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06.それを求めるなら追えばいい。

運良く屋台で買い物していたシンシャさんを捕まえことのあらましを伝えると、彼女は真っ青な顔をして私に家に戻るよう言ってきた。
それから周りの人たちに獅子が来たと言って湖のある方向へ誘導する。
 
私は言われた通り、セルマの家で待っていた。
いきなり、何が起こっているんだろう。
私は居間で三角座りをしてただ待っていた。
暫くするとシンシャさんが家に現れ、自分もここで待つと隣に座った。
 
「……獅子の血族は、龍の血族に逆らえないの。
獅子はその昔……幻獣だった頃に龍と争ったんだけど、その時龍の水の力を使って惨殺されたのよ。
そしてその魂に水の恐怖を植え付けた。
だから、湖の近くに獅子の血族が現れるなんてあり得ないの。獅子は龍が管理する水が怖くてたまらないから……なのになんで……」
 
「あの……仮面の奴は捕まえたんですか? 」
 
「今は座敷牢に入れられてるよ。
傷はたちまち回復してしまうし、随分厄介だけど……さすがに手足を縛られたら逆らわなくなった」
 
シンシャさんは安心したかのように小さく息を吐いた。
 
あの人物は何者なんだろう。
何かが引っかかる。
あいつは、セルマに勝てるなんて思っていないと言っていた。ならどうしてセルマに襲いかかった?
私を狙えば良かったのに。あの剣を避けることは私にはできなかった。
 
最後の言葉も気になる。
ちゃんと守ってもらうんだぞ、なんて殺しにきた相手に言うことか?
 
ぐるぐると悩んでいると、セルマが戻ってきた。
顔色は悪くはないが明らかに疲れている。
彼はシンシャさんに礼を言うとどかりと座り込んだ。
 
「……ルシャンデュさん……どういうことなんでしょう」
 
「わからない。一切口を割らないんだ。
獅子の血族なことは靴からわかるが、どこの里に属しているかはわからない。
音梨のことはまだ隠しておきたいからこちらから話を持ちかけるわけにはいかないだろう……あいつの口を割らせるしかない」
 
「でもどうして音梨ちゃんがここにいるってわかったんでしょう?
彼女は昨日来たばかりですよ? 里の誰かがわざわざ獅子に伝えるとも思えないですし……」
 
「……あいつは、ついに人間を娶ったかと言っていた。
もしかしたらずっと私のことを監視していたのかもしれない。いつか人間をこちらに連れてくると見越して」
 
「なんていう執念……」
 
2人は苦しそうだった。
私はただ何が何だかわからず、2人の話を聞いているしかない。
 
「顔は見たんですか?
何か手掛かりに……」
 
「焼かれてた」
 
「……焼かれてた……? 」
 
「マスクをしていたんだが……その下の皮膚は爛れていた。あれじゃ顔の特徴から里を特定するのも無理だ。
喉も潰されているようだし……身元を特定出来ないようにしてあるとしか思えない」
 
「なんて奴ら……! 」
 
恐ろしい……。
獅子の血族は人間を食べたと言っていたが、身内にも厳しいらしい。
 
「……明日また私が話を聞こう。今日はもう休む。
来てもらって悪かったな」
 
「良いんですよ……音梨ちゃん、何かあったらいつでも言ってね」
 
「ありがとうございます。シンシャさん」
 
彼女は疲れた顔で笑うと家を後にした。
セルマは「もう寝ようか」と私に声をかけた。
 
「先寝ててください。私……獅子の血族についてあの本の山から調べたい」
 
「……そうか。あまり夜更かししないようにな」
 
彼は本当に疲れていたらしい。それだけ言うとさっさと寝室に行ってしまった。そして5分もしないうちから寝息が聞こえるようになった。
 
私は果物を適当に持って外に出る。
座敷牢ってどこだろう。
 
 
10分ほど散策すると、座敷牢はあっさり見つかった。
というのも、人がたくさん集まっていたのだ。いち早く情報が欲しいのかもしれない。
私は人に紛れながらなんとか座敷牢に近づく。
 
「こら、君!
何者だ! 」
 
見張りの者らしい。
厳めしい格好をした彼は私を鋭く睨んでいた。
 
「……あー……えっと……ご飯、持ってくるよう言われて」
 
「そんなの必要ない」
 
「まあまあそう言わずに……」
 
そっと懐から果物を出し、男に差し出す。
彼は果物と私を何度も見た。
 
「賄賂のつもりか!? 」
 
「いやはは……」
 
「帰れ!! 」
 
鬼の形相で追い出されてしまった。
やれやれ、仕方がない。
私は座敷牢の建物の周りをぐるぐると回った。
そして人目に付かなそうなところから生垣を登り、敷地内に侵入する。
 
見張りはあそこにしか置いてないんだろうか?ガバガバセキュリティ。
 
しかしここから建物にどうやって入るか……と思ったらなんとすごく良いタイミングで見張りの男がどこかに行った。
どうやら、里の人たちに状況を説明しているらしい。
私は素早く中に入った。セコムしなね。
 
