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04.側に居てくれさえすれば

 

喧騒から離れた、畑の合間。
そこにセルマの家はあった。
豪邸ではないが、私が住んでいた家に比べればここら一帯田園調布である。
 
「お邪魔します……」
 
「今日から君はここで暮らすんだ。そう堅くならなくていい」
 
彼はサッサと荷物を置いて、部屋に上がって行った。
靴は脱がないらしい。
なんとも落ち着かないが、私はそのまま彼に続いた。
 
「ここが台所、奥が居間で、こっちが水回りだ。寝室はあっち」
 
セルマがテキパキと部屋を案内していく。
やはり仕切りはカーテンのようだ。平屋で、太い木の柱がいくつも並んでいる。
かなり広い。学校の体育館まではいかないが、その70%くらいはあるんじゃないか。
天井からランプが吊り下がっていた。よく見ると電気ではなく光る羽根で明かりが灯っている。これが不死鳥の羽根だろう。
 
「ここは全然使っていない……半分物置になっている部屋だ。
君さえ良ければここを自由に使ってくれていい。荷物はどかすから」
 
本が平積みになっていくつも塔を作っている。まるでここは本でできた町で私が巨人かのようだ。
 
「なんでこんなに本が……」
 
「父の私物だ。趣味じゃない本だからもう読んでいないが……」
 
塔の屋根を手にとって見る。何故だか文字は読めた。
内容はこの世界の文化や歴史についてらしい。『幻獣だった世界、失われた神秘』と書かれている。
 
「面白そう」
 
「そうか?
なら好きに読んでくれ。だが邪魔だろう……読まなさそうなのは廊下に出しておいてくれ。適当に片付けておく」
 
「……あれ?でもここ布団無いんですけど……」
 
早速布団に寝転がりながら読もうと思ったのだが……そう言うとセルマは怪訝な顔をした。
 
「寝室はあっちだと言わなかったか? 」
 
……そうか、同じ部屋で寝るのか。
 
彼に連れられ寝室に案内される。
青いカーテンを捲るとそこには大きなベッドがでんと、一つ置いてあった。
……同じベッドで寝るのか。
 
「なるほどね」
 
「荷物はこっちに置いておこうか。さっきの部屋だと埃っぽいだろう」
 
「え、ええ。はい」
 
「お腹空いてないか?ご飯にしよう」
 
正直お腹は空いていない。
だがこの部屋から早く出たかったので「腹の虫が大合唱してます」と言って彼の背中を押した。
 
しかし逃げたところで部屋には戻ってくることになる。
見たことのあるようなないような、とにかく美味しいお肉やら野菜やらを食べ、タイル張りの美しい風呂に入ったあと、私はベッドに立ち向かった。
セルマはまだいない。
 
そうか……これはSYOYAというやつか……。
やはりこういう時はあの紐の下着を着けるべきか。
いやでも準備万端だと思われて一切の手加減もされないと困ってしまう。私と彼だと体格差がある……つまり、USBのCコネクタにBコネクタを接続しようとするようなものである。なんともゾッとする話じゃないか。
彼が意外にもCコネクタ規格だと助かるが……逆にAコネクタである可能性だってある。人外だし。
今夜私は死んでしまうのでは。
 
「……寝ないのか? 」
 
「ギョエ!! 」
 
いつの間にかBコネクタ規格が背後に立っていた。
お風呂から上がったばかりらしく、髪は濡れて服も簡素なものだ。正直この世のセクシーの産みの親と言っても過言ではないくらいセクシーである。
 
