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10.何も知らなくて

全身を地面に叩きつけられる。
痛い……が、谷の底に落ちることはなかったようだ。中腹の隙間に私は落ちていた。
 
なにがあったんだ。セルマはどこに。
 
ヨロヨロと立ち上がる。
頭上からは悲鳴や爆発音が聞こえて来る。
花火や爆竹とは思えない、破壊を伴う音だ。
 
「セルマ……」
 
なんとかここから脱出しなくては。
私はいつの間にか垂れていた鼻血を拭って歩き出した。
 
きっと、登れるようなスペースがあるはず。
そう思っていたあなた!凶報です!
なんとこの谷、落ちたら最後登れないんです!
はしごも無ェ、縄も無ェ、体力それほど余って無ェ。
 
「困ったなあ」
 
「こんなところでなにやってるの? 」
 
突然響いた嗄れた声。
聞き間違えようがない、ロニだ。
 
慌てて声のした方を見ると彼女は頭から血を流して座り込んでいた。
 
「ウワア!? 」
 
「あはは、落ち着いてよ。どうせ治るからさあ」
 
そうだとしてもパックリ割れた傷跡は見ていられない。
彼女の側には帽子が落ちている。帽子に血が付いていないから、運の悪いことに脱げた後に石か何かがぶつかったのだろう。
私は痛々しい姿のロニに駆け寄……りたかったが足場がグラグラで、精々お婆ちゃんの乗るスクーター程度の速度で彼女の元へ寄った。
 
「大丈夫……というか、どうしてここに? 」
 
「ご飯食べようと思って外出たらこんな目に……ついてないねえ」
 
怪我をしているというのに、随分と余裕のある仕草で彼女は肩をすくめた。
 
「あ、ああ、そうだ、なにがあったの?
いきなり爆発が……」
 
「闇の魔女が攻撃したんじゃない?
今日人が多かったから、ここを襲撃すればよりたくさん殺せると思ったんでしょ」
 
噂をすれば影がさすということなのか。
あのドロドロとした魔女の目とやらは下見に来ていたのだろう。
あの時すぐに帰っているべきだった。
 
「でもどうしてそんなことわかるの? 」
 
やっぱりヨゼボたちは闇の魔女と繋がりがあるということか?
 
「だって闇の魔女いたし。
……ああ、治りが遅いな……」
 
彼女はずれた仮面を直しながら自分の頭に手を当てた。
血が止まらないらしい。
 
「なんか巻く?服千切る……あ、汚いな……」
 
「平気だよ。こんなんじゃ死なない死なない」
 
「そっか。ヨゼボって人があなたのこと呪って全部の傷治るようになってるんだっけ 」
 
「そう。だけど獅子の里から不死鳥の里まで瞬間移動続けたり腕切ったりしたからもう限界なんじゃない?
今日もダルそうにしてたしさ」
 
「治る? 大丈夫? 」
 
「へーきへーき。治ることには治るはず」
 
ヨゼボの力を使って彼女は傷を治しているようだ。
そうだとすると、いくつも疑問が湧いて来る。
 
「あなたの魔法で治せないの? 」
 
「うん。魔法使えないから」
 
「エッ」
 
思わず声が出た。
この世界の人はみんな魔法が使えると思っていたのに。
私の頓狂な声にロニは失笑した。
 
「落ちこぼれなんだ」
 
「……落ちこぼれなのに、あのヨゼボはあなたの傷を治すの? 」
 
「そうそう。こう見えても色々利用価値あるからさあ」
 
私は彼女をまじまじと見た。
利用価値……こんな痩せ細った、どこか危うげな彼女にどんな利用価値があるんだろう。
そしてハッと気がつく。恋仲……そういうやつか……。
あの男のどこがいいのかさっぱり分からない。家庭内暴力を受けている女性はストックホルム症候群のように洗脳されているというがそれだろうか?
 
