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05.何もいらない。全部流してしまおう。

 

朝食を終え、私たちは街を抜けた先の巨大な湖に来ていた。
澄んだ青い湖で、ネッシーが出て来そうだ。
 
「綺麗……ここに石があるんですか? 」
 
「湖の底にね」
 
彼はそう言って腕を振った。
湖に波紋が広がって行く。
それからジャラジャラとした音……。
 
「なにを? 」
 
「底から石を攫っているんだ」
 
地引網漁みたいな感じだろうか?
暫く湖畔を眺めていたが、やがてジャラジャラという音は無視できないほど大きくなり、そしてザバンと大きな音を立ててそれは現れた。
大きな蛇……かと思いきや、それは全て石で出来ていた。
 
「手伝ってくれ」
 
石の蛇はセルマが近づくとバラバラと解け、辺りには輝く石だけが残っていた。
 
「これを選別していく。余りにも小さいのは湖に戻して、大体親指くらいのものだったら残しておいてほしい。それ以上大きいのも取っておいてくれ。
それから欠けているものや汚れがひどいものも湖に戻して、そうだな……これくらい綺麗なものだけだ」
 
セルマに渡されたのは5センチくらいの正方形の石だった。白い石だが、光にかざすと虹色に光る。不思議な石。
 
「該当するのはこの籠に入れて」
 
「わっかりましたー」
 
選別作業は得意だ。私は腕まくりをして早速取り掛かる。
これは綺麗、これは小さい、これは欠けている……
 
「楽しいね」
 
私の言葉にセルマが笑う。
 
「なら良かった。今後も手伝ってくれないか? 」
 
「ガッテン承知の助! 」
 
「ガッ……? 」
 
「了解ってことですよ」
 
そんなことを言っている間も選別作業は続く。これは汚い、これは欠けてる、これはちょうどいい……。
 
その時だった。
思い返してみても本当に、いつそいつが居たのかわからなかった。
ただ気がついたら人が立っていたのだ。
 
「……へ……」
 
「音梨! 」
 
セルマに腕を強く引かれる。
その人は、明らかに異質だった。
目を隠す黒い仮面をして、大きな耳当て付きのファーの帽子を被っているせいで顔がよくわからない。
身長は私と同じくらいだがひどく痩せていて、その真っ黒い服はブカブカだった。
 
「だ、れ……? 」
 
その怪しげな人は私の方を一瞥するとセルマに向き直った。
黒い髪に黒い瞳。唇から覗く歯がやたらと白い。
 
「……その靴……獅子の血族か?
お前たち、水が怖いのによくここまで来られたな」
 
セルマが私を隠すように前に立ち、その人物を睨む。靴を見ると、モカシンのような革でできた靴だった。これが獅子の靴?
その人物も靴を見てフッと笑った。それからセルマを再び見つめる。
 
「ついにニンゲンを娶ったんだ……」
 
老人のような嗄れた声だった。
外見からじゃ年齢どころか性別もわからない。これは一体何者なんだ。
 
「噂がもう獅子の血族まで行ったか? 早いものだな。
だが礼儀を欠いてここまで来るとは思わなかったぞ。まさか族長がこんなことしろだなんて言ってないよな? 」
 
「その娘を渡してもらいに来ただけだ。あんたに用はない」
 
「渡すと思うか? 」
 
「力づくでも渡してもらうよ」
 
その仮面の人物はニコリと笑うと、腰から長い剣を取り出した。
暴力沙汰になるらしい。
ここでやめて私のために争わないでだなんて言えるほど私のメンタルは強くない。
というか獅子の血族ってここには近づけないんじゃなかったの?
 
「……悪いが、私は弱くないぞ」
 
「そんなのはわかってるさ! 勝ち目なんか無いってことも! 」
 
じゃあ何故挑んでいるんだ、とツッコミたくなるが黒ずくめの仮面がそのまままっすぐセルマに向かって剣を突き立てようとしたので慌てて逃げる。
 
「早く里に戻れ!! 」
 
「行かせないよ! 」
 
仮面の人物は素早くこちらに向かって来た。
刃物を持ってる人間に太刀打ちなど出来ない。
情けないが、私は両手を頭に乗せてその場に跪いた。
 
しかしセルマは違った。
丸腰なのに果敢にこの人物に向かうと、私に気を取られている一瞬の隙を突いてその背中に蹴りを繰り出した。
バキッという鈍い音がして、この人物の呻き声が聞こえて来た。
 
