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14.流れる血もないような、

私たちはスアンの後を追いながら里の中心に向かって行く。
スアンは、初めて会った時とまるで違っていた。
彼女は笑いもせず虚ろな顔で歩き続け、獅子の血族が現れると片手で薙ぎ払った。
強い……。獅子がまるで紙屑だ。それは言い過ぎかな、ローストビーフくらい簡単に千切れていく。
お陰で私たちは獅子たちと戦わずにその後を追うだけで良かった。
 
「どうしてスアンさんはここにいて、魔女を倒そうとしているの? しかも何か様子がおかしいし……」
 
「あの人は魔女に子供を殺されて、それから魔女への復讐心を燃やしていたんだってさ」
 
リオンはなぎ倒され失神している獅子を横目で見た。ずっと12年間一緒に暮らしてきた仲間に向ける目とは思えないほど冷たい。
それでも一応の体裁としてなのか、倒れた獅子の体勢を整えてやっていた。
 
しかしスアンの子供を魔女が殺していたとは。
そういえば、谷の館で闇の魔女と遭遇した時も少し様子が変だった。
そんなことがあったのか……。
 
「それでなんであなたと一緒にいるの? 」
 
「初めて会った時、魔女を殺したいってことを言ってたから近づいたんだよ。
それからずっと協力関係だったってわけ。あんたがこの世界に来たこともスアンさんから教えてもらった。不死鳥の里によく出入りしてるから」
 
ちょっと、コンプライアンスしっかりしてよね。
などと私が憤慨していたその時、獅子の血族が私たちに向かって走り出した。
慌てて逃げようとするが、それよりも前にセルマが彼を殴って失神させていた。
セルマは何事もなかったように私の手を繋ぎ歩き出す。
 
「あっ……」
 
リオンが声を出す。
 
「どうしたの? 」
 
「いや……顔隠すの忘れてたなって。
他の人らは失神してたから平気だけど、今のとはバッチリ目が合ってたなあ……」
 
「えっ、大丈夫なの? 」
 
闇の魔女を倒すためではあるが我々を里に入れているし、そもそもヨゼボを撃っている。
獅子に対する裏切りとも言えるだろう。
 
「平気平気。馬鹿だからうまく丸め込めるよ」
 
それは平気なんだろうか?
彼女は警戒することにしたのか、頭に布を巻いた。髪の色から分かることはない……多分。
 
「……闇の魔女はいつから、何故、ここにいるんだ」
 
セルマが手早く布を巻いていくリオンに尋ねる。
 
「それはルシャンデュさんにもわかるんじゃない?
本当に最近だよ。半年いかないかな……」
 
「じゃあ闇の魔女が活発になったのは、ポーポフィの体を乗っ取ったからか……」
 
ポーポフィがおかしいのは、そして私たちを襲ったのは闇の魔女に乗っ取られたからかと思ったがそれは違うらしい。
元々おかしくなっていたのだろう。
 
「そう。あの人は力が欲しくて欲しくて、ついに闇の魔女を利用しようとして逆に利用されてしまった」
 
「何故殺さなかった?
その時殺せば良かっただろう」
 
「ルシャンデュさんも里見て変だと思わなかったか? 随分荒れてるなって。
闇の魔女が来て、殺そうとしたんだ。そしたらこの有様。みんな殺されちゃったってわけ。
残った人で殺されないようにしようと媚び売ったりなんだりしたらどうやらポーポフィの人格が多少残ってるみたいで、大人しくしている時もあったんだよ。その間に力を蓄えたり少しずつ弱体化させてポーポフィの体にいるうちに殺そうと考えたんだね」
 
なら……今も勝機はあるということだろう。
だとするとやはりヨゼボの力を借りるべきだったんじゃないだろうか……そう思うのは私が弱いから?
 