「ドメスティックバイオレンスって知ってる?恋人を殴るなんてあの人おかしいよ。シェルターとか無いの? 」
 
「恋人? 殴る? なんの話? 」
 
ロニは顔を顰め私を胡乱げな目で見て来た。
恋仲ではなかったらしい。
その時また爆音がした。
 
「ギョワア! 」
 
「闇の魔女、暴れてんねえ……」
 
「なんとかしてよ、このままじゃ……」
 
「あんなん私に止められるわけないじゃん。死んじゃうよ」
 
ロニは呆れたように私を一瞥した。
自分にどうしろと? と目で語る。
 
「えっ……?
でも、ヨゼボと闇の魔女は繋がってるんじゃないの? 闇の魔女の力を利用しようと従属してるって……」
 
「従属はしてないと思うけど……。
血族内でも派閥はある。闇の魔女の力を利用しようとした獅子もいるし対抗した獅子もいる」
 
ならヨゼボは対抗しているのか。
てっきり私は、ヨゼボと闇の魔女が手を組んでここ谷の館に襲撃をしているのかと思った。ヨゼボたちがここにいたのは単なる偶然か……?
 
「ここにいたのは偶々ってこと? 」
 
「どう思う? ……あはは、冗談。たまたまだよ。こんな偶然嫌んなるよ。
あんたも大変だね。こっちに来て時間経ってないのに次から次へと危ない目にあって」
 
半分は彼女によるものなのだが……。
私は崖の隙間から空を見上げる。
セルマはどこにいるんだろう。私のこと探してくれてるかな……。
 
「……龍の末裔にそんな惚れ込んでるの? 」
 
彼女に、セルマのことを考えていると漏れていたらしい。思わず顔が赤くなる。
 
「……惚れ込んでは……ないけど……。
でも、私にあんなに優しくしてくれた人今までいなかったから」
 
いつもハワイに出かけてまともに顔を合わせたことのない大叔母しか親戚はおらず、友達も幼い頃はいたはずなのに今は誰もいない。
私の何かが悪いとは思うのだがそれが何かはわからなかった。
けれどセルマは、何かが悪い私に対してあんなに優しくしてくれる。それが血族存亡のためだとしても、純粋な優しさでなくても、私には嬉しかった。
 
「なにあんた、友達いないの? 」
 
「いますとも。イマジナリーフレンド……想像の友達が」
 
私の隣を指差した。RION☆は疲れた表情で空を見上げてセルマを探していた。
 
「……想像の」
 
「そう。RION☆ちゃんだよ」
 
誰もいない空間を指差す。
ロニはそれに驚いたのか、目を見張って私を見つめた。
 
「……りおん……? 」
 
「金髪碧眼の猫耳美少女なんだ。問題はそれが私にしか見えないってこと」
 
「猫耳……? ああ……そりゃあ……」
 
彼女は力なく笑った。
私の頭の異常性に気が付いたのだろう。
なんだか申し訳なくなるが、私からしたら確かにRION☆は存在するのだ。
 
「お父さんとお母さんは娘がそんなんじゃ心配でしょ」
 
「……うち、親いないの」
 
「……は……? 」
 
「強盗に殺されて……私はたまたまその時その場にいなかったから無事だった……」
 
あの悪夢を思い出す。
血の海、両親の窪んだ眼窩。
思い出すだけで目の奥がチカチカと輝き痛み出す。
 
「……もう12年前のことなんだけどね」
 
「それは……」
 
ロニは嗄れた声を震わせ私を見つめていた。
同情してくれているとは思えない目だった。
私を睨んでいる……違う、私の奥の虚空を睨んでいる。
 
「ロニ……? 」
 
「……あは、ごめん。びっくりしちゃってさ。
酷い話だね」
 
とてもそうとは思えない表情だったが、きっと彼女にも何かあるのだろう。
私はそれに触れないでおいた。
 
「まあ……。
大叔母さんが引き取ってくれなかったら野垂れ死んでたかも。ネグレクトされているとはいえ感謝だね」
 
「寂しかったからここに来たんだよね」
 
意外にも彼女はあの座敷牢での会話を覚えていたらしい。
 
「うん、そう。友達も想像の産物だし、家族はいないし、寂しかった」
 
「じゃああの龍の末裔がいるからもう安心だ。
きっとあいつ、あんたのこと守り抜くよ。龍は人間としか子供産めないから」
 
「どうして……? 」
 
「龍はその昔……本当に昔だよ?幻獣だったとき。まだ言葉も喋れない人間に知恵を与えたんだ。
そのことを獅子たちは怒った。なんでも雄の獅子を人間が束になって狩っていたらしくて、その番いの雌の獅子の人間への怒りが、獅子の中に広がっていっていたらしい。
それで獅子は龍を呪ったんだ。龍は人と交わることでしか子孫を残せないようにってさ。
その因縁はまだ続いてる」
 
