25.男たちの即興曲
本編終了から1年後のある出来事
「殿下、何故こんなところに」
ここは王都から少し離れた飲み屋。
そこに何故かファウストとユグルムがいた。
それを見つけたシェーデルは思わず叫んでいた。
「貴様! よく俺に声を掛けられたなこの誘拐犯! 」
「で、殿下、落ち着いてください……! 」
護衛として横にいたウォクスが慌ててシェーデルを抑える。なんてことを大声で言うんだ。
「落ち着いてられるか!? お前、10年以上付き合いのある友人が攫われてんだぞ! 」
「合意の上ですよね……」
「唆したんじゃないのか! 」
「まさか! 合意の上ですよ……多分」
本当のところ、駆け落ちするようにかなりシュティルンを誘導したのだが……。ファウストは黙っていることにした。
そもそもファウストがなにを考えようとシュティルンには筒抜けなので合意の上で変わりはない。
「ハー……なんでよりにもよってこんな小汚い親父と……」
「綺麗にしてるんですけど……」
「魂が汚い」
そんなことないよ! とユグルムは反論したかった。
ファウストには世話になっていたし、なんだかんだ、ユグルムはファウストが好きだったのだ。
だが口いっぱいに肉を詰め込んでいた彼はなにも言えなかった。
「お二人はここでなにを? 」
「お忍びデートのお手伝いです」
ファウストがユグルムの頬を手ぬぐいで拭ってやりながら答える。
「ああ、女王の……大変だな」
「いや、楽しいですよ。女王がメロメロなの見てて面白……微笑ましいですからね」
それにはシェーデルも、そしてウォクスもニコッと笑ってしまう。
何故か彼女は自分の気持ちが誤魔化せていると思っているらしいが、ユグルムに対する好意がダダ漏れで、それがとても面白……微笑ましかった。
「ユグルム君、良かったですね」
ウォクスがニコニコしながら声をかけると、ユグルムはキョトンとした。
何故か皆会うといつもニコニコしているのだ……。特にウェーナといる時。
「なんでわらってるの? 」
「幸せなものを見るとつい……」
「ふうん? ねえ、すわらないの? でんかもウォクスもコレ食べたら? 」
ユグルムに勧められるがまま二人は同じテーブルについた。
シェーデルが酒を注文しながらファウストを睨む。
「というか、そうか。まだこの国にいるんだな」
「国を出るつもりはないですよー。
ユグルムも今師事している先生のところが居心地いいみたいですしね」
「シュティルンは元気なんだろうな」
その問いにファウストの顔がデレデレと緩む。
「勿論、母子ともに健康ですよ」
「母子!? 子!? 妊娠したのかあいつ! 」
シェーデルが大きく仰け反った。
「殿下……もう少し小さな声で……」
ウォクスはお茶を頼みながら小声で注意する。
もし酒を飲んだらうっかり素が出てしまうと思ったのだ。
「あれ? ご存知なかったんですか。
……言わなきゃ良かったな……」
「トレーネと俺にいの一番に言え! バカ! 」
シェーデルは早速運ばれた酒をぐいと飲んだ。
シュティルンの自称親友のトレーネはきっとこの男を見たら絞め殺してしまうのではないか。
彼の姉は強引な駆け落ちに怒り狂っていた。
妊娠したと聞いたらどうなってしまうか ……不安が残る。
「……というかあいつ、女じゃなくても寝れたのか……」
「は? 今なんと? 」
「女としか寝てなかったからてっきり」
「誰と誰が寝てたんですか? 聞いてませんよ」
シェーデルは、ファウストから漂う圧にこの話題はやめたほうがよかったなと思ったが、時すでに遅し。
全部話しておいた方が良いだろう。
「だから、シュティルンは女としか寝てなかったんだよ。
男側のシュティルンは女好きで……ハーレムもどきを作って乱交してたぞ」
「らんこうって? 」
「ユグルム君、私とお話ししましょうか。
歌のお勉強はどうですか? 」
ウォクスはサッとユグルムの耳を塞いで自分に注意を向けさせた。
もう殿下は酔っているのかしら ……と少し心配になりながら。
「ら、乱交 ……」
「目を覚ました女側のシュティルンが物凄い悲鳴をあげるもんだから……。
城内で盛るのだけはやめてほしかったよ」
「さか ……」
