top of page

11.意思など持たなければいい。

あれから1週間経った。
私たち……私とセルマとシンシャさんは滅茶苦茶になった谷の館の修復の手伝いをしていた。
魔法を使えば粗方片付くのだが、元々行商人が立ち寄る場所でもあるので人手が足りず、手伝いに来た者がローテーションで片付けているため修復が遅れているらしい。
魔法の使えない私に出来ることなど限られているがそれでも出来ることはなんでもやった。
 
「音梨ちゃーん! ちょっと来てもらえる? 」
 
「はーい! 」
 
シンシャさんに呼ばれて駆けつける。
大きな瓦礫は片付けたがまだまだ石の山はあるし、その下には商人の荷物が埋もれていることもある。
諦めている商人も多いが、中には高価なものや貴重なもので諦められない人もいるらしい。
私はシンシャさんと石の山を片付け始めた。
 
「音梨ちゃんはこの世界にもう慣れた? 」
 
「お陰様で。
ご飯も美味しいし、みんな優しいし、前の世界よりも満喫してるかも。
3年で帰るのが嫌になってきたなあ……」
 
「3年? 」
 
「うん。
成人したら元の世界に戻ろうと思って。
この世界にいたらダメな気がして……」
 
シンシャさんは美しい眉を顰め悲しそうな顔をした。
私は慌てて訂正する。
 
「ち、違うよ!? この世界が嫌なんじゃなくて……なんでかな……多分、ずっとこの世界にはいられない……いちゃいけないと思うから……」
 
「どうして? 」
 
「……わからない……」
 
ただ漠然とした、心のブレーキだろう。
私がいた場所とここは違う。魔法は使えないし、ニンゲンは私だけだ。
元の世界にいることが一番良いことなのだ……多分。
 
「……私、悪いけど少しだけ音梨ちゃんの生い立ち聞いたんだ。
ここの方が音梨ちゃんに合ってると思う。ここにずっといたらいいじゃん」
 
「そうだけど……」
 
「お願い。
ルシャンデュさんも絶対その方が喜ぶよ」
 
そう……だろうか?
確かにセルマは私を酷く甘やかしてくれる。
だけどそれは私がこちらに来る時の約束を守ってくれているからだろう。
私を1人にしない、私が望むものは全て用意する。彼はそれを守ってくれていた。
 
「信じてないね?
あのね、ルシャンデュさんも多分寂しい人だよ。
龍族の爺さんが亡くなって300年近く1人でいたから」
 
「不死鳥の里の人たちがいるじゃん……」
 
「ここ100年は里にいるけど、それまでは1人で龍の里を守ってたんだよ。
でも、獅子の血族と喧嘩した時に荒れ果てて1人じゃどうしようもなくなって……だから里の長が引き入れた。龍と不死鳥は元々同盟組んでて仲が良かったし、彼なら湖の石を簡単に浚えるから。
私にはわかんないけど……ずっと1人で里を守ってるの苦しかったんじゃないかな。
だから人間を呼び寄せることになった時なんていうかなあ、そう、はしゃいでた。家族が出来るの嬉しかったんだと思うよ」
 
……全然知らなかった。
セルマは300年ずっと1人で……。
ああ、だから彼は私の寂しさや苦しみを理解できるのだ。彼の方がずっとずっと苦しんできたんだから。
 
「3年なんて言わないで……ずっとここにいなよ。
私たちも……」
 
「あらやだ、あなたが噂の? 」
 
シンシャの言葉を遮って、見知らぬ女が声を掛けてきた。
誰だろう。髪がフワフワで、短いながらもスアンたちと同じようにツノが生えている。一角獣の血族だろう。
 
「一角獣の……」
 
「リテンマ・スィアよ。お久しぶりねディーマン」
 
「あー……悪いんだけどルシャンデュさんはここにいないから」
 
「そんなこと、見ればわかります。
今はこの女が目に入ったから話しかけにきたってわけ」
 
この女呼ばわりをされカチンと来る。
何様じゃ!
 
