02.私を知って、世界を見て、
「音梨ちゃん! 起きて起きて! 失神してる場合じゃないよ!
あなた異世界トリップしたっていうのに失神して時間を無駄に過ごすつもり? 」
この声は……イマジナリーフレンドのRION☆……?
「リ……リオン……おはよう……ってか異世界トリップ……? 何言ってるの?」
「もう、忘れちゃったの?
あなたは怪しげなマッチョと結婚の約束をして異世界に連れて来られたんじゃない。しっかりしてよね」
RION☆の耳が苛立ったようにピコピコ動く。
そういえばそうだった。
我ながらなんて大胆なんだろう。
「私今どうなってるの? 」
「失神しちゃったからセルマ……だっけ? その人に部屋まで運ばれたよ」
RION☆は、ほら見てごらんよと虚空を指差した。
やがてそれは徐々に形作られていく。
これは、人間?
「起きた?
大丈夫か、気分は……頭痛は? 顔色は良いな。
気持ち悪かったりしないか? 」
褐色肌の美丈夫、セルマが私を見つめていた。彼は私の横で胡座をかいている。
慌てて起き上がろうとするが、その肩を抑えられた。
「異次元を移動したからきっと疲れてるんだ。少し休んでいなさい」
「でもこの世界がどうなってるのか見たいです」
「後で案内するから」
少しごわつく毛布をかけられ、仕方なく私はまだ休んでいることにした。
「……本当に異世界に来たの? 」
「ああ。ここはもう君のいた世界ではない」
気絶しているとなんともあっという間である。今後嫌なことがあったら気絶出来るよう練習しておこうか。
そんなことを考えながら寝返りを打つ。
どうやら私は高級で大きなベッドに寝かされているらしい。少なくとも無印でのお試しじゃ体験できないフワフワ感だ。
周りのカーテンや毛布には綺麗な刺繍が施されている。
アジアっぽくもあるし、ヨーロピアンっぽくもある不思議な柄だ。
「お兄さん」
「なんだ」
「私いつまでこうしてたらいい? 」
「……目を瞑って、私が良いというまで」
どうしても寝かせたいらしい。
「お兄さん」
「なんだ」
「龍の血族といえばロン毛のイメージだけど、お兄さんは髪短いよね」
「そんなイメージがあるのか?
別に長くしても良いが……邪魔だろう? 」
全国のバンドマン、君たちのポリシーってなんなんだろうね。
マッシュボブなとこ
刈り上げポニーテールなとこ
トマトが嫌いなとこ
どんなバンドマンも
好きだよ 好きだよ
「お兄さん」
「……なあ、お兄さんって呼ぶのやめないか?」
「いやおじさんとは言いにくいよ。
31歳とか? 」
彼は目を逸らした。
「……いや……」
しまった。「私って幾つに見える? 」という質問の時は出来る限り若く言わないといけないのに……慌てて言い直す。
「26歳? 」
しかし彼は目を瞑ってしまった。
これも違かったのか。
「……あれ? もっと若かった? 」
「いやそんなことはない。
ただ……君との寿命の差にまた驚いていたところだ」
「どういう意味……? 」
「なんでもない。
私の年齢は、君が思った年齢ということで」
「なにその逃げ方! 」
立ち上がりどこかに行こうとする彼の腕を慌てて掴む。
何故そこまで年齢を知られたくないのだ。
「お兄さんって歳じゃないなら40代だった? あんまり人の見た目と年齢を一致させるの得意じゃないんですよ」
「537だ」
「え? 」
クレジットカードのセキュリティコード?
「……537年、生きている」
ごひゃくさんじゅうなな……?
537!?!?
