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07.なんだってしてあげよう。

「……久しぶりだな、龍の末裔」
 
低く、冷たい声だった。
背筋がゾッとする。声だけでどうやってここまで威圧出来るんだ。
 
「出来れば会いたくなかったがな。
それで? これはどういうことか説明してもらおう」
 
「説明もなにも、そいつが勝手にやったことだ。
俺たちは所詮滅びるだけの貴様に労力を費やしつもりはない」
 
嫌味な奴だ。
どんな顔してそんなこと言ってるのかと男を見ようとした。
そして、男も私を見ていた。金の長髪に緑色の目の冷たそうな顔をした男。
なんと! バッチリ目が合ってるじゃないか! 殺される!
闘争心は消え失せ慌ててセルマの背中に引っ込んだ。
 
「……成長のない……」
 
男が言ったのはそれだけだった。侮蔑したような冷たい響き。
……今のは私に対して言った? なんのことだ? 初めましてなのに。
 
「フィース様! 来てくださったんですねえ! 」
 
仮面の女がはしゃぐような声を出していた。
さっきまであんな落ち込んでいたのに急に元気になってる。
やっぱり味方が来たら嬉しいのか。
 
「あはは、お早いですねえ! 嬉しいですよ!」
 
「黙れ、この大馬鹿が。
おい……こいつを早く出せ」
 
獅子の男の、三角の耳がゲンナリしたように垂れた。
これが美少女ならば萌え!なのだろうが、残念、可愛げのない冷たい男である。
ちなみに、この男が動くと尻尾と黒い無地の服の裾が揺れるが勿論萌えのモの字もない。
 
「そいつは我々を襲いに来たんだぞ。簡単に渡せるか」
 
「この馬鹿の落とし前はこっちで付ける。それともここで指でも削いでやろうか? 」
 
「えー! 嫌ですよ! 」
 
「だから黙ってろ」
 
指を削ぐ……なんて恐ろしい……。
獅子の血族ってヤクザなの?
 
「そこまではいいかな……」
 
セルマも引いたような声を出す。
さっきまで殺してやるとかなんとか言い合っていた割には優しいことを言う。
 
「そいつがなんで我々を襲ったのか、その理由が知りたい」
 
「なんでこんなことした」
 
ヨゼボ・フィースが仮面の女を睨むと彼女はヘラヘラ笑い出した。
 
「いやあ、人間がいると派閥争いとか起きて大変じゃないですかあ。だからそんなのが起こる前に帰ってもらおうと思っただけですよ」
 
「確かにそうだな。だがお前には関係ないだろう。くだらないことに時間を割くな」
 
「……あはは」
 
仮面の彼女は力なく笑った。
……彼女の言っている理由というのは本当のことなんだろうか? どうにも嘘くさい。
 
「……待て、ならなんで私を殺そうとした? この子を返すだけなら私を殺す必要は無いと思うが? 」
 
「漲る殺意が抑えきれなくて」
 
「漲るな! 」
 
あっけらかんとした彼女の言葉にため息をつく。
多分彼女は本当のことを話すつもりはない。
セルマもわかっているのだろう。
歯痒そうに彼女を睨みつけた。
 
「落とし前をつけたいのならこいつを好きにしてもらっても構わないが、なにしても無駄だぞ」
 
「ああ、お前が完治の呪いをかけているようだからな。
肋骨を覆うくらいデカデカと刻印が入ってちゃあな……」
 
「……見たのか」
 
あの肋骨のタトゥは完治の呪いという名の刻印という名のタトゥらしい。
名前から察するに、彼女がどれだけ傷付けられても治っていたのはそのタトゥのお陰ということのようだ。
しかし、呪い? 完治するなら呪いというネガティヴな響きは合わない気がする。
 
「フィース様、私は帰れるんでしょうか? それともここでおさらば? あはは、残念です」
 
「……どうする? ルシャンデュ・セルマ。
この大馬鹿を殺せるのか」
 
「……なにをやっても聞き出せない、無駄ってことか……」
 
「そういうことだ」
 
「里の長が良いと言うなら私はもうそいつになにも言わない」
 
セルマは諦めたらしい。
罰を与えようにも回復する彼女だ。
脅したり尋問して真意を聞き出すというのも無理と判断したらしい。だからと言って他の方法で聞き出すのも難しいだろう。
味方が来た今、彼女が目的を語るメリットはない。
 
「だが責任はお前にとって貰おうか」
 
「俺にどうしてほしい」
 
「その少女の情報だな。どうやって私が異次元に行ったことを知ったのかとか聞きたいことは山ほどある」
 
「なるほど、こいつから聞けないから俺から聞き出そうと?
だがな、悪いが俺にもわからない。なんでこいつがここにいるのか……勝手なことはするなと言っているというに」
 
呆れたような響きがあった。
嘘……なのだろうか?
 