とんだおとぎ話だ。だがきっとそれがこの世界の歴史なんだろう。
私は目の前の女を見た。
痩せっぽちのなんの力も無さそうな彼女。
人間への怒りは未だあるのか。
 
「あなたはどう思うの?
私が許せない? 」
 
「一度だってそんなこと思ったことない」
 
キッパリと言い切られた。ロニは昔の因習に囚われていない、イマドキな獅子なんだろう。
ちょっと安心だ。
 
「なら良かった。
あのさ……」
 
「……もう話してる時間無いみたいだ。多分来ちゃうから……大人しくしてて」
 
「なんのはなし」
 
ロニは半笑いを浮かべ、そして「ごめん」と謝るとその手は私に伸びて来た。
 
 
*
 
「……何やってるんだ」
 
この冷たい声は間違いない。
ヨゼボだ。この崖の上にいるらしい。上から氷のような声が降ってくる。
体が震えそうになるがなんとか堪えてそっと様子を伺う。
離れているのでよくは見えないが、ヨゼボがロニを睨んでいるのはわかった。
 
「あはは、すみません。まさか闇の魔女が襲撃するなんて思わなんだ」
 
ロニは軽く笑う。
ヨゼボの呆れたようなため息が聞こえた。
 
「本当に鈍臭いな。
……その頭の怪我はどうした」 
 
「フィース様がそんなんだから治らないんですよ」
 
「腕を切ったせいでな。
それで? もう1人いるみたいだが? 」
 
ヨゼボは恐らく、ロニの背後にいる私を示している。
怖い。私だって、人間だってバレたらどうしよう。
 
「死んでます。打ち所が悪かったんでしょうね。
顔中血塗れで誰かもわかりません」
 
私の顔はロニの流した血に塗れていた。
彼女がそうしたのだ。
ヨゼボに見つかったら何されるかわからないからと。
そうして私はうつ伏せになり、帽子の隙間から彼らの様子を伺っていた。
 
ヨゼボはこちらを一瞥することなく唇を歪めて嗤った。
 
「闇の魔女も大喜びだろうな。
……ったく、なんでいきなり暴れだしてんだ……」
 
「フィース様に会いにじゃありません? 早くお迎えに行ってあげたらどうでしょう? 」
 
「冗談じゃねえよ。こっちは疲れてんだ。
あんなん相手にしてたら治るもんも治んねえ」
 
「あらら、フィース様も闇の魔女には勝てないと? 」
 
「今のアレに負けるつもりはねえが……戦っても虚しいだけだ」
 
どうやらロニの言っていたことは本当らしい。彼は闇の魔女に従属なんてしていない。
ヨゼボは面倒そうにため息をついている。
これがまさか私に気づいた上で、こちらを騙すための芝居ということはないだろう。
私なんか騙しても得はないし……。
 
「そろそろ上がってこい。もう行くぞ」
 
「あはは、ちょっと無理ですね。
私はここで誰かが通りかかるの待つんで先行っててください」
 
「そんなに血が出たのか? 」
 
ヨゼボの声が僅かに低くなる。
ロニを心配している……?
 
「それもありますけど、これを登れるほどの力が私にはないって話です」
 
3メートルはあるだろう岩の壁、ロッククライマーならともかく私には登れない。そしてロニも登れないらしい。
彼女が落ちこぼれというのは本当だろう。
獅子たるもの崖は登れなくては……。母に突き落とされたが最後生きて帰れないじゃないか。
 
「俺はもう魔法使わねえぞ」
 
「わかってますって!
大丈夫、いっそここで暮らしてもいいかもしれないと思い始めたところです。この崖の隙間から見える空! まるで牢獄のようです」
 
「……お前は……」
 
ヨゼボの呆れたような声が聞こえて来た。
ロニ強いなあ。よくあんな冷たく恐ろしい人を前にポンポン軽口が出るものだ。
彼はこちらに降りることにしたらしい。ズザザという石の擦れる音がした。
 