「ん? 待て、半年前に魔女が現れポーポフィの体を乗っ取り里も支配した? 」
 
「そうだねえ」
 
「そして君はマリティと協力し、魔女を殺すために結託した。
……ならあの時の君の行動は……いや君の行動は分からないことが多いが……。私たちの里に襲撃した理由も分からないが、何故ヨゼボの腕を切断させた。腕を切断させないでも場を収められただろう。その方が良かったんじゃないのか? 」
 
確かにヨゼボは腕を切らなくても良かった。誰もそんなこと望んでいなかった。
ただ、彼はリオンの身柄を引き受けるために腕を差し出し他を黙らせたのだ。
そもそもリオンが襲撃の理由を語ればあんなことにはならなかっただろう。
 
「アハハ、そりゃだって、私は魔女にこの里を潰して欲しかったからさあ! 一番の戦力を消したかったんだよね!
だから魔女にこの里を潰させて、それからスアンさんと魔女を殺す予定だったんだ」
 
彼女は嗄れた声でゲラゲラ笑った。
 
「な……だって、君は、12年間騙されていたからヨゼボを殺したくなったんだろう?
半年前の君はそのことを知らなかったんじゃないのか? 」
 
「いやそんなわけないですよ。
ずっとずっと恨んでたよ。12年間。獅子の血族の奴らをどう根絶やしにしてやろうかそればっか考えてた」
 
リオンが仄暗く微笑む。
私は体が震えた。ずっと彼女を苦しめていた……。笑顔でヨゼボと話をしていた彼女は一体どんな気持ちでいたんだろう。
セルマも同じことを考えていたらしい。暗いトーンで呟いた。
 
「……12年前のこと、覚えているのか」
 
「そりゃもうしっかりね」
 
「私も恨んでいるのか……だからあの時私に襲いかかったんだな。
すまなかった。君のことを死んだと聞かされていて……」
 
「いえ、恨んでいたのは単に音梨をこの世界に連れて来たからですよ。
私はてっきり両親から音梨を引き離したと思って……その癖この人間の生きられない地獄に連れて来たとあっちゃあ怒り心頭。
でもそうじゃなかった。守るために連れて来た。そうでしょう? 」
 
守るために……?
セルマを見る。どういう意味?
私は龍の血族を存続させるために呼ばれたんじゃないの?
 
私の疑問をリオンが答えてくれる。
 
「闇の魔女がここ半年活発になって、異世界にまで行き来するようになったって聞いたんでしょう? だから音梨をこちら側に連れて守ることにした……」
 
そう、だったのか……。
セルマがかすかに頷く。
 
「12年前、君たち家族を逃した後これでもう安心だと思っていた。だというのに闇の魔女が異次元を行き来してるだなんて……そこまで力が戻ってるとは思わなかった。
だから私は君をこちらに連れて来た。ニンゲンは、魔法も爪も牙も無いから、闇の魔女に対抗できないと思って。
……本当は君たち家族全員を連れて来るつもりだったんだがな……。
思ったより捜索に手間取って、そしてついに見つけたと思ったら君しかいなかった」
 
「じゃあ、私と結婚するためってのは嘘……? 」
 
「……嘘じゃない。理由の1つではあったが……主目的ではなかった。
本当は闇の魔女から君たち……君を守ることだったんだ。
ただあの時は、闇の魔女のことを隠しておきたかった。闇の魔女がいると言えばそんな世界行きたくないと言われると思ったから。
私たちは君たちの世界に住むことはできない。異質な存在として弾き出されるから……だからどうしても君にこちらに来てもらう必要があった」
 
彼の言葉に心がモヤモヤとする。
何故だろう。私は……。
私はセルマが、自主的に私を選んでくれたと思いたかった。
でもそれはニンゲンだから選ばれたとわかり、更には元々この世界にいた存在だからということがわかり、これは自主的ではないとわかると……苦しい。
私のことを守ろうとしてくれているのに何故モヤモヤしているんだろう。
……そもそも今はそんなこと考えている場合じゃない。魔女について考えなくては。
 
私たちはスアンの作り出した獅子たちの横たわる道を歩いていく。
花道のようだ。そんなに美しいものじゃないけれど。

*
 
 
「そこまでよ」
 
声が響いた。この声、間違いなくポーポフィだ。……いやルタントアイか。
彼女は一際大きな屋敷の外に出てこちらを見て微笑んでいた。
金の髪がなびく。
両親の仇であり、全ての元凶。
 