「おじいちゃん通り越して枯れ木じゃない! 」
「私たちは2000年は生きるんだ! まだ若葉だからな!? 」
「黙ってなもみじマーク! 」
もみじマークが何かは分からなかったがそれが私にとっての罵倒だということは分かったらしく、彼はちょっと悲しそうな顔をした。
が、今はそれに構っている場合じゃない。
私は537歳のおじいちゃんと結婚するというのか。
文化的なギャップのみならずジェネレーションギャップまであるとは。離婚待った無しである。
だが……彼は2000年生きるという。
ということは現在人生の四分の一を過ぎたところ、人間が80歳まで生きるとしたらその四分の一は20歳。
つまり彼はまだ20歳のつもりでいるのかもしれない。26倍も生きておいてと思わないでもないけど。
……26倍も生きておいてまだそれだけの若さだと思っているあたり、私とは時間の流れ方が違う可能性がある。
そもそも2000年生きるのだ。我々の25倍生きるのだ。1年など瞬きの間に感じるに違いない。
文化的な感覚、世代的な感覚、時間感覚も違うとなるといっそこうして話してられるのが不思議になってくる。
「っていうか520歳差なんて聞いたことない……高橋ジョージと三船美佳のこと笑えないって……」
「誰だそれ……」
「虎舞竜の……言ってもわからないですよね。
そうだ、結局なんて呼べばいいんですか? 」
彼は面食らったように顔をしかめた。
話がちょっと飛んでしまったか。だがもう高橋ジョージのことを聞かれても離婚してから顔色が灰色になったとしか答えられない。
「ん、ああ……なんだろう。適当に名前で呼んでくれ」
「セルマさん? 」
「呼び捨てで構わないから」
「……セルマ」
520も年上の人を呼び捨てなんていいのかと思ったが、この話をするとまた彼は悲しくなるだろうし、そもそも私に年上を敬う心はジャンガリアンハムスターほどしかないので何も言わないでおいた。
「君のことは音梨でいいか? それとも音梨さん? 音梨ちゃん? 」
「音梨でいいですよ。
あ、ハニーって呼んでもらっても構いませんけど」
「ハニー? 」
「アベックは相手のことハニーとかダーリンとかベイビーとかエンジェルとか呼ぶんですよ。蜂蜜ちゃんとか赤ちゃんとか天使ちゃんとか、カワイイ名前で」
「だが君は蜂蜜や天子というあだ名は似合わないだろう」
「全くその通り」
そんな風に呼ばれたことはもちろん無い。
今までついたあだ名は最新のものから少林寺、ルチャドーラ、ケチャワチャ、電波、エスパー伊東、ゾエア幼生、チュパカブラ、狂人……余りにも多すぎるので私も把握しきれない。チャとかチュとか付くあだ名が多いのはどういう偶然だ。
「そう……天子というよりは……コマドリかな? ピョンピョン飛び回ってそうだ」
「ムム、可愛いか可愛くないか微妙なところ突いてきましたね」
まあチュパカブラよりはマシか……。
そしてこの世界にもコマドリはいるということがわかった。思わぬ収穫だ。
「……っていうか動物いるんですね。セルマは龍なんでしょ? 人間じゃない動物とセルマみたいな、人の姿をしている動物の違いは? 」
「龍は動物じゃなくて幻獣だろう?
幻獣はその時代に合わせた姿に変化していく。数万年前は私たちの祖先は龍そのものの姿をしていたらしいが……色々あって神が自分に似せた姿の人間を作り、その人間の誕生によって様々なモノが作られ、そしてその恩恵を受けるためとか諸々の理由で人間に近い姿になった。
……まあ、その人間を食べてしまったんだからどうしようもないよな」
つまりセルマは龍と人間のハーフとかではなく本当に龍という幻獣であり、人間たちが作るモノ……恐らくこういったベッドや服や刺繍じゃないだろうか……を使えるようになるために人間の姿になることにしたらしい。随分とプライドのない幻獣である。自分に使いやすいように作ればいいものを。
しかし何故その人間を食べてしまったのか……エイリアンか?
「なんで人間食べたんです? 」
「美味しいからだろうなあ。それと利用価値が無くなったからと、図に乗り出したからか」
人間美味しいのか。
オレ ニンゲン クウ。ニンゲン クッテ ニンゲン ノ チカラ テニイレル。
私はそっと自分の腹の肉を摘んだ。これだけあると美味しそうと食べられてしまうかもしれない。絶食してガリガリになっておこうか。
「言っておくが私は人間を食べたりしないぞ……」
「え!? そうなの!? 」
「食べると思った……?
あのな、食べたいと思っている相手を妻にしようとするなんて頭がイかれてる奴のすることだよ」
「それもそうだけど……イかれてないってことだね? 」
「当たり前だ。
人間を食べたのは別の種族で、獅子の血族だな。アレらは不要とすると根こそぎ消し去ろうとする。あと悪食だ。」
獅子の血族というと格好はいいが、我ら人間にとってはロクでもないようだ。関わらないのが一番。
「……私の近くにいたりします? 」
「いる……が、私が君に出来る限り近付けないようにしておくから安心してくれ」
「どうやるんです? 」
「アイツ等は水が嫌いだ。そして私は水を操るのが得意。
アイツ等が近付いてきたら適当に水の玉でもぶつけてやるよ」
「操る……? 」
それを聞いてハッとした。
そうだ、この人魔法が使えるんだ。
「どうやって操るんですか!? 」
「魔法で……」
「見たい! 」
ガバリと身を起こしてセルマに飛びついた。
「……そんな目で見るなよ、断れないだろ? 」
セルマは眉を下げて笑うと「少し待っていろ」とベッドから出て、すぐに何やらカチャカチャと音を立てながら戻ってきた。
「ついでにほら、水飲みたいよな?