「腕がもう一本ありゃな」
 
「どこで失くしたんですか? 」
 
「さあ。
仕方ねえからお前には俺の左腕になって死ぬまで働いてもらうとするさ」
 
「いやだな、ごめんなさいって」
 
下に降りたことにより、よりヨゼボの様子が観察できた。
こちらには気にも止めず、ロニと軽口を叩きあっている。なんだか楽しそうで羨ましい。
こっちなんて死体のフリをして血に塗れながら息を潜めているというに……。
 
「しかしどうやったらそんなデケェ傷になるんだ」
 
彼はしかめ面でロニの頭の傷を覗き込んだ。
赤く、ヌルヌルと傷口が光っているが血は止まったらしい。
ロニは乾いた血を拭った。
ヨゼボが手をかざすと急速に傷口が消えていく。
 
「うっかりしてました。まさかフィース様のお使いに出たらこんな目にあうだなんて……」
 
「こんな面倒になるくらいなら出すんじゃなかった」
 
「あはは、すみませんね。でもほら、きっといい事ありますよ。例えばここにいたら闇の魔女に見つからないとか。闇の魔女はその名に反して日の当たる場所が好きだっていうじゃないですか。ここなら日も当たらないからきっと安全ですよ」
 
「……今日はやけに喋るな」
 
ヨゼボは怪訝そうにロニを見た。
……彼女は私にここから動くなと言っているのだ。動くなら日陰を歩けと……。
何故そこまでしてくれる?
 
「頭打ったんで変になってるんでしょう。
気にしないでください。さっきから目の端がチカチカして平衡感覚も無くなりつつありますけど元気です」
 
「それ元気とは言わねえだろ……。
もういい、行くぞ」
 
ヨゼボのその言葉とともに辺りがカッと白く光り出した。
バチバチと電気の音が聞こえる。
なんだ!?閃光弾か!?思わず体が震えたが、ヨゼボの奇襲かもしれないと目を必死でつぶり体を抑える。
 
「あはは、わざわざ獅子の姿になってもらって……すみませんねえ」
 
一体何が……。私はそっと目を開ける。
そこには、大きな獅子がいた。
そう、獅子。ライオンではない。ネコ科っぽいがそれは神社などの獅子の方が近い。
クルクルとした金の巻き毛が鬣だけでなく足にも生えていた。
 
よく見るとその獅子は片腕がなかった。
あのヨゼボの幻獣での姿というわけだ。
彼らは幻獣の姿と人型のどちらにも自由になれるらしい。便利なものだ。
 
ロニは獅子の背中に遠慮なく跨る。
あの冷血漢を馬のようにしているだなんて……。
彼女はこちらを見て少し口角を上げる。
 
「さあ行きましょう! 」
 
「貧血なんだから静かにしてろ」
 
彼はひらりと身を翻すと、流れるような身のこなしで崖の上まで跳んでいった。
私も連れて行って欲しい……。
しかしそんな訳にもいかない。あと5分くらいしたら日陰を伝ってなんとか登れないか調べなくては。
 
と思ったが、そんな必要はなかった。
 
「音梨! 」
 
「セルマ!? 」
 
なんと、崖の隙間からセルマの顔が覗いていた。
 
「大変だ……すごい血じゃないか! 」
 
そういえばロニに血を塗りたくられていた。
私は袖で慌てて拭う。
 
「これは私の血じゃなくて……」
 
「待ってろ、今助けに行くから! 」
 
「う、うん!
でもどうしてここが? 」
 
「ヨゼボが幻獣に戻った時の光が見えて、まさかと思ってな……」
 
セルマはサッと崖の下まで降りると私の肩を掴んだ。ぎゅっと掴まれている。
 
「怪我は? この血はどうした? 」
 
「ロニが……」
 
「ロニ!? 」
 
「あ、や、違うの、助けてくれたの」
 
顔を青くする彼に慌てて今あったことを説明する。
ヨゼボが来た時はさすがに寿命が止まるかと思ったということも。
 
「……じゃあヨゼボは君に何もしてないんだな? 」
 
「うん。こっちを見すらしなかったよ」
 
「そうか……良かった」
 
「ロニのお陰だね」
 
本当に助かった。
彼女がなにを考えているかはわからないがヨゼボに私を殺させる気は無いらしい。
 
「……だが……少し思ったんだが、ロニはわざとヨゼボを呼んだんじゃないか?
どうもあいつはヨゼボを呼ぶことができるようだし」
 
そういえば昨夜座敷牢に捕らえていたときもヨゼボが突然現れた。
しかし彼女は魔法が使えないと言っていたが……どうやって呼んでいるんだろう。
それも嘘なのだろうか?だとしたら何がしたいのか。
 