「……私に何の用」
 
「醜い顔で睨まないでくれる? 
……ホント、醜い上に汚らしいし、体も貧相だわ」
 
出会い頭にこんなにも貶められたのは初めてのことだ。
開いた口が塞がらない。
 
「ちょっと、リテンマ?
なんのつもりかはっきり言いなよ」
 
「そんなの決まってるじゃない。
この女がどれ程のものか見にきたのよ。
……でも安心したわ。コレにセルマが惚れ込むなんてことないわね。ただ子供を産む為の胎が欲しいだけで」
 
下劣な言葉に耳がカッと熱くなる。
この人、セルマのことが好きなんだ。それで私に攻撃を。
 
「さっきから黙って聞いてれば!
あなた失礼の擬人化!? その言葉は私にもセルマにも失礼だよ! 」
 
「いやね、声まで汚いの? 」
 
「ハア!? 賀来千香子ばりの美声だっての! 」
 
「かく……?訳のわからないこと言って、知性まで無いのね。
あー、心配して損した! セルマがニンゲンを連れて来たってスアンさんから聞いたときは不安でたまらなかったけど、ま、コレならいいわ」
 
スアン……余計なことを言ってくれたらしい。
頭がカッカッする。
横でシンシャが見たこともないほど怖い顔でこの女を睨んでいるが、どこ吹く風である。
 
「セルマに会いに行こうっと。
あなたがセルマの子供を産むのは癪だけど、正妻にはしないでしょうから安心だわ」
 
この人何なのかしら!? とシンシャを見ると「あの人ルシャンデュさんに惚れてて絶対落としてやるって息巻いてるんだよ」と低い声で教えてくれた。
なるほど、気がついたら修羅場に放り込まれていたらしい。
 
「きっとセルマはあなたみたいな頭ごなしに貶めてくる人嫌いだもんね! 
セルマに言いつけてやる!」
 
「正妻面しないでくれる? 
異次元から呼ばれたかなんだか知らないけど何か勘違いしてるんじゃない?」
 
「何を! 」
 
「セルマはただあなたのニンゲンという種族が必要なだけ。だから優しくしてくれるのよ。わかるでしょ?
そこ弁えなさい。あなたがニンゲンじゃなかったらセルマはあなたのことなんか気にも留めない……死んだってなんとも思わないでしょうね」
 
何か言い返してやろうと思った。
……だけど何も言い返せない。
この女の言うことは本当だ。私はニンゲンだからセルマに必要とされているだけ……
 
「リテンマ! あんた私にお灸を据えられたいようだな!
いいよ、来な! 骨の髄まで燃やし尽くしてやる……! 」
 
「ハア、恋人に捨てられた理由がよくわかるわね。
もう私は行くわ。さようなら」
 
女は呆れた、という表情で去って行く。
シンシャさんが忌々しげな顔のまま私に「あの女の言ったこと全部嘘だから! 」と叫んだ。
……でもあの女の言うことは的を射ている。
なんだか、胸が苦しい。
 
 
 
シンシャさんに1人になりたいとお願いして、さっきと少し離れたところに来た。
シンシャさんは嫌がったが、ここなら人目もあるからと言って無理に彼女を振り切ってしまった。
 
私は何を傷付いているのだろう。
セルマが私を必要としていた理由なんて最初から、私がニンゲンであるというその一点じゃないか。
確かに彼は優しく甘やかしてくれた。
でもそれは全て彼の種族を存続させるためで……わかっていたことじゃないか。
セルマは家族が出来ることに喜んでいたという。それは私じゃなくて、私が産む子供のことなんだろう。
別に、悲しむべきことじゃない。
私だってこんなことが起こらなければセルマのこと知りもしなかったし、セルマが私に優しくなければ……孤独を理解してくれなければここまで惹かれなかった。
わかっている。そんなことは。
 