「なあ、お前やってること滅茶苦茶だぞ?
お前の部下が勝手に里に入った挙句私たちに襲いかかって来たのに何も知りませんって言うのか? 」
 
「そうだ」
 
「そんなことがまかり通ると? 」
 
「そうは思っていない」
 
獅子は馬鹿にしたように私たちを見ると、自分の左腕を右腕で握りブチブチという嫌な音と共に切断した。
血が辺りに飛び散る。
落とし前を自分の腕で付けるというのか!
 
気絶するかと思ったが、吐くだけでなんとか済んだ。足に吐瀉物が少し撥ねた。
この人ちょっと乱暴じゃない?訳がわからない。
 
「な、何してるんだ!? 」
 
セルマが私の背中をさすりながら驚愕の顔で獅子を見る。
 
「俺の腕でカタをつけよう。ほら、くれてやる」
 
ポイっと、まるで大根のように腕を投げた。いや大根も投げないが。
 
「い、いらな……」
 
「俺から片腕奪ったんだ。収穫だろうが」
 
「勝手に押し付けてきただけだろう!? 
まあこれは燃やしておく……今度から体を切断する時は事前に言ってくれ」
 
「……お前、自分でツノとか削ってた割にはナイーブなこと言うな……」
 
ヨゼボ・フィースは顔を顰めた。痛みからではないだろう。もう血が止まっていた。
確かにセルマなんて尻尾切ってる。
この世界の人って乱暴なのかな。自分の体はまるでトカゲの尻尾のように再生するとでも思っているのかな。
 
「……まあいい。今日のところは私はこれ以上何も言わない。
今後は里に踏み入れられないようになるだろうがな」
 
「好きにしろ。お前等に興味はない」
 
セルマは見張りの男に里の長を呼ぶよう伝えていた。
辺りに沈黙が流れる。
……私としては吐瀉物を片付けたいのだが……。
 
「……もう解散? 」
 
「そうしたいが、目を離したら危険だとわかった。ここにいなさい」
 
「ゲロ片付けたいんですが」
 
「私もあの腕を燃やしたいんだけどなあ……ほら、あの危険人物がいるのに迂闊に動けないだろう? 」
 
「どっち? どっちも危険人物じゃないですか? 」
 
「やだなー、全然危険じゃないよ? 」
 
殺しにかかってきた奴が何を言う、とセルマは彼女を睨んだ。
 
「……そういえばあなたの名前は? 」
 
「……あはは……。
ロニ。家名は無い……ただのロニ」
 
「ロニね、私は音梨。今後出来れば会いたくないけど……会うことになりそうだからよろしく……」
 
私が手を振ると、ロニは力なく手を振り返した。
名前を知られたくなかったのだろうか?落ち込んでいるように見える。
 
「どうかしたの……? 」
 
私は少し不思議に思って彼女に近づこうとしたが、ヨゼボ・フィースが絶対零度の目で私の足元のゲロを一瞥し冷たい声を出した。
 
「くだらねぇ話をしてないでその汚物を片付けたらどうだ。臭いが篭って仕方ない」
 
「あ、サーセン」
 
ヨゼボ・フィースの言うことは最もだ。
彼が片付けろと言ったんだから動いていいだろう。私は慎重に獅子の前を通る。
セルマの方が背も高いし筋肉ダルマで威圧感があるはずなのに、確実にこの男の方が圧迫感があった。
なんだろうか……この男の近くにいると胃が痛くなり、鼓動が痛いほど早くなる。
圧迫してくるオーラに気圧されてしまう。
 
部屋の隅にあった篭からブラシを取り出した。
セルマも手伝おうと腕まくりをしていたが私はそれを断る。
どうやら里の長が来たようだからだ。足音が響いていた。
 
「……なんでこんなことになっているんだかねえ……」
 
里の長。お初めにお目にかかる。
赤毛の、眠そうな目をした中年女性だった。
意外だ。てっきり禿げ上がったおじさんが出てくると思った。
 
「すみません、このような面倒ごとを……」
 
「はは、いえいえ、ルシャンデュさんがここにいる以上は獅子の血族も関わってはくるだろうと思ってましたよ。
むしろやっと接触してきたなってくらいで」
 
長は適当に手を振ると、ヨゼボ・フィースとロニを見つめた。それから地面に落ちている腕……と私のゲロ。
 
「……ヨゼボ殿の片腕でこの件は終わりと? 」
 
「そうだ」
 
「うん、まあ……あなたほどの人の片腕を失くせるなら願ったり叶ったりですけどね。
良いでしょう。この件はあなたの片腕、それから獅子の血族が二度と許可なくこの地に踏み入れないということで決着しましょうか。
まあ後半は今更って感じですけど」
 