「でもロニはヨゼボが来るとき『多分来ちゃうから』って言ってたよ?
自分で呼んだならそんな言い方しなくないかな」
 
「ん……確かに……。
だとするとあのヨゼボが彼女を探して助けたってことか? 
随分と優しくなったんだな……」
 
あの2人には謎が多い。
そしてハッと気づく。謎といえば闇の魔女はどうなった。
 
「魔女は……!? 」
 
「もういないよ。あれも何がしたいんだか……。大きな仮面を被って高笑いしていただけだった。
襲撃というか荒らしに来ただけのようだったな。力試しをしたのかもしれない……」
 
よかった……のだろうか。
でももういないならよかったんだろう。
私はそっと息を吐いた。
 
「なんとか助かったかな? 」
 
そう聞くと、彼は突然私の体を抱きしめた。
 
「怖い思いをさせてすまなかった。
もうこんな目に遭わせないから……」
 
ギュウギュウと力強く抱きしめて来るセルマ。
自分が筋肉ダルマだということを忘れているらしい。
結構苦しいけど、でもやめてほしくない。
私は精一杯の力で抱きしめ返した。
 
 
 
その後セルマに抱えられながら闇の魔女に関することを色々と聞いた。
アレは20年近く前に秘術を使って生み出された存在で、12年前に弱体化されるまでの8年間に世界の3割を荒野にした破壊の象徴らしい。
目的も無くただ生命を奪っていく闇の魔女に、当初様子見をしていた幻獣の血族達は結束し様々な苦労の末、封印には至らぬも弱体化に成功したらしい。
12年前の弱体化で最早あのヘドロを飛ばすしか能力は無くなったと思われていたが、ここ最近力を取り戻していることがわかったそうだ。
私は谷の館をセルマの腕の中から眺める。
先ほどまでの賑やかさは消え、建物は崩れ多くの血で汚れていた。
幻獣ならばあれくらいで死ぬことはないが、それでも傷つくとセルマは言った。
 
「またあいつと戦わなきゃならない」
 
「……倒せるの? 」
 
「力の弱い今ならまだチャンスはある」
 
「どうやって? 弱点突くとか……?
そもそも弱点あるの? 」
 
「不死鳥の血族たちの存在は好きじゃないみたいだ。ほら、闇の魔女は生命を奪うことが生き甲斐だから、死んでも蘇る不死鳥は近寄りたくないんだろう。
それから単純に物理攻撃は効くから力で殴れるし……いくらでもやりようはある」
 
「物理攻撃……? ヘドロに? 」
 
暖簾に腕押し、糠に釘じゃなかろうか。
しかしセルマは首を振った。
 
「あれはなんていうか……魔女の魔法の一部なんだ。
本体はヒトの内臓に似てる」
 
「な、内臓!? 」
 
「秘術で作られたって言っただろ?
未完成のまま動き出したらしく体の外側が無いんだ。
それで大体は誰かの体の中に入り込んで操っている……入り込まれた方は内臓ごと無くなるから死んでしまうけどな。
ただ脳は残る、つまり意識はあるんだ。
意識はあるのに体は操られ破壊活動に参加させられる……ある種の拷問だな」
 
とんだ寄生虫だ。サナダムシなど可愛いものである。
 
「なんで未完成なの……というかそもそも、なんで、誰が闇の魔女なんて作ったの? 」
 
犯人は十字架に逆さに吊るしてやろうか。
私は眉間にしわを寄せながらセルマを見ると彼はギュッと唇を結んだ。
 
「……難しい問題だ……」
 
……どういう意味だろう……。
この様子からして闇の魔女を作った者をセルマは知っているようだ。だというのに答えられないのは何故……?
彼はそれ以上何か言うつもりは無いらしく、「また魔法を使って移動するから目を瞑っていなさい」と固い声で私に告げた。

アンカー 1
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