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支配欲

※暴力・強姦描写あり。無理しないでください。

休日、いつものように2人が出掛けようとアパートの扉を開けると、隣の部屋で引越し作業が行われていた。
花火とヘイルは顔を見合わせる。

「そういえば隣誰もいなかったね」

「どんな人だろう」

チラリと玄関を覗く。
部屋では若い男が引っ越し業者たちに家具の配置を指示しているのが見えた。彼はふっとこちらを見ると驚いたように目を瞬かせた。

「あ、こんにちは」

花火が慌てて挨拶すると男は曖昧な笑みを浮かべ会釈する。
まだ大学生くらいだろうか。花火とそう年は変わらなく見える。

「私たち隣に住んでるんです」

「あー……。実は俺の友達が引っ越してくるんですけど、今日は手伝いで」

彼はどこか気まずそうに花火を見つめ答える。

「後で改めて挨拶しますね」

邪魔しちゃ悪いと彼女がお辞儀すると男もまたお辞儀した。
感じの良さそうな人だ。

「……行こうか」

ヘイルに肩を抱き寄せられ、花火はアパートの廊下を歩き出す。

「お隣さんか。私の家って周りが事務所とかお店だったから近所付き合いちゃんとしたことないなあ」

ご近所さんに挨拶したりちょっとしたおしゃべりをすることはあるが、お隣さんとなると付き合いもそれよりは密になるだろう。
ドラマや劇では醤油の貸し借りをよくしているシーンを見るが実際そんなことあるのだろうか。

「任せて。俺得意だから」

「……洗脳が……?」

「違うよ。
近所で評判良かったんだ」

花火は彼の顔を見上げる。これだけの美貌で上辺を取り繕うのは得意なのだ。近所の評判は良いだろう。

「ただ俺の評判は良くてもね……」

「やっぱトラブル起こしまくってたの?」

「妹たちがね。ずっと喧嘩しててうるさかったんだよ」

ヘイルの2人の妹はずっと一緒にいてずっと喧嘩している仲が良いのか悪いのか分からない姉妹だという。
最も、彼から家族の話を聞くことは多くない。あまり話したくなさそうなので花火も深く尋ねはしなかった。

「喧嘩かー。あの家壁薄いもんね……私たちも気をつけないと」

さすがに子供のように騒ぐような喧嘩はしないが言い合いはたまにする。

「……喧嘩よりも夜の方が心配かな」

「は!?」

「花火はそんなに声大きくないけど……聞かせたくないし」

何を言ってるんだ。花火は真っ赤になりながら彼の腕を叩く。

「向こうも聞きたくないでしょうよ!」

「隣人さんはそうかもね。……でもお友達はどうかな」

ヘイルが目を細める。
どういう意味? と首を傾げると「なんでもない」と彼は微笑んだ。

「……最近表情柔らかくなったね」

彼女の指摘にヘイルは自分の頬を抓る。

「名残が抜けてきたか。一回完全に成っちゃったから抜けるのに時間かかったね」

竜としての名残。それは彼の舌を二又に裂き表情を奪った。

「舌は治らないのに」

「くっつけとけば治るんじゃない? でもそのために花火にはキスを我慢してもらう必要が……」

花火はまたヘイルの腕を叩く。彼は楽しそうにニンマリ笑った。
何を言っても効果はなさそうだ。彼女は首を振って話題を変える。

「私もあのままいけば鱗だけじゃなくて他も変わってたのかな」

「鰓が生えてきたと思う」

鰓! 彼女は驚き目を見開いた。人魚だから、海の生き物だから肺呼吸じゃないのか。

「鰓生えなくて良かった」

首筋を撫でさする。もし生えてたら鱗のように剥ぐこともできなかった。

「そうだね。人魚にならなくて良かった。
竜は空の生き物だから一緒に暮らせなくなるところだったよ」

「そっか。竜って飛べるんだもんね。
竜になってる間空飛んだりしたの?」

「ちょっとだけ」

「へえ! 楽しかった?」

ヘイルはまるで大切な思い出を思い返すかのように緑の瞳を薄める。

「楽しかった……。力が湧き出てなんでもできる気がした。圧倒的な力でねじ伏せるのってこんなに楽しいのかって思ったよ。
俺が何かするたび悲鳴が聞こえてきて、笑いが止まらなかった」