スアンは彼女の姿を認識すると、一気に短剣で斬りかかった。
 
「あんたが!! 私の大事な大事な大事な可愛い子供達を奪って! 目の前で食べた!
忘れるものか! 忘れるものか……! 殺してやる!! 」
 
あのナルシスズム全開のスアンは消え失せ、歯をむき出しにして闇の魔女へと飛びかかる。
彼女の叫び声は余りにも痛々しく、普段の彼女の明るいあの振る舞いが信じられなかった。
 
「何言ってるの、あのね、殺した人のことなんて一々覚えてないものよ?
でもそう。あなたみたいな綺麗な人の子供きっと美味しかったでしょうね。また食べたいわあ」
 
闇の魔女は笑顔でスアンの攻撃を応戦する。
互角? いやスアンの攻撃は早くポーポフィの体を削り取っている。
彼女の服は破け赤い血が飛び散る。
これならいける……そう思った時だった。
 
「私、怒ってるのよ。
ニンゲン勝手に連れ出すわ、獅子の血族使えなくしちゃうわ、しかもフィースのこといじめてくれたみたいで……もう、最低よね。彼のこと私はどうでもいいけど、彼女はね……不安定になるのよ」
 
それまで押され気味だった闇の魔女が突然スアンの腕を掴む。
スアンは振り払えないらしく呻き声を上げた。腕はあり得ない方向へと曲げられていく……。
 
折れちゃう……! そう思って目をつぶった。
セルマの「やめろ! 」という叫び声と水の音が響いた。
目を開けるとずぶ濡れのスアンと地面に投げ出された魔女がいた。どうやらスアンの腕は無事なようだ。
彼は駆け寄ろうとするが私の存在を思い出し、その場にグッと堪える。
 
「あら! ルシャンデュ・セルマ!
あなたに会いたかったのよ……私が、じゃなくてポーポフィが、だけど」
 
魔女は水をかけられたことをまるで気にも止めずしなやかに立ち上がりセルマを見て笑い始めた。
 
「認識されてるとは光栄なことだな」
 
「私、死んだ人のこと覚えるの苦手だからすぐ忘れると思うけれど……でもポーポフィは違うわよ!
なんてったって116年前、あなたに番いを殺されてからずーっとあなたを殺そうって燻ってたんだから! 」
 
116年前というと、セルマが不死鳥の里に来る前のことだ。
そういえば、獅子に里を荒らされて不死鳥の里に住むことになったと言っていた。
もしかしてその時……? だとしたら逆恨みもいいところじゃないか。
 
「番いがいると分かっていたら諸共殺してやったよ……! 」
 
「ポーポフィ、あなたが番いを殺したからおかしくなっちゃったのよねえ。
面白いわあ! この女も子どもが殺されてこんなんになっちゃったんでしょ? 大事な人が殺されると人っておかしくなるのね……」
 
闇の魔女が冷たく笑うとスアンの腹に蹴りをいれた。
彼女の体が飛ばされる。彼女の体からは血が吹き出していた。
 
「あっ! 」
 
スアンは体を投げ出され地面に叩きつけられた。呻き声が聞こえたから生きてはいるだろうが……。
闇の魔女はあのヘドロと脚を使って重い蹴りを入れたようだ。
スアンは闇の魔女を睨みながら荒い息をしていた。動けないようだ。
私は慌てて彼女の元へ駆け寄ろうとするがそれをセルマに止められる。
 
「ダメだ!
俺から離れるな……! 」
 
「そうそう、離れちゃダメよ。
うーん……そうね、あなたたちはどちらが死ねばいいかしら。
あ、違う違う、ニンゲンは私が貰うから……ルシャンデュ・セルマを殺しましょうねえ。
あなた、彼のことが好きでたまらないのよね。捕まえた時ずっと名前を呼んでたから分かっちゃった。
ねえ彼が死んだらどう思う? 悲しくて狂っちゃうかしら」
 
