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13.作り出された

獅子の里は荒れていた。
空き家が多いのだろう。手入れが行き届いていない。
だがお陰で誰にも見つからずに獅子の里の出入り口まで走ることが出来た。
 
「あそこの木陰! 走って! 」
 
リオンに背中を押されて私は更に走った。
セルマ、彼に謝りたい。
大変なことを巻き起こしてしまった。
 
「音梨! 」
 
セルマだ!
彼は木陰から現れると勢いよく私を抱き締めた。
私も抱きしめ返そうとするが、先ほどの……谷の館でリテンマとのことを思い出しちょっと腕に触れるだけにした。
 
「音梨、大丈夫か!?
怪我は?どこか痛いところは? 」
 
「ごめんなさい、セルマ……!
勝手なことをして……ごめんなさい……」
 
「君が謝ることじゃない。
私は本当に……何度も何度も君を助けきれていない。情けないよ……」
 
セルマは体を離し、顔を見合わせた。
色々と聞きたいことがある。リオンのこと、両親のこと、リテンマのことも少し。
でもそれよりもまずここから逃げなくては。
リオンを連れて。
 
「セルマ……ごめんなさい、でも私あの子を助けないと、闇の魔女がいるの」
 
「あの子? 」
 
「リオン……ロニは私の双子の姉妹なの」
 
その言葉に、セルマは明らかに動揺していた。
目を見開き、眉を寄せ「どうして、」と小さく呟く。
 
「彼女は死んだはずじゃ……。
……いや、わかった。助けよう」
 
彼は一度苦しそうにため息を吐いて、里の方を見据えた。
リオンはまだこちらを見ていた。
表情は読めない。
 
「君を一度帰して……」
 
「だ、だめ! 私も助ける!
ずっと助けてもらってたんだから、私が行かないと……」
 
「……危険だと判断したら無理にでも帰すからな」
 
セルマが私の手を握る。
今度は離さないようにしないと。
 
「……そういえばセルマはどうやってここに? 」
 
「マリティが教えてくれたんだ」
 
マリティ・スアン……彼女とリオンは知り合いだったのか。
そういえば谷の館に最初に来た時2人は話をしていたとクルッジョが言っていたし、もしかしたら何か繋がりがあるのかもしれない。
 
「スアンも来ているよ。
里の方にフラフラ入って行ったが、ま、彼女なら大丈夫だろう」
 
里に……? どうしてなんだろう。
リオンに会いにだろうか。
 
私たちが里に近づくと、リオン……そしてヨゼボがこちらを見つめていた。
いつの間に。神出鬼没である。
 
「……何の用だ、ルシャンデュ」
 
「その子に用があってな。
それから闇の魔女にも」
 
ヨゼボは僅かに眉をひそめた。
 
「ポーポフィか……」
 
「闇の魔女を庇っていたとなると、ただじゃ済まないぞ」
 
「……ああ。わかっているさ、そんなこと」
 
「いつから庇い立てていた」
 
獅子の男はセルマを鋭く睨み、何も答えない。
ただ、腰から下げていた剣に手をかけた。
戦うことになるらしい。
セルマが私の腕を引いてその背中に隠した。
 
その時、スアンがヨゼボとリオンの背後にいるのが見えた。どうしてあんなところに。
ここは危ないと伝えなきゃ……!
私が後ろを見つめていることにリオンも気がついたらしい。
彼女も振り返りスアンを見た。
そして薄い懐から黒い塊を取り出した。
 
銃……?
 
「えっ? 」
 
彼女はそれを躊躇うことなく、ヨゼボに向かって引き金を引いた。
バン!と大きな破裂音が響く。一回、二回、三回、四回、五回……。
ヨゼボはリオンが銃を取り出した時点で異変に気がついたらしく彼女の方に手を伸ばしたがそれよりも早く弾丸は男の体を貫いていた。
 
「なんだアレは……」
 
私たち2人はただぽかんとしてその様を見ていた。
なんでヨゼボを撃った? そしてその銃は……?
 