「了解した。
俺たちはすぐここを立ち去ることにしよう」
 
「あーそうしてくれ。
ほら、あの子出してあげて。私はもう行きますよ。
長男の孫が生まれたばかりでね、出来れば腕とかゲロとかよりも可愛い可愛いその顔を見ていたいんです」
 
そりゃそうだろう。
長は私を見て「今更ですけど、里の長でーす。よろしくね」とだけ言うとサッサと出て行ってしまった。
面倒臭くて仕方ないというオーラがあらありと伝わってきた。そんなんで良いんだろうか。良いんだろうな。
 
ガチャリと牢の開く音がして、ロニが出て来た。係の者がナイフで縄を切る。
 
「鬱血しちゃったね」
 
そうヘラヘラと笑ってヨゼボ・フィースの側に立つ。
彼女は縄で縛られていた部分……ではなく、係に握られた二の腕あたりを一生懸命擦っていた。
 
「この大馬鹿、間抜け、どうしようもないド阿呆め。今度やったら頭から貪り食らってやるからな」
 
獅子は鋭い眼光でロニを睨みつけた。
 
「いやあ、あはは。返す言葉もございませんねえ」
 
軽い。あんなこと言われて何故笑っていられるんだ。
 
「……おい、なんだその仮面」
 
「顔隠し? 」
 
「そうじゃねえだろ。何塗ってる」
 
「あー……あはは」
 
またロニがヘラヘラと笑った。
それにヨゼボ・フィースの堪忍袋の緒が切れたのか。
彼は残っている方の腕を振り上げるとそのまま彼女の顔に振り下ろした。
バキッというおよそ人の顔から出たとは思えない音が鳴る。
 
「ギャ! ドメスティック! 」
 
「うわ、最低だな! 」
 
ロニの付けていた仮面が吹っ飛び、彼女の焼け爛れた顔が露わになった。
その酷い有様に思わず息を呑む。
 
「良いアイディアだと思いません?
仮面を外されても焼け爛れていて顔がわからない! という身元を隠したい人にはマストバイアイテム! 」
 
「ふざけてんじゃねえぞ」
 
「あはは」
 
余りにも軽い返事。殴られたというのにケロっとしている。
 
「二度とこんなもの付けるな」
 
ヨゼボ・フィースは切断した腕の横に仮面も投げ捨てた。
ゴミ置場じゃないんだぞ。
 
「邪魔したな」
 
獅子はズンズンと歩き出して牢の出口に向かう。その背中に向かってゴミを片付けていきなさい、と心の中で叱っておく。本当に口に出したら殺されかねない。
ロニは焼け爛れた顔をこちらに向けた。
 
「……早く、異世界に戻ってね」
 
焼け爛れた皮膚に浮かぶ瞳は悲しそうだった。
私がここにいると、彼女にとってどんな悪いことがあるというのだろう。
 
「おい、早くしろ。
テメェのせいでこっちは腕切断する羽目になってんだぞ」
 
「あはは、代わりに私の腕くっ付けます? 」
 
「そんな棒切れみてえな腕くっ付けてなんになるんだよ」
 
2人は私を置いて出て行ってしまった。
……一体何が起こったんだろう。
訳がわからないまま私はゲロを片付け、セルマは腕と仮面を燃やした。
 
「この仮面、酸が塗ってある」
 
セルマは仮面を燃やす前そんなことを呟いた。
その仮面を持ち上げようとするがそれは彼が触れただけで簡単に砕けてしまった。
先程、ヨゼボが殴ったのはロニの顔ではなく仮面だったのか。通りで凄い音がしたわけだ。
 
私は仮面の破片を見て寒気がした。
そこまでして……彼女は素顔を隠したかったのか。
 
そもそも、勝てる見込みのない相手に自分は怪我が全て治るというただそれだけの理由で立ち向かったのだ。
そういう子が、手段を選ばないような子が、私を元の世界に返すという目的を果たさないわけがないんじゃないだろうか。

アンカー 1
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