top of page

12.私が全て教えてあげよう。

移動の魔法は目を開けながらするものではない。
目の前がグルグルと回る。
乗り物酔いよりももっと酷い。
脳をかき混ぜられたかのようだ。
 
ポーポフィは私を抱えてどこかの里に来ていた。先程から何かをブツブツ呟いている。
「ごめんなさい」「これが運命? なんて偶然。必然? 」「償う時なのに」などと言っているが、どう言う意味か全く分からない。私に言っているとは思えないのだが……。
そこでふと思い出した。
闇の魔女に体を乗っ取られた人は意識はあるのだと。この言葉は闇の魔女に乗っ取られている女の言葉……?
そうだとしても意味はわからない。ただ
もしかしたら彼女は私を殺したいと思ってはいないのかもしれない。なら私は助かる……?
 
しかしそれもすぐ間違いだとわかった。
ポーポフィは体を震わせると「早く完全な私になりたいわ」などと言って笑う。
闇の魔女が主導権を握っているのだ。乗っ取られている体に助けを求めるのは無理だろう。
 
私は諦めて周囲を見た。
寂れた里だ。不死鳥の里の賑やかさとは大違い。
人の姿が見えないが、今視界が回っているからだろうか。
ポーポフィが一歩歩くごとに吐き気を催す。
 
なんとか止まってもらおうと体を動かすが、そうするとより視界がぐらついて気持ち悪かった。
 
「何やってんの!? 」
 
悲鳴が聞こえる。
この嗄れた声……ロニの声?
ならここは獅子の里……?
 
「何、やって……なんでその子を連れて来た!? 」
 
「ニンゲンの体が欲しいの。わかるでしょ。ニンゲン……ニンゲン……」
 
「……クソッ!
あの龍は何やってたんだ!! 力があるくせに、手抜きやがって!! 全部全部無意味じゃないか! 」
 
ロニは激しく怒っていた。
全部無意味…… ?
何を怒っているのかはわからないけど、とにかく助けてもらおうと彼女の方へ手を伸ばす。
このままじゃ私、闇の魔女に……。
 
「ろ……に……」
 
名前を呼んだつもりだったが掠れて空気が抜けたような音しか出なかった。
 
「……ポーポフィさん、取り敢えずその子を地下牢に入れましょう。早く」
 
「はあい」
 
視界が揺れる、揺れる。
地下牢? やっぱりロニは、この里は闇の魔女に従っているの?
私はどうなるの?
 
 
 
気がつくと私は牢屋の中のベッドに寝かされていた。
牢屋はひんやりとしているが、匂いもなく、思っていたよりは快適だ。
壁の血の跡さえ見なければ。
 
私はなんとか立ち上がる。
気分はまだ悪いがさっきよりマシになった。
 
「……音梨……」
 
嗄れ掠れた声がする。
私がそちらに向くと、ロニが檻の外に立っていた。
暗くて顔がよく見えないが、仮面をしていないのがわかる。
 
「ロニ!
私は……これからどうなるの……?」
 
せめてセルマに謝りたい。迂闊な行動を取ったことを。
ロニは静かな声で答えた。
 
「大丈夫。なんとかするから」
 
彼女は一歩ずつこちらに近づいてくる。
 
「なんとかって……どうして。
あなたはどうしてそこまで私を助けてくれるの」
 
「……12年前のことなんて覚えてないよね。無理もない。まだ私たちは5歳だった」
 
地下牢に吊り下がる弱々しい光のランプが彼女の顔を照らす。
 
「でも私にとってはそれだけが生き甲斐だった」
 
「え……」
 
初めて見た彼女の顔。
やつれているが見間違いようがない。17年間ずっと見て来た顔。
 
彼女の顔は、私の顔だった。
 
「なに……あなた……誰なの……!? 」
 
あまりの驚きに言葉が出てこない。
どうして私の顔をしているの?ロニは……獅子じゃないの……!?
 
「……私の名前はロニじゃない。リオン。
サイトウブ リオン。
あんたの双子の姉妹だよ、音梨」
 
彼女はしっかりと私の目を見て、己が誰なのかはっきりと答えた。
 
双子……?
私に双子の姉妹がいた……?
焦点が合わない。
リオンって私の想像の産物じゃないの?
12年前に一体何があった……?
 
「どういうこと? だってここは異世界だよ?
異世界に双子がいるなんておかしいじゃない」
 
「……あんたはここで生まれて5歳までこの世界に暮らしてた。
あんたは異世界に連れてこられたんじゃない、戻って来たんだよ」
 
チカチカと光だけがやたらと明るく写る。
私はこの世界に生まれた……?
全然話がわからない。
 
「何が……なんだか……」
 
「落ち着いて。時間がないんだよ。わかる? 
ここは敵しかいない。いつあんたが殺されるか……」
 
リオンが檻から離れようとする。私は必死で呼び止めた。
 
「待って、ちゃんと説明して! 」
 
「わかってる、けど手短に済ませるよ。質問したかったら龍のあいつが全部わかってるからあいつに聞くんだ。
……あるニンゲンが闇の魔女を秘術で作り出した。幻獣に対抗する手段として。だかそれは失敗した。闇の魔女を制御できなかったんだ。
そのせいでニンゲンである私たち家族は獅子の血族によって報復で殺そうと追われていて、龍に協力してもらって異世界に逃げることにしたんだよ 。どっか別のニンゲンが作ったものに私たちが殺される謂れはない。
でも私たちは獅子の血族に見つかってしまった。そのとき私がこの世界に残ることにした。父と母がいればまたニンゲンを増やせるし、あんたより私の方が体が弱かったから。
でも私はこうして生きていた。なんでかわかんなかったけど、あんたとこの間話してわかったよ。獅子の奴らは身代わりとして残った私じゃなくて、パパとママの方を殺しやがった…… 」
 