座敷牢は臭かった。
この匂い……体育館倉庫の匂いを煮詰めたような感じだ。
特産品のランプもかなりの間隔を空けて設置されているので薄暗い。足元に注意し目を凝らしながら進んでいく。
牢屋はいくつもあるが、どれも空いていた。
一番奥に入れられているらしい。
 
果たして、仮面の君はそこにいた。
そいつは私に背を向けるように丸まって眠っている。
足が縄で縛られているのが見えた。
 
「おーい……ちょっと……」
 
私が呼びかけると、顔を上げた。
 
耳が無い。
 
仮面の君は仮面をしっかり付けていた。その下は焼け爛れているらしい。
しかしあのファーの帽子は脱がされたのか、雑に切られた髪の毛と、そしてあるはずのものがないということを露わにしていた。
 
耳は切り取られたのだろうか。
耳殻の残骸とでもいうべきものが申し訳程度にくっついていた。
仮面のそいつは私の視線に気付いたのか「千切られちゃったんだよ、ひどい話じゃない? 」と笑って言う。
 
「それで何の用かな?
折檻されてすごい疲れてるんだよ……またにしてくれない? 」
 
縛られた腕を振るう。あっちに行けということらしい。
 
「果物……持って来たの。お腹空いてると思ったから」
 
「ありがたいけどいらないよ。毒が入ってるかもしれないし」
 
「そんなの! まず持ってないから! 」
 
「冗談。でも本当にいらないんだ。食欲なんてないからさあ」
 
仕方ない……私が食べることにしよう。
しゃりしゃりと音を立てながらその、リンゴなんだか桃なんだかよくわからない果物を食べる。
 
「ねえ……仮面の下焼け爛れてるって聞いたけど本当? 」
 
「本当だよ」
 
「喉も……潰されたの? 」
 
「いやこれは……自分で毒を飲んだ」
 
「なんで!? 」
 
「賭けに出たんだよ。それで勝った。その名残だ」
 
どんな賭けなんだ。そして、喉が潰れたのに勝ったとは?
仮面の人物はヘラヘラと笑う。
 
「……本当に何しに来たの?
あ、暇ならさあ、この縄切ってくんない? 」
 
「無理。ハサミ持ってないもん」
 
「あはは、ハサミあったら良いんだ」
 
「……私に何の用があってここに来たの」
 
私は嗄れた笑い声を無視して核心の質問をする。
笑い声はピタリと止んで、冷たい黒の瞳が私を捉えた。
 
「異次元に帰ってもらうため」
 
「なんで」
 
「こっちにもさ、色々あんだよねー。詳しく話す気はないけど。
とにかくあんたがいられると迷惑なんだ。だから帰ってほしい」
 
そいつはやれやれとでも言うように首を振った。
曖昧な理由だ。本当に詳しく話す気はないようで、私がもう一度なんで、と言っても唇を噛んで首を振った。
 
「獅子の血族は人間を食べるんでしょ? 私のこと食べないの? 」
 
どうにか聞き出せないかと思い質問をすると、これにはあっさり答えてくれる。
嫌そうに唇を歪め答える。
 
「いいよ、あんたなんか硬そうだし不味いだろうから」
 
「殺さないの? 」
 
「殺さないよ、殺してどうなんの?
こっちはただ元の世界に帰って……両親のところで仲良く暮らしててほしいだけ。あんたさ、なんでこっちに来たの? あの龍が魅力的だった? ま、顔は良いか。龍だし」
 
「……寂しかったから……」
 
「なんだそりゃ。変な理由の上にくだらないなあ」
 
呆れたような声を出される。
我ながらなんともしょうもない理由だとは思う。
だが、やはり結論はそうなるだろう。
両親も友人もいない日本にいるよりも、1人にしないと言ってくれたセルマのいるこちらの方が魅力的なのだ。
 