わかっているのに泣きそうになって、私は立ち上がって走り出した。
泣きたくなんかない。惨めさが増すだけだ。
それなのに……。
 
いつの間にか私は、シンシャさんが居るところから大分離れたところに来てしまっていた。
戻ろうと身を翻すとそこにあった石の山の裏に2人の人影が見えた。
 
「リテンマ!
君は、」
 
セルマの声だ。
……あの女もいるらしい。
ここからじゃよく聞こえないが何か揉めているのがわかる。
 
「だって…………い! 」
 
「それは……でも私は…………」
 
「私はセルマが…………」
 
大方私のことだとは思うが、何を話しているんだ?
私は気付かれないようにしながら慎重に近づく。
 
「お互い合意の上だ。
君に何かを言われる筋合いはない」
 
「そんなの、」
 
「ああ! 君のいう通り私は彼女を利用した! 
だからなんだって言うんだ! 」
 
視界の端が白くなって行く。
……やっぱり……。
力が抜けへなへなと体が崩れた。
わかっていたけど。わかっていたから。
 
それでも私はセルマが私のこと少しは好きなんじゃないかと思ってた。
男の人……いや誰かにあんなに優しくして貰えたの初めてだったから。
だがあの言い方だとそれは無いだろう。
私に子供を産んで欲しいから優しくしただけだ。そもそもゾエア幼生に似た女好きになるはずがない。
……私はセルマのことが好きだ。多分この世で一番。だからこれは……苦しい……。
 
涙を拭いて立ち上がる。
なんとか己を慰めようとするがうまくいかない。RION☆が何か言っているがうまく聞こえない……最近ずっと聞こえにくかったけど、今日は特に。
 
どうしたものか。
ただセルマともシンシャともリテンマとも顔を合わせたくなくてフラフラとあてもなく歩き出した。
 
 
 
ヨロヨロとした足取りで森を歩く。
ここに来たところで魔法が使えなければ里に帰れないのに何やってるんだろう。
そもそも里に帰ったとして、どうすれば?
聞かなかったことにして今まで通りに接する? それとも私を利用しやがって! と怒る?
でも怒る気力は残ってない。
いっそセルマの孤独を癒す為に山ほど子供を産んでやろうか。
虚しさはあるがそれでも私とセルマの間に何かが残るならそれはそれで……。
 
その時、何処からか草のこすれる音が聞こえて来てハッと足が止まった。
闇の魔女が出没したというのに迂闊な行為を……!
空を見上げる。ヘドロはない。
危ないから早く戻ろう。
セルマとはまだ顔を合わせたくないけど……シンシャさんとだけでも会わないと。
 
「ねえ……」
 
後ろから声がした。
全身に鳥肌が立つ。
 
「ねえってば……」
 
聞いたことない声のはず。だけど、何か……頭を殴られたような、目の端がチカチカとして……
 
「聞こえてない? まさかそんなはずないよね」
 
ゆっくり振り返り、声の主を見た。
 
そこに居たのは金髪碧眼の猫耳美少女、RION☆だった。
……どういうこと?私のイマジナリーフレンドRION☆は今私の横にいる。
目の前の彼女は誰だ?
 
「リ、オン? 」
 
「何言ってるの? 私があの女に見えるの? 私の名前はルタントアイ……あ、ボワーリュ・ポーポフィだったわ。そう、ポーポフィよ」
 
何が起こってる?
何故RION☆そっくりの女が目の前にいて、そして、RION☆のことあの女呼ばわりする?
状況を理解しようと深呼吸して、彼女を見る。
三角の耳に長い尻尾。そう、この姿は獅子の血族だ。
きっと危険な人。何故かわからないけどさっきから彼女を見てると鳥肌が止まらないし体が震える。
逃げなきゃ……足を一歩後ろに引く。
 
それは良くなかった。
 
「逃げるつもり? 生意気なニンゲンね」
 
彼女はゆっくりと微笑むと、瞬く間に私の目の前にやって来た。
 
「ヒッ!? 」
 
「つーかまえた」
 
恐ろしく冷たい手。振り払いたいのに力が強くて全く振り払えない。
 
「ああ、ああ、ああ!
やっとニンゲンが手に入った!!
これで私は完全になれるわ!! さあさあ行きましょうか、ニンゲン。私がじっくり侵してあげる」
 
「やだ! 離して! 助けて、嫌だ!! 」
 
「大丈夫よ、殺したりはしないから。彼は食べちゃうかもしれないけど……」
 
助けて、助けて!!
私は懸命に叫ぶが、RION☆そっくりの女……ポーポフィはあっという間に私を持ち上げると「行きましょう」と言って私に移動の魔法をかけた。

アンカー 1
bottom of page