リオンは息を吐く。
 
「……私はあんたを元の世界に戻したかったんだ。ここは闇の魔女がウロついてて危険だしそうじゃなくてもニンゲンは力が無い。ただの弱者だ。それ以上でも以下でも無い。この世界にいたら地獄を見る。
龍の男はもう少し役に立つと思ったんだけど……信じた私が馬鹿だった。
 
……もう行かないと。あの人が来る。
いい? 獅子の血族はどいつもこいつも危険だけど特にフィース様とポーポフィは避けるんだ。あの人はあんたが嫌いみたいだしポーポフィは闇の魔女に体を乗っ取られてる。
ポーポフィ……っていうか、闇の魔女ルタントアイはニンゲンに作り出された存在だからニンゲンの体が欲しくてたまらない。ニンゲンの体を使って完全な存在になるつもりなんだ。私はまだニンゲンってバレてないみたいだけど、あんたは襲われるだろうから気を付けて。
出来るだけ早く戻る。あの龍の男も連れて来るから待ってて」
 
リオンは私に手を振ると走って行ってしまった。その姿をぼんやりと眺める。私は別のことで頭がいっぱいだった。
 
頭の中に映像が流れる。
ああ……思い出した……。
 
家族4人でどこかを必死に走ってた。
母に手を繋がれ足がバラバラになりそうだけど足を止められなくて泣きながら走った。
父が抱きかかえながら走っているのはリオン。
リオンは体が弱くて……今にして思えばあれは喘息かなにかを患っていたのだろう……走ることが出来なかった。
もう少しだから頑張れと言われもう棒のようになっていた足をさらに動かした。
しかし、突然父が止まる。
目の前に……ああそうだ、目の前にヨゼボとポーポフィがいたのだ。
ポーポフィは明らかにおかしかった。何かをずっとまくし立てていた。
両親は何かを言われそして……いつの間にか父から離れていたリオンがヨゼボの元へ行った。……大事なことなのにうまく思い出せない……。ただ私はあの時母の体に隠れながらもうリオンとは会えないんだなと確信していた。
 
いつの間にか私はあの崩れかけの家屋にいた。
母はここの人に魔法をかけて助けてもらうからと言っていた。……そう、大叔母は大叔母ではなく、洗脳されたただの日本人だったのだ。
洗脳された彼女の家でふと一息ついたとき……大きな音がした。
私は咄嗟に襖に隠れた。両親の叫び声が響く。
襖の隙間から様子が見える。
ポーポフィがいた。彼女は両親の血に塗れ、笑いながら大切な人を失う苦しみを知れと叫んだ。
私を探していたようだが、結局ポーポフィは諦めたように去って行った。恐らく異世界に馴染みがなく、どこを探していいのかわからなかったんじゃないだろうか。お陰で私だけが助かった。
そう、私は両親が殺される様を見ていたのだ。
何度も何度も助けを乞う両親の悲鳴が蘇る。
怖くて怖くて動けなかった。リオンのように家族のために犠牲になることも出来ず私は両親が殺されていくところを見てただ泣いていた。
そして何も出来ずに私は近所の人が異変に気がつくまで死体を見つめていた……。
 
なんでこんな大事なこと忘れていたんだろう。
両親のことも、リオンのことも。
リオンのことだけは忘れちゃいけないのに。
イマジナリーフレンドRION☆はポーポフィの姿をしていた。私にとって、ポーポフィの方が忘れてはいけない存在だったのかもしれない。両親の仇。
でもリオンは、私と同じ顔だから忘れないと思ったのに……。
 
どれくらい泣いていただろう。
地下牢なので光が入って来ず、状況が読めない。
リオンが地下牢に私を連れてきたのは闇の魔女対策だったのかもしれない。
光が好きな魔女は地下牢に近づかないから。
 
それから15分ボーッと壁の血のシミを見ていたら物音がした。
 
「音梨! 」
 
リオンだ。
檻に近づくと彼女は音を立てないようにしながらこちらに来る。
 
「遅くなってごめん。ここから出よう」
 
「大丈夫なの? 」
 
「大丈夫。大丈夫。あの、龍の……ルシャンデュさん連れて来たから。獅子は龍に勝てない……はず」
 
「そうじゃなくて! こんなことしてリオンは平気なの!? 」
 
「あはは……なんとかするよ。大丈夫。
外に出たら一気にルシャンデュさんのとこに走って。逃げて」
 
がちゃんと牢が開く。
本当に大丈夫なの?
彼女は私を出したら獅子の血族を裏切ることになる。それは、獅子の血族を敵に回すということだけでなく、ヨゼボも敵に回すということだ。
彼女は彼のことを慕っているように見えた。楽しげに2人は笑いあっていたし少なくとも嫌いではないだろうに……。
裏切ることになって平気なわけがないだろう。
しかしそれを聞く前に彼女は私の腕を引いて走り出した。

アンカー 1
bottom of page