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03.ここに、求める幸せがあるだろう。

 

そこは、活気付いた商店街だった。
まず人が多い。老若男女様々な人が街を闊歩している。
そして出店のようなものが立ち並び、道行く人々に声をかけていた。
店の間にはランプがぶら下がり、その様子は日本の祭りを思い起こさせた。
 
「すごい! うるさい! 」
 
「はぐれないように」
 
歩き出すセルマの腰布を慌てて掴んだ。
迷子になったらどうしてくれる。
 
「私迷子の天才だから! 」
 
「……そんな得意げな顔で言うことじゃない……。
ほら、」
 
セルマが手を差し出して来た。これは……手を繋げという意味か。
 
「手を」
 
「腰布でいいですよ」
 
「解けるだろう。
……嫌なら肩でも組むか? 」
 
「身長差」
 
私はそっと手を合わせた。
人と手を繋ぐのなんて初めてかもしれない。
ドキドキする。
手汗かいてないかな。
セルマの手がキュッと私の手を握った。
ゴツゴツした冷たい手だけど、乾いていて気持ちがいい。
龍は汗腺が無いんだろうか?
 
「人間の手は細いんだな。……折れてないよね? 」
 
「力入れないでね!? 」
 
「そうするよ……君が私の手を握っていてくれ」
 
「う、ん」
 
ギュッと彼の手を握る。人混みに入ったら流されてしまいそうだ。
 
「もっと強く握って平気だから。ここではぐれたら面倒だぞ? 」
 
握力32あるというのに、彼はケロッとしていた。どんだけ手の皮厚いんだよ。
 
「これ以上力入れたら腱鞘炎になっちゃいます」
 
「……力が弱いんだな」
 
「強い方なんだけどね」
 
彼はそんなもんか、と頷いて歩き出した。
 
さっきから視線がこちらに集まっているのがわかる。
制服が目立つんだろうか。
人間だってバレたら食べられちゃう?
でもここは不死鳥の里だと言っていた。鳥って草食だよね?
 
「ルシャンデュ! 可愛い子連れてるじゃねえか! 」
 
何かの食べ物屋のおじさんがニヤニヤと笑いながらセルマに声をかけて来た。果物を串に通しているのか?いちごに似ている。
セルマは苦笑いをして「婚約者だよ」と答えた。
婚約者……か……。
なんだか甘酸っぱい響きだ。それが3年契約の、契約派遣婚約者だということを除けば。
 
「やっと身を固めんのか!
それで……どこから来たんだ?あんた、果物好きか? 」
 
「異世界人だ。よくしてやってくれ。
果物は食べられるよな? 」
 
「うん」
 
「異世界!!
ハア……大変だなあ……お前たちの種族じゃしょうがねえけど……。
はい、婚約おめでとう」
 
おじさんは私に串を3本くれた。
お礼を言って食べてみる。
……アボカドとみかんを混ぜた味だ。中々癖があるが悪くはない。
 
「悪いな」
 
「良いんだよ。ほら、おめェにも。
幸せにな」
 
「……ありがとう」
 
私たちは並んで串を食べ歩きする。
気さくなおじさんだった。
……そして、どうやら不死鳥の一族というのはみな気さくらしい。
色んな人がセルマに話しかけてくる。
 
「婚約? あらおめでとう! 」
 
「可愛い子じゃねえか! 」
 
「宴はやるの? いつ? 」
 
……これじゃおちおち買い物も出来ないじゃないか、と思ったが話しかけてくる人がドンドンと物を渡してくるので、その必要すら無くなった。
服や靴まで貰っている。可愛らしい木靴だ。
 
「なんか悪いね……」
 
「気負わなくていい。お返しすればいいだけだ」
 
「うん……。
にしても、私が異世界人とか、婚約者とか、話してよかったんです? 」
 
「隠せるものでもないからなあ。
特に異世界人だってことは、多分隠したところでいつかはバレる。
君は耳が丸いから人間だ。人間はこの世界にはもういない、つまり異世界人ということになる」
 
耳が……。私は自分の耳を撫でた。
セルマの耳は尖っているし、他の人たちの耳は羽がちろっと生えている。
これじゃ確かにごまかせない。
 
「そういえば服も貰ってたんだった。
買い物行く必要無かったですね」
 
袋にパンパンに入った荷物を見せる。
かなりの数をセルマに持って貰っているが、それでも私の荷物は丸く膨れ上がっている。
 
「まさか服まで……ああ、しかも良いやつじゃないか。今度何か持って行くか……」
 
「中々可愛いんでない? 」
 
私は貰ったばかりの服を取り出し広げた。
それは紺色のAラインのワンピースだった。裾や袖口に白い糸で刺繍がほどこされ、裾は恐らく足首まであるくらい長く、可愛らしさがありながらもストイックさを感じさせる服だった。
道行く人の服に比べると地味だが、あまり派手すぎても着にくいしちょうどいいかもしれない。
 
