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15.終わりへと進んでいく

セルマは立ち上がり、魔女に殴りかかっていた。彼の体はすでにボロボロだが、それは魔女も同じだ。
だが魔女はケロリとしている。あの体が借り物だからだろう。
 
しかしさすがにセルマは強い。彼の拳でポーポフィの体が破壊されていく。腕も足も、別の方向に捻れていた。立っているのが不思議なほどだ。
 
「……もう、限界、かしら……意識が……」
 
闇の魔女がそう呟くと、フッと殺意に満ちた瞳が弱まる。
 
「どうしたって私たちはお前に勝てないのね」
 
ポーポフィだ。彼女の意識がセルマに問いかける。
 
「龍と獅子の力の差はほんの少し……けどそのほんの少しが埋まらない。あの人はそのほんの少しを埋めたかっただけなのに」
 
「あいつは最期の時私に対して笑いながら、やっぱりなと言っていたよ」
 
セルマの言葉にポーポフィが目を見開いた。
 
「誰かわかるの、私の番いが」
 
「忘れられないさ」
 
その言葉に彼女は満足げに笑う。
まるで最初からセルマに殺して欲しかったみたいだ。
 
「あの人はそう。みんなの心に忘れられない物を残していく。
それが恨めしかった。それが無ければ私、ここまで地に落ちなかった」
 
ポーポフィが振り返って私を見た。
何も言わない。私も何も言えなかった。
親の仇とこうして対峙した時、人はなんと言うべきなのだろう。
 
その時ポーポフィの左肘がねじ切れぼとりと床に落ちた。
彼女はそれをぼんやりと見つめ「お兄ちゃん……私たちのようにならないでね……」と言った。
……どういう意味だかさっぱりわからない。
お兄ちゃん……?聞き間違いだろうか。
 
突如、彼女はハッとしたように首を振ると、体を震わせる。
それからニヤリと笑い、私を見た。
もうポーポフィの意識は消え失せたのだ。
そして体を捨てて私を乗っ取るつもりだとその肉食獣の瞳を見て察する。
私は魔女と距離を取った。
 
そして閃いた。
 
私は魔女を見る。魔女はもう体を捨てることに決めたらしく、口から黒いヘドロを出している。
ズルリズルリとヘドロがポーポフィの体から出て来る。どれくらいあるんだろう。
ゆっくり、タイミングを見ながら近づく。
セルマが怒ったような声を出したがそれを無視した。
 
「自分を……捧げる覚悟が……できたのかしら」
 
闇の魔女がドロドロとした体から声を出す。醜く歪んだ声。これがルタントアイと名乗る者の正体。
 
闇の魔女はもうすっかりポーポフィの体を抜け出していた。彼女の抜け殻がまるで洋服のように雑然と置かれる。
ドロドロとした闇の魔女の本体が笑い声をあげ私に近く。ゆっくりとした動きだが、例のあの空飛ぶヘドロがセルマの動きを封じていた。
彼はそれを潰しながら私の名前を何度も叫ぶ。
 
私はゆっくり天井に吊るされている鍋の下に立った。
 
そもそも、リオンとスアンは半年前から全て計画していたのだ。トドメを用意していないわけがない。
銃はどこで手に入れたのかわからないが、そもそも何故銃を持ち出した?ヨゼボの動きを封じるために銃を用意していたがそれだけではないだろう。
彼女は銃でヨゼボを封じられると信じていなかったのだから。
 
銃を用意していた理由。それは、練習しなくても銃は撃てるからだ。
 
闇の魔女は笑い声をあげながら私の足元まで来た。
セルマの声がする。
私は銃を天井に向け……鍋を吊るしている紐を撃った。
太い縄だったおかげで弾は思い描いていた軌道とは違ったが、それでも縄を掠めることが出来た。
縄の千切れる音がする。
 
空の銃を投げ出して私はセルマの元へ走った。
鍋は大きく揺れ、中身を零しながら落ちて行く。
ガチャンガチャンとガラスが割れる音がする。
鍋の中には、不死鳥の里で作られたランプが入っていた。
 
「こんなもの、大したことないわあ!」
 
闇の魔女が笑みを含んだ声で叫ぶ。
しかし、セルマも何をするべきかわかったらしい。彼は私を抱き上げ闇の魔女から離れる。
 
「——」
 
彼が何か叫んだ。多分呪文だ。
私を連れて来る前も彼はきっとこの呪文を唱えたのだろう。
 
「何を……アア!? 」
 
闇の魔女もついに気がついたらしい。
ランプに貼られたあの石のタイルから白く細い手が伸びて来た。
魔女の黒い、内臓のようなドロドロした体を手が捕らえる。
 
「イヤよ! 離しなさい!! 千切れる!! 千切れるわ!! 」
 
魔女の体は白い手に引っ張られ、ブチブチと音を立てて千切れて行く。
魔女は悲鳴をあげた。やめろと叫ぶ。
しかし白い手はやめない。
罪人を捉えるかのように手は闇の魔女の体を掴んで離さなかった。
 
そして遂に魔女の体は何百等分に分けられ、石に吸い込まれて行く。
 
私が初めてスアンと出会った時彼女は大量にランプを買い込んでいた。それはきっとこの時のためだった。
ランプのタイルに使われた異次元を移動できる石……フイスン石は聖水浸し呪文を唱えることで起動する。
彼女たちはそれを利用するつもりだったのだ。
闇の魔女の体はランプのタイルの大きさに千切れて肉片までも残さず異次元へ飛ばす計画。
 
「私は、私はまだ死にたくない! 私はまだ殺したりない……幻獣どもを皆殺しにしなくちゃいけないのよ!! アアアア!!! 」
 
魔女の絶叫が部屋に響き、そして消えて行った。
辺りは静寂に包まれる。
 
「……終わったな……」
 
暫くランプの山を見ていたセルマがボソリと呟いた。
……終わった。
巻き込まれるようにしてこの魔女と対立したが、脅威を消し去ることが出来たのだ。
全身の力が抜ける。
部屋に残されていたのは大量のランプの残骸だけだ。
 
「私は魔女がちゃんと死んだか調べるよ。
君はリオンの様子を」
 
「わかった」
 
体に力を入れなおし、彼女の元へ走る。
階段を上がるとすぐにリオンが見えた。真っ白い顔だが息はしている。
きっと大丈夫。リオンの体はヨゼボが治して……いや待て、まだ治してるのか……?
裏切った彼女を?
不意に過ぎった不安と共に、私の背中に衝撃が走った。

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