気が利かなくて悪かった」
彼が持って来たのは水差しだった。その銀のトレーにはコップも乗っかっている。
彼は透明の曲線を描いたコップに水を注ぐと私に手渡して来た。
急に喉が渇き、慌ててそれを受け取ると一気に飲み干した。
喉に染み渡る。
「美味しい」
「良かった」
「じゃなくて、あ、ご馳走さま、魔法を! 」
「わかってるよ」
彼はクスクス笑いながら私のコップに水を注いだ。
そしてその水はゆっくりと浮き上がり鳥に変わっていく。
「わあ! 」
鳥は水滴を飛ばしながら私の周りをクルクルと回り、私の指に止まった。
小さな足の指の爪までよくできている。
「すごい! ガラス細工みたい! 綺麗! 」
「喜んでもらえて何よりだ」
鳥は再び羽ばたくと私のコップに入りそのまま元の水に戻った。
ハリーポッターよりハリーポッターだ。すごい、CGが現実になった。
セルマの顔を見ると、彼は嬉しそうに私の顔を見つめていた。
マジックに成功したかのような、得意げな顔だ。
いや、これはタネや仕掛けではなく魔法で出来ているわけだが。
「……すごいです」
「ありがとう」
「見た目は人間と変わらないと思ったんだけどな……。
実はツノとか生えてたりします? 」
「いや、魔法で生やせたりは出来るが……使わないから削っちゃったよ」
削っ……。
脳内に血まみれのツノを削るセルマのイメージが過ぎり背筋が怖気立つ。
痛そうだし怖い。私はコップを押し付け毛布の中に潜り込んだ。
「大胆な……。そんな痛い思いしてまで……? 」
「痛くない痛くない。爪と変わらないから」
「ああなんだ……ビックリした」
「ほら」
セルマが前髪を上げた。
そして生え際の二か所の膨らみを指差す。
直径5センチくらいの円状の膨らみだ。削ってしまったからか、今は硬い皮膚に覆われている。
「これが名残だ」
「結構大きそう……もったいなくないの? 」
「だがツノってあっても邪魔だよ。別にツノで戦うわけじゃないし……。中には長く鋭いツノこそ美しいというヤツもいるが私はそうは思わない。4本足だった時の名残なだけだ」
やはりどこにでも独特の美的感覚を持つ者はいるらしい。
「龍……あとは……ヒゲとか……尻尾とか……鱗とか無いんですか? 」
「ヒゲは人間と変わらないのが生えてくるさ。剃ってるけどな。
尻尾は、あれは本っ当に、一番不要だから切ったんだ。バランスを取るためでもないただの飾りなんだが、先祖たちはそれを残すのが良いと考えていたようだ。切った時はさすがに痛かった。
鱗はあるが……背中や腰の一部分だけだな。
……変な顔してるがどうかしたか? 」
「尻尾を切り落とした話が衝撃で……」
「もう塞がったからなんともない。
確かに切り落とした後、悶えるような痛みがあったが……いまこうして胡座をかけるのも尻尾がないお陰だからな、切ってよかったよ」
この不要なものは即切断!という考えは彼特有のものか、それともこの異世界特有のものか。
どちらにせよ私が不要とされないように気をつけねばなるまい。
「う、鱗はいいの? 切らなくて」
「別に邪魔じゃないからなあ」
そういうものなのか。服とか着るとき引っかかったりしないのか。
……いやもうやめよう。きっとそんなこと聞いたら「確かにそうだな。じゃあ鱗剥ぐか」などと言い出したら大変だ。
「あの」
「ハア、君は随分元気なんだな。
顔色も良いし、さっきから質問攻めじゃないか」
彼は呆れたように頬杖をつきこちらを見下ろした。
「……嫌でしたか? 」
「嫌じゃない。休んで欲しかっただけだよ。
でも元気というなら色々案内しよう」
「本当に!? 」
私は再び飛び起きた。
やっとか!