「ルシャンデュさん! 何ボサッとしてんだよ! 」
 
リオンがヨゼボの腰の剣を取り上げながらこちらに向かって叫んだ。
 
「116年前こいつらに何したか思い出せ!
またやるんだよ! 早くしろ!」
 
「どういうことだ説明しろ! 」
 
「説明してる暇なんかあるかよ!
とっととしないとこいつ再生するぞ! 」
 
セルマは躊躇っていたが私の手を握り「沈めるから」と言うと、空いている方の手をかざした。
地鳴りの音がする。
 
「こ、殺すの? 」
 
「……これで死ぬかはわからないが……ヨゼボは闇の魔女をかくまっていた。同情の余地はない」
 
そうだけど……。
両親の仇だ、むしろ死んでくれた方がいいだろう。
だけどここでヨゼボを殺したら他の獅子の血族も敵になるんじゃ……。
 
リオンはもがくヨゼボの腕に剣を切りつけた。
残っている方の腕も切ろうとしているらしい。
だがなかなか切れずに諦めたのか、銃だけ持ってスアンの元へと走っていく。
 
それと同時に地面から大量の水が湧き出した。
それは大きな波へと変わる。不思議なことに波は私たちの方へ寄らず、生き物のようにヨゼボの方へ向かうとその体を流していく。まるで巨大な蛇のようだった。
ヨゼボが苦々しい表情でセルマを睨んでいるのがチラリと見えたが、その白い顔は瓦礫とともに瞬く間に波に消えていった。
後にはぬかるんだ地面だけが残る。
 
「リオン! 」
 
私たちはリオンの元に駆けつける。
リオンは荒い息を吐き、スアンはボンヤリと里を見ていた。
 
「どういうことなの?」
 
「今の音を聞きつけて他の獅子が来る。
2人はもう戻りなよ。利用して悪かった」
 
リオンの手は震えていた。
銃の振動で痺れるのだろう。それだけじゃないかもしれないが。
 
「待って、説明してよ、なんもわかんないよ! 」
 
「私たちは闇の魔女を殺すのよ」
 
スアンが虚ろな瞳で呟いた。
 
「2人で!? 無茶言うな、今から援護を頼んで……」
 
「嫌よ、私は行くわ」
 
彼女は銀の髪をたなびかせ里の中心に向かって行く。まるでどこに魔女がいるのかわかっているかのようだった。
 
「そんな……」
 
「そういう約束だから私も行く。
じゃあね」
 
リオンはあっさりと身を翻し、スアンの後へと続こうとする。私はその背中に慌てて叫んだ。
 
「いやだ、行かないで!
私、リオンを助けたいの、お願い」
 
「……あはは。
あのね、ヨゼボ・フィースはまた戻って来るよ。そしたら私なんか木っ端微塵。こんな世界とおさらばってわけ」
 
「でも銃で……」
 
「あんなんで殺せるかよ」
 
リオンは唇の端を釣り上げ嘲るように笑った。
 
「やっぱ無理だったね。ジュウ、だっけ? 弱いんだもん。あんなんじゃ殺せない。
水で流してもらったけど、その程度じゃまあ、拷問受けてる気分にはなれるかも。でも死にはしない」
 
「じゃあなんであんなことしたの……」
 
「殺してやりたかったんだよ、この手で。それだけ。
無理だとはわかってたけどさあ……でも許せないじゃん……パパもママも、ずっと生きてると思ってたんだよ……12年間私を騙して……」
 
リオンの声が震える。
私はなんと声をかけていいかわからなかった。
彼女はずっと信じていたのだ。両親が生きていることを。私がリオンのことを覚えていると。
だというのに現実は。
 
「……そういうわけだから、じゃあね。
スアンさんのところ行かなきゃ」
 
「私も、私も行く! 」
 
横でセルマが「はあ!? 」と言っていたが気にしてられない。
12年間私はぬくぬくと生きてきたのにリオンは地獄の思いをしていたのだ。
彼女を放っておくことなんてできない。
 
「ダメだよ。あんた弱いし」
 
「そ、そうだけど、でも、あなたを1人にできない」
 
「スアンさんがいるから平気。もう行って。他の奴らが来ちゃうよ」
 
「嫌だよ! 絶対あなたに付いて行くから! 」
 
リオンは青白い顔でどこかを見ていた。
考えているのだろう。私がいたらどうなるかを。
そして「わかったよ、なんかあったらルシャンデュさんが守ってね。私はそんな余裕ないと思うから」とだけ言ってスアンの後を追っていく。
 
「音梨、君は! 」
 
「ご、ごめん!
でも、リオンは……」
 
「……わかってるよ。危なくなったらすぐ戻るからな」
 
セルマは怒っていたが、結局付いてきてくれるらしい。彼の手を握る。
 
魔女の元へ行かなくては。

アンカー 1
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