「ありがたいね」
 
「さすがに一着だけじゃ不便だろう。もう少し買いに行こう」
 
私は最初断ったが、結局は買うことにした。
こんなクソダサ制服着ているより可愛いワンピースを着たいに決まっている。
 
セルマに連れられて、店に入りきらないほどの服が飾られた店に立ち寄る。
まだヨーカドーの服屋の方が見やすいだろう。
 
「いらっしゃい」
 
声をかけてきたのはこの店のオーナーだろう、豊満な女だった。
彼女は私たちを見るなり「新婚さん? いいのあるよ」と会計台にバンと布を叩きつけた。
恐る恐るそれを広げる。
レースだ。綺麗なレースの紐だ。
 
「なあに? これを服に縫ってアレンジしろってことですか? 私の裁縫技術はバッファロービルが憐れんでくれるレベルですよ」
 
「あなた、これ紐じゃないわよ。
下着よ下着。新婚なら必要でしょ? 」
 
これのどこが下着だというのだ。
私はレースを見た。これで隠せるものはシミや黒子くらいだ。
というか新婚は新婚であるということに燃え上がるのだから燃料はいらないんじゃ?
 
「い、いいですよ。こういうのは……」
 
「旦那さんは好きなんじゃないの? 」
 
セルマは顎に手を当てうーんと唸る。
 
「どうかな。ちょっと着てみてくれないとわからない」
 
「これ着るっていうか、巻きつけるっていうか……。
こういうのじゃなくて普通のものが欲しいんですが」
 
「あらそう?
まあ欲しくなったら言ってよ。オマケしてあげるからさ」
 
豊満な女は大きな体を揺すると、また会計台に布を叩きつけた。商品なんだから大事にしなよ。
 
「セクシーなのとキュートなの、どっちが好きなの? 」
 
そう言って女が見せたのはこれまた下着だったが、今度はちゃんと下着として機能しそうだった。
スポーツブラっぽい形だ。ノンワイヤーブラとかは無い世界だろうか?
青色の布面積がやや小さいツルツルした下着と薄ピンクのフリルが付いている下着。
 
「いや……下着はいいから服をですね、」
 
「旦那さんはどっちが好き? 」
 
「うーん。選べないな。
試着したらどうだ? 」
 
そこまでするほどのものか。
サイズも日本のように複雑にあるわけじゃないようだし、正直現代の下着の方がしっかりしている。
 
「下着なんてなんでもいいですよ。
奥さんオススメの安いのを2つくらい……」
 
「お嬢さん! なんでもよくないよ! 」
 
「なんでもよくないだろ! 」
 
2人は同時に私に熱く訴えてきた。
な、なんなんだこの情熱。
 
「そ、そう? なら青いので……服のライン崩れないし……」
 
「そうじゃないでしょう!
まったく、下着をなんだと思っているのか……」
 
「人間の尊厳」
 
私の回答に女は呆れたように首を振った。
 
「これじゃ旦那さんも苦労するだろうね。
しょうがない、売れ行きの下着を出すからその中から決めな」
 
そんなことは一切頼んでいないのだが。
しかしセルマが「ありがとうございます」などと言っているので止めるに止められない。お金出すのは彼な訳だし。
何故彼らがここまで私の下着に干渉するのかはわからないがもういい。適当に済ませよう。
 
「これとこれと……あとこれかな」
 
ダンダンダンと、紐のような物体がいくつも並べられる。
そんな守るべきものも守れないような下着はお呼びじゃないんだ。
私はその下着たちをスススと下げた。
 
「普通の! 真っ当なのがいい! 」
 
「なんだい、つまらないねえ」
 
「それはそれでアリ」
 
「仕方ない、じゃあこういうのはどう? 」
 
女が見せたのは一見普通のオレンジのブラジャーだった。
 
「これは普通の下着に見えるけど実は内側にポケットが付いていて、小物をしまえるんだ」
 
「ラムちゃんのブラジャーかよ」
 
「旦那さんに一服盛りたい時便利だよ。
それからこれもただの下着に見えるけど紐を引くとブザーが鳴る」
 
女がちょうど乳首のとこからまるでクラッカーのように出ている紐を指差した。
なんていらない機能。
 
「防犯への意識が高いな」
 
「……下着につけなくていい機能だよね」
 
「それからこれは天然素材100%で出来たナチュラル下着。かぶれにくいし、柔らかい生地だから着心地がいい」
 
「急な無印良品感」
 
異世界の下着すごいな。振れ幅が大きい。
 
「じゃあそのナチュラル下着で……」
 
「ええ? ブザーが鳴るやつのほうがいいんじゃないか? 」
 
「アレなら紐のほうがマシですね」
 
「そうか、なら紐も買っておこう」
 
「そういうことじゃない」
 
結局、天然素材ブラジャーと紐を買うことになった。
 
「いや! 服! 普通の服!買わせてくださいよ!  」
 
「ああ、そうだった。好きなのを選んでくれ」
 
「下着との対応の落差すごくね? 」
 
「お嬢さん、オススメはこの一見普通のブラウスだけど実は袖の紐を引くとブザーが鳴る仕様で……」
 
「ただの布の服が欲しいんです」
 
私たちは普通のブラウス、スカート、そして下着を手にお店を後にした。
ただ服を買うだけなのにこんなに疲れるのは初めてだ。
 
「いい店だったな。また来よう」
 
「価値観の違いを感じますねー」
 
こんなことをしているだけなのに辺りは薄暗くなっていた。

アンカー 1
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