「あはは……容赦ないねェ……。さすがだよ、ほんと」
 
仮面の人物は唇を歪め無理矢理笑うと、再び刃物を持って立ち上がった。
またセルマに斬りかかっていく。
刃物はセルマの肩を掠める。
 
「セルマ!! 」
 
「私は大丈夫だ! 」
 
「どこが! 血が出てるよ! 」
 
「かすり傷だ! 」
 
仮面の人物は風切り音を立てながら剣を振るいセルマの体を傷つけようとする。
里に行って助けを呼ぼうとするが、腰が抜けたのか足が動かない。
 
「クソ、」
 
セルマが仮面のお腹に向かって蹴りを入れる。
鳩尾に入ったのかその人物は吐瀉物をまき散らした。
ちょっと可哀想だ。
しかし、これでわかった。セルマは仮面の人物より強い。相手は得物を持っているし手数も多い。しかしセルマの一撃は確実にそいつを追い詰めていた。
 
「お前単独の行動か、これは」
 
セルマは仮面の人物のあばらに足を乗せる。
 
「どう思う? 」
 
この状況でもまだ笑っていられるらしい。
セルマが容赦なくその体を蹴り上げた。
そのまま首掴んで木に頭を叩きつける。
 
「言え! 誰かの命令か!? それともお前が勝手に、思想のもとでやっているのか!? 」
 
「脳震盪でまた吐いちゃうよ、あはは」
 
そう言ってそいつは本当に吐いた。自分で宣言してから吐くなんてきちんとした奴だ。
そしてセルマの腕を力強く払うとまた立ち上がり刃物を持った。
こいつ、確かに強くはない。が、何かおかしい。
あんなに何度も蹴られているのにどうして立っていられる。
 
「音梨……少し、目をつぶっていなさい」
 
「……え……」
 
「あまり、見ていていいもんじゃない」
 
私は言われた通り手で顔を覆ったが、指の隙間から様子を見る。気になるからね。
セルマは私が見ていないと思っているのか、より一方的に仮面の人物を蹂躙していく。
強く、重い拳が仮面の人物の体を痛めつける。
しかしそいつはまだ笑っていた。まだ立ち上がれた。
……全然傷ついていないのだ。
血が出ていない。これは明らかにおかしい。
 
「……一瞬で回復魔法をかけているのか」
 
「あはは……そういうこと」
 
「貴様らは呪ってばっかりの陰湿な奴らだと思っていたが器用なことも出来るんだな……まあいい。
そんなことより、お前はここに来てタダで済むなんて思っていないよな? 」
 
「思ってないさ」
 
「ならいい。
……悪いが魔法を使うぞ。背後の湖、その水全てがお前に襲いかかる」
 
セルマが腕を振り上げた。
同時に、湖から低い地鳴りのような音が聞こえて来た。
 
「……もうそこまで魔力が回復しているとは……異次元に渡った割には元気だねぇ」
 
「舐めるなよ、貴様らは私には一生敵わない。私たちがまだ4本足で歩いていた頃、お前の先祖が私たちに何をされたか思い出せ。
……さあ同じように沈めてやろう」
 
湖の水が、大きな波となって仮面の人物に襲いかかった。
そいつはジッと波を見つめ、その後私を見た。
 
「目を瞑ってろって言われてたでしょ?
ちゃんと瞑ってなきゃあ」
 
その人物は私に向かって微かに笑うと、持っていた剣を自分の体に突き刺した。
 
「ギャア!! 」
 
「な、にを……!? 」
 
己の体に剣を貫きながら、地面に剣先を突き立てた。
……まさか、剣を杭にして流されないようにしている?
 
私は何かを言おうとした……しかしそれよりも早く波がそいつに襲いかかった。
波は飛沫を立てて何度も何度も仮面の人物に殴っていく。
 
「こっちだ」
 
セルマに抱き上げられ、大きな岩の上に立たされる。
ここまでは波は来ないらしい。
 
「……湖の底に沈めてやろうかと思ったんだが……あれじゃまだあそこにいるな」
 
「うん……」
 
「君は今の内に里に行ってくれ。私は奴を捕まえないと」
 
波があっという間に引いていく。
仮面の人物がいた辺りから赤い水が流れてきた。
傷と同時に再生しようと、剣を突き立てたままでは回復出来ないのだ。
 
そいつはまだそこにいた。
真っ青な唇をしていたが、何故か笑っている。
なんという不屈の精神。
 
「行きなさい、ディーマンの所に居れば安全だから」
 
背中を押され、私は走った。
後ろからあの仮面の人物の嗄れた声が聞こえてくる。
 
「ちゃんと守ってもらうんだぞ、ここは地獄だ!! 」

アンカー 1
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