「……へえ……」

彼女は一歩ヘイルから離れる。そうすると彼は慌てて花火の腰を掴んだ。

「どうしたの」

「いや、想像より最低な答えでびっくりしただけ」

「そっか。もう少しこっち寄って」

「歩きにくい」

腕を振って抵抗するがヘイルは止めようとしない。ぎゅっと花火を強引に引き寄せると、不意に背後を振り返った。

「……浅ましい奴だ」

花火も振り返る。けれど廊下には引越し作業に勤しむ業者と家具しか見えなかった。

*

疲れた体を引きずりながらアパートの階段を上がる。
この世にたやすい仕事はない、とは言え疲れるものは疲れる。
やっと3階に上がると廊下に人影が見えた。

「こんばんは」

挨拶をすると男が振り返る。
先日引っ越してきた隣人の友人だった。足元には巨大な電化製品が見える。

「……あ、この間はどうも……」

愛想笑いを浮かべつつ花火はカバンの鍵を漁る。
ヘイルはまだ帰ってきていないようだ。今日のご飯担当は彼だがご馳走の匂いはまだ漂っていない。

「すみません」

男は申し訳なさそうに眉を下げ声を掛けてくる。

「女性にこんなこと頼むのは気が引けるんですが……荷物入れるの手伝って貰ってもいいですか?」

彼は足元の電化製品を指し示す。ブラウン管テレビだ。
まだこんなもの、とか異世界でブラウン管? とか、色々彼女の脳裏に浮かぶ。
花火が黙っているので男は焦ったように「ここまで運んだんですけど腕を痛めてしまいまして」と必死に言い募っていた。

「あ、ごめんなさい。大丈夫ですけどお友達は?」

「アイツが運べって言ったんですよ。
なのに用事ができたって言ってどっか行っちゃって」

隣人の女の姿を思い浮かべる。悪い人ではなさそうだが人使いが荒いようで、引っ越ししてから暫くは彼女の知人が代わる代わるやって来ては何か手伝わされていた。
彼もその1人なのだろう。花火は苦笑した。

「分かりました。ドア開けてもらえますか?」

「はい」

花火は疲れた体に鞭打ちながらブラウン管を持ち上げる。小さいとは言え結構な重量だ。よくエレベーターの無いこのアパートの3階まで持って来られたなと内心感心する。
男に案内され花火はブラウン管テレビをちょうど空いていたスペースに置く。

「これでよし!」

「ありがとうございます! 本当助かりました!
あ、そうだ。これお茶……」

男がずいっとマグカップを差し出して来た。勝手に淹れたのだろうか?
まあ彼は隣人と仲が良いようだしお茶を入れるくらいは許されるのかもしれない。

「ありがとうございます」

花火はマグカップを受け取る。なんだか嫌に甘い匂いだ。
この世界の食べ物に花火はまだ馴染んでいない……。
一口飲むと匂い通りの甘ったるいドロリとした味がした。花火は甘いものは好きだが、人工的な甘味は好きではない。
ちょっと飲んですぐお暇しよう。
彼女はゴクゴクと半分ほど飲んでから「ごちそうさま」と部屋を出ようとした。

けれど、唐突な眠気が彼女を襲う。足からカクンと力が抜けた。

「……眠くなっちゃいました?」

男が笑っている。
まさか……。花火は玄関に行こうと這って移動する。けれど眠気は耐え難く、部屋に敷かれたマットレスの上に体を預けてしまった。

*

女の大きな胸を揉む。
清和はあまりの柔らかさに感動した。下着を付けてこれなのだ、直に触れたらもっと気持ちいいだろう。
堪らなくなりブラウスのボタンを外した。眩しいほど白い肌が露わになる。彼は女の胸に顔を埋め思いっきり息を吸った。
清和が女性に触れたのはこれが初めてだが、まさかこんなにも甘い匂いがするだなんて思いもしなかった。もしくはこの女だけがこんなに素晴らしいのか。

初めて見た時、柔らかそうな女の頬にゾクゾクした。
赤い唇に赤い頬。黒い瞳はキラキラとしていた。全部舐めてやりたくなった。
いっときの衝動だと彼は自分を宥めたがどうしても忘れられず、いつの間にか毎晩のように彼女を犯す妄想を繰り返していた。
震える手で下着に触れる。外してしまったら……けれど直接触れて揉んで自分の手でひしゃげる様が見たい。

まさか計画がこんな簡単にいくとは。
友人は引っ越したタイミングで旅行に行ってしまいその間飼っているネズミの面倒を見ろと言われた。普段なら断るところだが、あの女にもう一度会えると思い二つ返事で了承。
部屋に連れ込むために女が1人になるタイミングを図って友人のテレビを外に出しておく必要があったが、それもうまくいった。
あとは薬が効くかどうかだった。意識を奪う強力な薬。バイト先の先輩の怪しいツテで買ったものだが効果があって良かった。高い金を出しただけある。

息が荒くなる。
夢にまで見た女の体。それが今自分のものになる。
ブラジャーに手をかけた時、ガチャンと扉の開く音がした。
—あれ、俺鍵掛けて……?