ゾッと背筋が凍る。
セルマが死んだら……。
思わず彼の手を握っていた。彼は私の手を握り返す。
 
「そんな簡単に私は死なないぞ」
 
「そうね、でも私もそうよ」
 
闇の魔女が私を見た。
私の体を乗っ取るつもりなのだと直感的にわかった。
 
「あ……」
 
「待ってくださいよ、ポーポフィ……いやルタントアイさん?
いつも私のこと無視しますよね」
 
リオンが立ち塞がるかのように私の前に立った。
 
「……ああ、そうねえ。あなたが居たんだったわリオン。
でもあなたは殺さない……」
 
ニヤニヤと笑っていた闇の魔女が突然、虚空を見つめた。
 
「これ以上兄に迷惑かけたくない。私をここまで庇っててくれたんだから……」
 
それからゆるゆるとリオンを見て、またあの嫌な笑顔を浮かべる。
 
「失礼、まだポーポフィの意識が。さっきのことで動揺してるみたいね。
でもどちらにせよあなたは相手にしないわ」
 
闇の魔女の豹変ぶりに私は戸惑った。
ポーポフィの意識が時折蘇るのに、彼女は何もしないで意味のわからないことだけを言ってまた意識が沈んでしまう。
そしてそのまま恐ろしい魔女ルタントアイに意識が渡ってしまうのだ。
 
「そんなこと言わずに」
 
リオンは先ほどヨゼボから奪った剣を握り締め闇の魔女を見た。
戦うつもり? ダメだ、彼女はただの人間なんだから……!
 
「リオン、待って! 」
 
しかし彼女は私の制止など聞こえないというように魔女に飛びかかった。
剣が重いのか、攻撃の手数が少ない。
闇の魔女も面倒そうに攻撃を避けるだけだ。
これじゃダメだ。
 
「リオン……! 」
 
それでも彼女はやめない。
闇の魔女の攻撃をかいくぐりあちこち移動しながら魔女へと攻撃していく。
 
「早くなんとかしないと……」
 
「動いちゃダメだ……!
近づけば闇の魔女の周りに飛んでいるヘドロが私たちを攻撃してくるぞ」
 
見ると、あの油田のようなドロドロがこちらに向かって飛んできた。セルマがそれを振り落とす。
私はただ見ているだけしか出来ないようだ。
祈るような気持ちでリオンを見る。
彼女は薄く笑いながら闇の魔女に攻撃を仕掛けていた。
だがやはりリオンは追い詰められていたらしい。
闇の魔女が手をかざすと、彼女はサッと屋敷の中に入って行った。魔女もその後を追う。
私たちも慌てて追いかけた。
 
「弱いくせに……どこに逃げたのかしら」
 
魔女の動きは素早く、セルマが追いかけてきたのを一瞥するだけで屋敷の中を捜索し始めた。
が、すぐにリオンの剣を引きずる音が聞こえてきた。
魔女は大喜びで抜き足差し足歩いていく。
その間、私たちが追いつくことのないようあのヘドロで抜かりなく攻撃を仕掛けて来た。
だがスアンとリオンの攻撃で傷付いている彼女の体から流れた血でどちらへ行ったかはわかった。
 
「クソ! 上手く追いつけない! 」
 
セルマは苛立ったようにヘドロを迎撃する。
その間も、私が攻撃を受けないよう背中で隠してくれていた。
彼の負担になっている……だがそうだとしても私はリオンから離れるわけにはいかない。
セルマに迷惑をかけたとしても、リオンを救いたい。
 
闇の魔女の笑い声が聞こえてきた。
リオンが見つかったのだ。
セルマは「抱きかかえるぞ」と、その言葉を言い終える前に私を抱き上げ走り出した。
 
2人は地下にいた。
セルマの体から降りて地下へ続く階段を慎重に降りる。
なんの部屋だろう……。木でできた二重の扉をギシギシと鳴らしながら開ける。
薄暗い中目を凝らすとどうやらそこが食料庫であることがわかった。
まだ暖かい時期だからか、食料はあまり無い。ただ私の体がすっぽり入りそうなほど大きな鍋が天井から吊るされていた。何か入っているのか、キラキラと光を反射している。
 
