに眉を寄せながら口を開いた。
 
「……なあ、そもそも異次元に行き来してたのか? 俺が知る限りじゃあいつはここで血族をいたぶってるか寝てるかしかしてなかったが」
 
そう言われ皆一様に首を傾げた。
何かがおかしい。
 
闇の魔女はどうやって異次元に行っていた?
 
「私は闇の魔女本体は見てないが……だが色んな奴が言っていたし、あのヘドロが落ちているのも見たぞ!? 」
 
「前々から思ってたんだが、お前はニンゲンが絡むと冷静さを失うな……。噂に惑わされてんじゃねえよ」
 
ヨゼボは呆れたようにそう言うとリオンの名前を呼んだ。
 
「行くぞ」
 
もう何も言うことはないということか。彼は勝手に話を切り上げてしまった。
 
しかし殺されかけたにも関わらずヨゼボはリオンを側に置き続けるらしい。
そしてリオンも何も言わずにヨゼボの後を追っている。
 
闇の魔女が異次元を行き来したかに関してブツブツと呟くセルマの服の裾を引く。
 
「確かにクルッジョが見たって……」
 
「ねえ、番いって普通の夫婦と違うの? 」
 
「ん? ああ、獅子の血族の場合だけど。
番いはその昔獅子の先祖が作った呪いだよ。
昔から獅子も子供が出来にくかったから作られた呪いらしい……魂や肉体その全てが理想的な相手がいると直感でわかるようになる呪いだ。
会うと雷で打たれたような気分になるとか、型が合わさったような気分になるとか聞いたことがあるな。
ただの恋人とは違う、重い結びつきだ。生涯見つけられない獅子も多いと聞くし、それを知ったら世界が一変するとも聞く。
番いを得られればそれ以外なにも欲さなくなるが、番いを失えば狂気に囚われる。狂死する奴も多い」
 
そう言ってセルマは少し不快そうな顔をした。ポーポフィのことを思い出したのだろう。小さく「正しく呪いだな」と呟いた。
 
私は運命の赤い糸のように感じたがポーポフィの最期を思うと確かに赤い糸のような幸福なものではない。
 
「番いって獅子の血族同士でしかならない? 」
 
私の問いにセルマの瞳に僅かに同情心が浮かんだ。
 
「その獅子にとっての理想が他種族だったなら獅子側はそいつを番いだと認識するだろうが、相手がそれを理解できるかは……。
良い結果になるとは限らないだろう」
 
ヨゼボとリオンの後ろ姿を見た。
……まさかとは思うが、ヨゼボがリオンを番いとして認識しているということはないだろうか。
スアンがリオンにちょっかいを出すたびイラついていたし、それからリオンが何故ヨゼボを殺そうとした自分を助けたのかと聞いた時ポーポフィと番いの話をしていた。よく覚えていないが……番いを失えば生きていけないと答えていたような。
それはつまり、リオンに死なれれば番いであるヨゼボが死ぬということではないのだろうか。
 
私はリオンを見つめた。
彼女がヨゼボの後に続いているということはそれを承知していることの表れ?
あの時リオンは愕然とした顔をしていた。
12年間殺そうとしていた相手から番いだと告げられたから……それだけなんだろうか。
それでもヨゼボの側にいることを選んだ理由はなんなんだ?
双子の姉妹だというのにリオンのやっていることの全てが分からなかった。
 
私の視線に気がついたのかリオンが振り返った。
視線がぶつかる。
その瞳は確かに私と同じ色だというのに、全く違う輝きを放っていた。

アンカー 1
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