頭が真っ白になる。
入って来たのは女の夫だった。彼は清和と女を見下ろし、不気味な笑みを浮かべる。

「俺の女に手を出したな?」

その美貌に気を取られて呆然としている清和の頭に衝撃が走る。男に蹴られたのだ。
呻く清和を他所に男は、眠る女を抱きしめた。

「油断し過ぎだよ。俺にあんなことされたのに忘れちゃった?」

女にキスをした後ゆらりと立ち上がる。清和はパニックになっていた。この男を追い出して逃げなくては。
這いつくばって逃げようとした清和の背中を男が踏む。

「ご、ごめんなさい!! 出来心だったんです!!」

「喚くな」

男の手が彼の首に触れる。

「近所迷惑になるだろ? 黙ってるんだ」

威圧感にある声に清和は慌てて口を閉じた。男は褒めるように頭を優しく撫でる。

「安心して、血は流させない。片付けが面倒だからね」

柔らかな声音に清和はそっと息を吐いた。だが、男に人差し指を握られ体に緊張が走る。

「なに、を」

「何って、へし折るんだよ」

彼は笑ったまま人差し指を手の甲側に倒した。ボキンと音がする。
感じたことのない熱と痛み。清和は大きく息を吸い喚いた。

「痛い痛い痛い!!」

「黙ってろって言っただろ」

今度は首を絞められる。悲鳴を上げることすらできず足をバタつかせるが膝を蹴られ、更なる痛みが彼を襲うだけだった。
清和の目から涙が溢れる。どうしてこんな。ここまでされるような悪いことしてないだろ。
それでも彼は必死に男に謝罪した。どうにか男を止めなくては、殺される。そう思うほどに恐ろしい男だった。

「ごめんなさい、け、蹴らないで」

「……やっぱりいいなあ。
君、弱いね。運動も何もしてなかった?」

「してません」

泣きながら首を振る。なんでそんなこと聞くんだろう。

「どうりで簡単にねじ伏せられるわけだ。
もう少し君の苦しんでる顔が見たいな。
俺の妻が起きるまで時間がありそうだしね」

「ゆるしてください。もうしません、どうか、殴らないで。蹴らないで……」

男は頬を染め妖艶な笑みを浮かべ、清和の必死に追い縋る惨めな様を見下ろしていた。
コイツは自分を痛めつけるのを楽しんでいるんだ。

「許して、か」

男が眠ったままの女の方を見る。彼女は夫の凶行に目を覚ますことなく眠り続けている。
清和はいっそ彼女が憎かった。こんな恐ろしい男がいるなんて知っていたら、自分はこんなことしなかったのに。
男が立ち上がり清和の折れた指ごと踏み付ける。悲鳴を上げると頬を叩かれ「静かに」と囁かれた。

「……お隣さんが来てから花火は声が気になるみたいでさせてくれないんだよね。余計なこと言うんじゃなかった」

いきなりなんの話だ? 清和は男を見上げた。

「今すごい溜まってんだ」

彼は薄笑いを浮かべながら自分のベルトに手を掛けた。清和の顎を無理矢理掴む。

「歯立てるなよ。
ちゃんとできたら許してやる。下手くそだったら残りの指全部へし折るからな」

*

目を覚ますと自分のベッドで眠っていた。
花火はゆっくり起き上がる。

「起きた?」

ヘイルが心配そうにこちらを覗き込んでいる。

「……なんで、私……。昨日」

何かあったはずだ。
けれど思い出そうとすると白いモヤがかかって何も考えられなくなる。

「疲れて寝ちゃったんだよ」

ヘイルが優しい手つきで花火の頭を撫でた。
不安になって彼に抱きつく。

「本当? すごく、嫌な感じがする……怖い」

「大丈夫だから」

背中をポンポン叩かれあやされる。そうすると不思議と安心できた。
ああ、でもこの感覚は……。そう思ってから彼女は頭を振った。いや、そんなわけない。何もないのにヘイルが魔法を使うわけがない。

「……疲れて嫌な夢でも見たんだね。可哀想に。
今日は休んだら?」

花火は頷く。体中重く、頭も痛い。
風邪を引いたのかもしれない……そう考えて彼女は職場に連絡した。

「……俺以外の奴に触られたことなんて覚えてなくて良い」

ヘイルが何か言っていたようだが、上司の心配そうな声に消されて聞こえることはなかった。

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