「あらあら、なんでこんなところに来たのかしら?
物陰に隠れるため? 」
 
だがリオンは部屋の中央に立ち闇の魔女を見据えていた。
彼女は剣を構える。
そして、また闇の魔女との戦いが始まる。
 
「ど、どうしよう……」
 
「隙を見て応戦するから。
だが……ここは狭いしリオンに動かれると……」
 
リオンは一切こちらを見ない。ただ魔女に集中していた。
……だが魔女はそうじゃなかった。
彼女はグルリと首を回しこちらを見た。
手が伸びる。
セルマに攻撃するつもりだ。
 
それはリオンにもわかったらしい。彼女は魔女がセルマを見ているその隙に、思い切り背中に剣を突き立てた。
 
「ア……?」
 
魔女の額に血管が浮き出る。
 
「なに、やってんの?
あんた、邪魔ばっかり。手は出せない言ったけど、本当に殺すわよ」
 
「……殺せばいい。最初から死ぬとわかって計画を立てたんだ」
 
未だリオンは剣を魔女に突き立てより深い傷にしようとしていた。
それが逆鱗に触れたのか。
闇の魔女は片手で容赦なくリオンを突き飛ばした……いや、突き飛ばしたというのは正確ではない。一瞬で彼女の腹に穴を開け、こちらに放り投げたのだ。
私は彼女を受け止めようとし、そのまま倒れこむ。
倒れる音に、水音が混じった。
 
「うああッ……! リオン……!
お腹に穴が……! 」
 
私は着ていた上着を脱いでリオンの傷に当て圧迫した。それにどれだけ効果があるかはわからない。
 
「来るぞ、君たちは地下を出るんだ! 」
 
セルマが立ち上がった。
私はリオンの体を引きずり地下から脱出する。
彼女をなんとかしなくちゃ。
 
「リオン、リオン……」
 
「……生きてる……」
 
「そうだよ! 待って、今応急処置……」
 
こういうときどうするんだっけ?
傷を圧迫して……足とかなら太ももを縛るけど、お腹の場合どこを縛れば……
 
「違うよ……フィース……が……生きてる……」
 
「え……」
 
辺りを見渡す。寂れた屋敷には誰もいない。
外は騒がしいが、それは先程伸びていた獅子たちが起きたからだろう。
 
「お腹の傷……もう治ってきてる……呪いがまだかかってるんだよ……」
 
ヨゼボがかけた完治の呪いが未だ効力を発揮しているらしい。
私が恐る恐るお腹の傷を見ると、確かに血は止まり穴が縮んだように見える。
彼はまだ生きていた……そのことはリオンも言っていたから驚きはないが、だとするとまだ魔法をかけ続けている理由がわからない。
裏切ったリオンに生きていて欲しいの? 私としてはありがたいが……何を考えているのだろう。
 
その時大きな音が鳴り響いた。
 
「セルマ……! 」
 
「逃げて、私は暫くしたら治る……」
 
リオンは苦しげな顔のまま無理矢理笑みを作った。
ひどい顔だ。私は彼女を抱き締めた。
 
「ごめんなさい……私のこと恨んでる? 」
 
12年前彼女を1人にし、そしてすっかり記憶から消していた私を……。しかしリオンは苦しげな息遣いながらも意志の強い目を向けてきた。
 
「一度だってそんなこと思ったことないよ。あの時、誰かが死ななきゃならなかった。それが私だと思っただけ……」
 
彼女は呻き声を上げ、私の手を掴んだ。
 
「あんたは生き延びな」
 
それから彼女は目を瞑る。
気絶したらしい。お腹に穴が空いているのにあんなに喋らせるべきではなかった。
ただお腹の傷は少しずつ良くなっている。……これなら死ぬことはないだろう。
 
リオンの言葉一つ一つが私に突き刺さる。
彼女は、いつだって死ぬ覚悟でいる。
ポーポフィと対峙した時も、セルマを相手にした時も、ヨゼボの元に居続けている間も、そして闇の魔女を倒すと決意した時も。
私の姉妹はいつだって命を投げ出してきたというのに!
 
涙を拭っていると、不意に彼女の側に落ちている黒い物体が見えた。
……銃だ。あの時、銃声は五発聞こえた。多分あと一発残っている。
私はリオンの頭を撫でてから、それを持って地下に戻った。

アンカー 1
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