このカーテンの奥がどうなっているのかずっと気になっていたのだ。
「はいはい、慌てない」
セルマは笑いながらカーテンを開ける。
懐かしさを感じる甘い匂いがした。
私がいたのは思っていたよりも小さな部屋だった。
そしてとても可愛らしい。
床の赤い絨毯にもカーテンや毛布のような細かな刺繍が施され、丸いサイドテーブルにはタイルのランプがあった。
あまり物はないがその分清潔感がある部屋だ。
「可愛い部屋だね」
「可愛い……? そうか……?
あ、そうだ。これを」
セルマはベッドの下からサッと青いルームシューズを出した。これも刺繍がされている。
「サイズが合うといいが」
「ちょっと余るけど履けそう。ありがとうございます」
「どういたしまして」
制服に靴下に可愛いルームシューズ。なんだか変な格好だが気にしないことにした。
部屋の仕切りはドアではなくカーテンになっているらしい。
セルマはカーテンをくぐり、私もそのあとに続いた。
円形の建物のようだ。右隣は別の部屋、左隣は階段だった。
目の前は吹き抜けになっていて、その吹き抜けを囲うように部屋が5つ並んでいる。
吹き抜けの手すりを掴みながら下を覗くとそこは一続きの部屋になっていた。
何かのお店だろうか?
……ランプ、だろうか?
建物の半分から奥は複数の人間……いや、人間じゃないんだろうけどとりあえず人間が、キラキラと輝くパーツをツボに貼り付けている。
手前側では完成品がたくさん飾られ、恐らくお客さんの相手をしていた。
「ここって? ランプ屋さんなの? 」
「ああ、不死鳥の作るランプはその火が消えることはないって人気なんだ」
「不死鳥? 」
「そう。
私は先代が懇意にしていた不死鳥の血族と共に暮らしている。
ここは不死鳥の里にある、2つ目の店舗だ。
ここはランプ以外の小物を作ってる方が多い」
「ランプ屋さんなのに!? 」
「そう、ランプ屋なのに」
セルマはおかしそうに笑った。散々言われたのかもしれない。
「案外人気だからわからないよな。
鏡やアクセサリーなんかを作ってる」
「ふうん。あそこにいっぱいランプがあるのに……」
「一応ランプ屋だから。
というのと、あと今は大口の注文が入って、ランプを集中的に生産してるんだ」
ランプがたくさん必要ってどんな人だろう。
ビルでも建てたんだろうか。
「セルマはここの社員ってことですか? 」
「社員? 」
「不死鳥の人にこういうのやって、って言われてやるみたいな……えーっと社畜じゃなくて……手駒……過労死……HARAKIRI……なんか嫌な言葉しか思いつかないな……」
「ここの店は任されている。けど、確かに手駒か……? 」
「それは店長ですかね。
そんなムキムキなのに店長なんだ……」
この巨体でアクセサリーを作っているのか。なんだか面白い。
意外と手先器用なんだろうか?
「鍛えてるのは、昔小競り合いがあったときにな。今は落ち着いているがまたなんかあるかもしれないから」
「じゃあアクセサリー作るんだ」
「実は細かい作業は苦手で。
私はあの、貼り付けているパーツを作るのを手伝っているんだ。
それから新規顧客の開拓とか、まあその他諸々だな」
「細かいの苦手だろうなって思ってましたよ。
っていうかあのパーツなに? 」
「フイスン石という石を加工し砕いたものだ。
……今度見せてあげるからそんなに乗り出さない」
ランプをよく見ようと首を伸ばしたら肩を掴んで止められた。
「あの石は異次元を渡ることも出来るんだ。
もっともっと大きい石じゃないとダメだけどな」
「へえ……どれくらい?」
「3メートルくらいかな……? 自分の体より小さいとそこが取り残されるから」
それは……とても危険なんじゃ……。
私はランプから距離を取る。
触ったら指だけが異次元に行くとか無いよね?
「普通にしてるぶんには問題ないからね?
儀式があって……ざっくり言うと聖水に5日浸して呪文を唱えないと異次元には行けない」
それなら日常生活に支障はないだろう。うっかり腕だけ異次元行きなどなったら笑えない。
もしこのランプに張り付いているタイル全てにその儀式とやらをしてしまったら、体がバラバラの細切れになって異次元に飛んで行ってしまうのか……なんて恐ろしい。
元に戻ることはまず無理だろう。ヘルレイザーのピンヘッドのように顔に線がたくさん入ることとなる。そもそも生きてはいられない……。
しかしそんな凄いものを砕いてランプやら小物やらに貼り付けて良いんだろうか?