「帰んなよ……頼むからさ。
なに、龍のことは心配いらないよ。なんとかするから。
あんたはただ元の世界に帰って」
 
「音梨!! 」
 
座敷牢に声が響く。
……セルマだ。もう見つかったらしい。
 
「いないと思ったら……!!
なにをやっているんだ! 」
 
彼は憤然とした面持ちで私を見下ろした。
言い逃れはできない。
 
「ご、ごめんなさい……」
 
「こんなことはやめてくれ……心臓が止まるかと思っただろう……」
 
大きく息を吐き、彼は私を抱きしめた。
暖かな空気に包まれ何故か泣きたくなった。
 
「……バレたらまずいと思って……」
 
「1人で獅子に会われるくらいなら私も付き合った」
 
「ヒュー! お熱いねえ!! 」
 
仮面の人物はニヤニヤと笑って囃し立てた。
元気なことだ。
セルマが小さく舌打ちをして私を離す。温もりが無くなって寂しくなった。
 
「随分元気そうだな。
尋問の続きをやるか? 」
 
「あんたも元気になったみたいじゃん。
なに?その子に咥えてもらったりしたの? あはは、あんたのデカそうだし顎外れちゃいそうだねえ」
 
咥え……。なに言ってるの。
いきなりの下ネタに私は戸惑った。
飲み会じゃないんだぞ。
セルマは下ネタにイラついたように檻を蹴った。
 
「獅子の血族はプライドだけは高かったが、下品なやつもいるもんだな」
 
「あはは、そりゃ十人十色だよ。龍だってそうだろう?
……ああ、こりゃ失礼。十人どころか、あんたしかいなかったね。
まあ欠陥のある血族ってのは滅びる運命だからさ、仕方ないよ」
 
さすがにこの侮辱には耐えられなかったらしい。
セルマの腕が檻の隙間から仮面の人物の襟首を掴んだ。ガシャンと檻が音を立てて揺れる。
 
「あまり調子に乗るなよ……お前も、私と同じように末裔にしてやろうか」
 
「面白いこと言うじゃん。
ならこっちはあんたを殺して龍の血族を完全に滅ぼしてやろうか」
 
「お前にそんなことができるものか」
 
「あー……無理かなあ……」
 
さらりと認めた。
つくづく不思議な人である。セルマを殺せないとわかっていながら攻撃をやめない。
仮面の人物を見る。口元しか見えないがニヤニヤと口角を上げていた。楽しんでいるんだろうか……この状況を。
 
「もう戻りません? 話してくれないみたいだし……」
 
「……そうだな」
 
パッと彼は手を離し、仮面の君はそのまま地面に落ちた。
何度も咳き込み、服は破れ、酷い有様である。
……あれ。
私は仮面の君の肌に釘付けになった。
 
胸がある…………?
私の掌にすっぽりと収まりそうなほどささやかではあるが、確かに膨らみがあった。
 
「あの……もしかして、女の子……? 」
 
仮面の人物は顔を上げるとニヤニヤ笑い出した。
 
「どこ見たの? 変態。
でも特別に教えてあげよう、乳首の横にホクロ二個あるんだ」
 
「聞いてない! 」
 
指摘したにも関わらず仮面の君……彼女は堂々としたものだ。ホクロの数まで教えてきやがった。
破けた服から浮き出た肋骨と右乳房が露わになっているが直そうともしない。
 
「か、隠しなよ! 
セルマもいるし……」
 
「ああ、あはは。可愛いこと言うじゃん。まあでもこの龍の方が胸あるからなんとも思わないんじゃない? すごい筋肉じゃん」
 
「なんだっていいからおっぱいを隠しなさい! 」
 
恥というものを知らないんだろうか。
セルマをチラ見すると、彼は怪訝な顔をしていた。
まな板は胸だと認識していないんだろうか……。
 
「お前……なんだ、それは……」
 
「そんなこと言わない! 人より小さいだけですよ! 」
 
「いや胸の話じゃない。
その……肋骨の……」
 
言われて彼女のボコボコとした肋骨を見る。
そこにはタトゥが彫られていた。
なんの形だろうアレ……と思っているうちにサッと隠されてしまった。
 
「胸は良くてタトゥはダメなの!? 」
 
「うん……これはちょっとね」
 
「もう遅い。見たぞ。だがだとしたら……」
 
「ルシャンデュ! 」
 
セルマの虚ろな声は、座敷牢の見張りの男の声にかき消された。
 
「た、大変だ!そいつの身柄を貰いに来たと、獅子が……」
 
「……なんでここがわかったんだ。
お前、なにをした?」
 
セルマは目を見開いて彼女を見た。
仮面の彼女は片方の口角を上げて「なんもしてない」と呟いた。
 
「クソ、誰だ。どこの里のやつだ」
 
「それが……ヨゼボ・フィースで……」
 
「ヨゼボ……!? なんでよりによってあいつなんだ……! 」
 
「どうする?
中に入れないってわけにはいかないだろ……」
 
「どこにいる? 」
 
「もう牢の入り口まで……」
 
「里の見張りはなにやってんだ!
……入れるしかないよな。
仕方ない、何かあったら私が先陣に立つから君は援護してくれ。
音梨、今から来るやつと目を合わせるなよ」
 
彼は私の腕を引いて牢から一歩下がるように指示をした。
どんな危険人物が来てしまうんだ……。恐れおののき、私はセルマの背中に掴まった。
ちらりと仮面の彼女を見ると、落胆したように唇を歪めていた。
味方が来るというのに、どうしてそんな反応をするんだろう。
 
バタバタと周りが騒がしくなる。
それから話し声と足音。もうその危険人物は近くまで来ているらしい。
私は必死にセルマの背中に隠れる。
 
カツンカツンと靴と床がぶつかる音がして、そしてセルマの前でその音は止まった。

アンカー 1
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