「ね、寝る、そう、疲れたからね、寝ますとも、ええ」
 
「その前に髪をしっかり乾かさないと。……魔法が使えないってのは不便だな」
 
セルマが私のこめかみに触れると熱風が髪を撫で、その一瞬で髪が乾いていた。
すごい……。
 
「あ、ありがとう、ございます」
 
ぎこちなくお礼を言ってぎこちなくベッドに潜り込む。
まだ死にたくない、その想いだけがグルグルと頭を回る。
 
「……なあ、そこまで意識されると私としてもやり難いんだが……」
 
「……いや……その……あの……まの……」
 
「まだ君に手を出したりしないから」
 
「エッ!? ほんと!? 」
 
私の寿命が伸びた!?
慌てて跳ね起きてセルマを見る。真面目な顔だ。冗談ではなさそう。
 
「妊娠は負担が大きいから、君の体のことを一番に考えて行うつもりだ」
 
「なーんだ! 」
 
ホッと胸をなで下ろす。
いきなり異世界に連れてきていきなり妊娠させるほど鬼畜ではなかったらしい。
よかったよかった。
 
「規格外のブツが入ってきたらそのまま縦に裂けて死んじゃうんじゃないかと思ってあまりの恐怖に居もしない神にグレートピレニーズが私の亡骸を覆ってくれますようにとそればかり祈ってましたよ。よかったよかった。
あ、枕低いと眠れないんでこっちの枕借りますね。あと私寝言すごいらしいんですけど寝言に返事しないでください。脳細胞が死ぬらしいんで。
じゃあおやすみなさい」
 
安心感に包まれながら私は毛布をかける。
暖かい。
ベッドもフカフカだし、良い夢が見られそうだ。
 
「あまりの切り替えの早さに絶句してしまった……」
 
セルマもベッドに潜り込む。
しかしこの男大きいな。私の取り分が減ってしまう。
 
「もう少しそっち寄れませんか? 狭いんですけど……」
 
「……意識され過ぎるのもやり難いが、されなさ過ぎるのもどうだかな」
 
彼はハアと息を吐くと半身起して私の頭に手を添えた。
そしてそのままセルマの唇が私の唇と重なる。
 
「おやすみ、音梨」
 
彼は薄く笑うとまたベッドに潜り込んだ。
 
ちなみにカエルと馬と人体模型を除くと、私の初めてのキスであった。
 
*
 
RION☆の笑い声が聞こえる。
 
「人体模型とキスした時の方がマシな顔してたんじゃない!?
音梨ってば、あんな間抜け面晒しちゃってさあ! 」
 
「でもキスされるなんて思わなかったし……」
 
「その前までセックスすると思ってたのに?
中途半端だよね」
 
その通りだが……。
あの柔らかな唇の感触がこびり付いて離れない。
そういえばレモンの味はしなかった。
 
「あ、明日からどんな顔すれば……」
 
「あのさあ、あんたあの男と結婚したんだよ? いやするんだよ?
そんなことでいちいち意識してたら身がもたないって」
 
「それもそうか……」
 
「それよりさ、本当に3年だけでいいの? 」
 
「……どういう意味? 」
 
なんだか話が飛んだ。
考えるべきは規格のことではないのか。
 
「だってこっちの世界にいたら楽じゃん。
セルマは今のところは優しいし、里の人だって信じられないくらい気さくだった。あんたなんかにだよ?
3年じゃなくてもうずっとここにいれば? 」
 
……ここは、私が欲しかったものがある。
暖かい人の温もり。寂しさなんて感じない。
日本にいた時は寂しくてたまらない時が度々あった。
でもやはりここにずっといるわけにはいかないだろう。何故かは分からないけれど、ここにずっと居てはいけない気がする。
頭の片隅で何かが叫んでいるのだ。ここは人間が暮らせる世界じゃないと。
 
「何かって何よ。
そんなのよりも自分が暮らしたいかどうかで考えたら? 」
 
「でもここにいたらダメな気がするんだ」
 
私の回答にRION☆は呆れたようだった。
「なら好きにしなよ。私はここに居たらいいと思うけどね」とだけ言って頭の中から出て行ってしまった。
 
朝が来た。
私は目を開ける。
新しい世界での生活、2日目だ。
 
セルマは既に起きて朝食を作ってくれていた。
次のご飯からは私が作ろう。
 
「おはようございます」
 
「おはよう。
君は本当に寝言がすごいんだな。桃から生まれた子供が悪人を退治する話をずっと話していた」
 
全く覚えていないので驚いてしまう。
なんで桃太郎の話を?
我ながらよくわからない。
 
「今日はフイスン石を加工しに行く。君も来てくれ。まだ1人にはさせられないから」
 
「うん」
 
ふと昨晩のことを思い出す。
そう、私はこの人とキスを……
 
「顔が赤い。
初心なのかそうじゃないのか、わからない子だなあ」
 
私の赤面の理由はあっさり見抜かれていた。

アンカー 1
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