そんなことを思いながら私は辺りを見渡した。
「ここは社宅……働いてる人が一緒に住んでいるんですか? 」
「いや、ここは職場なだけで誰も暮らしていないよ」
「あれ?
RION☆はあなたの部屋に案内してたって言ってたけどな……」
「りおん? 」
「イマジナリーフレンド」
私は虚空を指差した。そこには金髪碧眼の乙女がニコニコと笑いセルマを見ている。
セルマには見えないが。
「あの部屋は救護室も兼ねた休憩室だ。殆ど使わないけどね。
イマジナリーフレンドっていうのはつまり君の想像の産物だよな?
君が知っていること以上のことは知らないから、意識を失いかける間に私に運ばれて勘違いしたんじゃないのか? 」
「面と向かってイマジナリーフレンドのことを客観的に話されるのは初めてのことです」
RION☆はクスクスと笑いながら「音梨は馬鹿だなあ」と言ってきた。
イマジナリーフレンドだが、私に優しい言葉を投げてくれることはあまり無い。いや殆ど無い。
「職場に入って大丈夫でした? 」
「異次元を行き来する準備がここでしか出来なかったから仕方ない」
そういうものか。
「さあ、私の家に行こう。それから必要なものも揃えないとな」
セルマが私の背中を押したその時だった。
「おやおや、出勤したと思いきやもう帰られるんで? 」
美しい声がした。
見ると、赤い髪の背の高い美女がこちらを見てニヤニヤ笑っている。
ここの従業員だろう。店長を逃すまいと捕獲しに来たのかもしれない。
「見つかってしまったか……」
「ルシャンデュさんのために仕事残してありますからどうぞどうぞ好きなだけ」
「そんな気遣いは必要ない。君たちで好きなように分けてくれ」
「ケーキじゃないんだから。この人どなた? 」
女は私に向かってニコリと笑顔を作った。
ちょっと悪どい笑い方だ。
「初めまして、私はディーマン。ディーマン・シンシャよ。あなたがルシャンデュさんの異次元からの恋人? 」
「正確には違うけどそんなもんです」
「ふうん、随分若いみたいですけど……幼妻ってことですか?
気持ち悪あ、ヤベ、フフフ。そういう方もいますよね、ええ、ええ。」
「誤魔化せてないからな。
音梨、彼女はちょっと軽薄なところがあるが、君と歳が近い…………訳ないか……だが私の知り合いの中だと若い方だから話し相手くらいにはなれると思う」
「また500歳とかなんですか」
「260幾つだ」
そうやってすぐ簡単にセンチュリー超える。
「ルシャンデュさんが働かないなら私が働かないと。やれやれです。
もう戻りますね。でも働くより人と話してたほうが楽しいんでいつでも話し相手になりますよ」
シンシャさんは私に対しては申し訳なさそうに眉を下げ去っていった。
店長の前でも正直な人である。
「あ……」
「どうしました? 」
「いや、ディーマンに君の買い物を手伝ってもらおうかと思ったが……まあいいか。今は忙しいしな」
「どうしてこの時期に私を呼んだんです……」
繁忙期に連れて来ることないのに。
「チャンスはそう無いんだよ」
機会を逃さないことが成功への道なのだ。スティーブ・ジョブズも言ってそうじゃない?
言ってそうなだけで言ってるかは知らない。
「それじゃ、私はこれからお買い物に行くの? 」
「色々揃えないと。服もそれしか無いだろう? 」
「あなたが急かさなければお着替えセットくらい持ってきましたよ? 」
「……悪かった……。
ま、まあ、君の世界の格好だと目立つから、新しく買ったほうがいいだろう。うん」
確かに、彼やシンシャさんが着ていた軍服のようなかっちりした、それでいて民族的な衣装とダサいボックスプリーツのスカートにブレザーじゃ似ても似つかない。
……そういえば、これはてっきり軍服だと思っていたが彼らの職業を鑑みるに作業着か制服か何かなのだろう。
「その服いいですね」
「ランプ屋の制服だぞ……? 」
やはり制服か。
カッコいいデザインの制服で羨ましい限りである。この制服をデザインした人に是非我が校の制服もデザインしてほしい。
そんなことを考えながら彼の後を歩いていると、いつのまにか建物の出口まで来ていた。
セルマがカーテンをめくった。