「なあ、今もまだ男側のシュティルンはいるのか? 」
「3ヶ月に一度くらい……まさか……浮気してるんじゃ……。
あ、でもこの場合浮気になるのか……? 」
ファウストはブツブツと呟いている。
シェーデルは酒を呷った。
「性転換するしかないんでしょうか……」
「はあ、取るのか」
シェーデルは股間部分の明け透けな名称を使って聞いた。
それにユグルムとウォクスが反応する。
「切っちゃうの? トイレたいへんだよ」
「性転換手術は値段が高いですし、失敗する可能性も高いですよ」
思わぬところから反応が返ってきて戸惑うシェーデルとファウスト。
「そ、そうなのか? 」
「あんまりいいことない。いたいし、セーチョーしなくなる」
「肌がツヤツヤになって女性っぽい体つきになるらしいですけれどね。
完全な女性になるわけじゃありませんよ。胸も膨らむわけじゃありませんし」
「女の人にまちがえられる。あときもちわるいヒトにはなしかけられるの、イヤだ」
なんで詳しいんだろう……と思いつつもシェーデルは黙って酒を飲んだ。
ファウストは二人のことをなんとなーく察して、やはり黙って酒を飲んだ。
「ユグルム君、気持ち悪い人に話しかけられるんですか? 大丈夫? 」
「うん。ウェーナがだめだよー、っておいはらってくれる」
実際のところだめだよー、なんて柔らかいものではなく殺しかねない勢いである。
「そういえば殿下はどうなんですか?
カルワリア様と順調なんですか? 」
ファウストの話題を変えようとした質問にシェーデルの顔が曇る。
順調、なのだろうか。
愛し合っているというのは分かったが、だがそれ以上の進展はない。
彼女がハーレムにいたことを思うと触れるに触れられないのだ。
もしかしたら彼女はサングイス王子にベッドの中で酷い目に遭わされていたんじゃ……そう思うとまた傷つけてしまいそうで怖かった。
そしてウォクスはそのことをカルワリアから相談されていた。
なんでも夜の進展がないとかなんとか。
かなりボカして言っていたがそういうことなのだろうとウォクスは察していた。
「 ……順調です」
「う、嘘くさ ……。
大丈夫ですか? 浮気ですか。きっとそうですね、ウワア可哀想」
ファウストはシュティルンの恋人たちの一件の八つ当たりをした。
だがそれはシェーデルには効きすぎてしまった。
彼は机に突っ伏して呻き声をあげる。
「あいつに近づく男は全員死ねばいいのに……」
「怖いですよ」
「わかる」
「だいじょうぶ? 」
シェーデルはハッとして体を起こしウォクスを見つめた。
まさかこいつ……というその視線にウォクスは鼻にシワを寄せる。
「何故いつも私を疑うのですか」
「仲が良いから……」
「それはだから同郷だからで ……。
大丈夫ですよ。カルワリア様、ノロケ話しかしませんから ……」
ノロケ話の途中から不安になって泣いているが……。
中々彼女の精神も安定しないと思っていたがどうやら元々そういう性格のようだ。
「へー! ノロケ! どんなのですか!? 」
なんでこの人こんな恋バナが好きなのかしら……ウォクスはちょっと呆れた。
「私に言えと……? 恥ずかしいですよ」
「まあまあ! いいじゃないですかあ! 」
ウォクスはシェーデルの期待のこもった視線から逃れるようにしながらノロケ話を教えることにした。
「手を繋いで眠るのが幸せだとか、寝顔が可愛いだとか、笑うと可愛いだとか、顔が良いとか、声が良いとか、とにかく可愛いとか、欠点は強いて言うなら兄だけだとか、そういう話です」
「へえ〜! ふう〜ん! そう! 」
ファウストははしゃいだ声を出す。
「可愛い……やっぱ年下だから弟のように思われてるんだろうか……」
可愛いよりもかっこいいと言われたいシェーデルは少し不満だ。
だがファウストは嬉々とした声を出す。
「いいじゃないですかあ!
俺もシュティルンが何してても可愛くて可愛くて、食べちゃいたくなりますよ! それとおんなじ! 」
「怖いですよ」
「わかる」
「だいじょうぶ? 」
ファウストはユグルムの心配そうな視線を受け、わざとらしく咳払いをした。
「とにかく……殿下は愛されてるようですね。良かったじゃないですか。
ですけど、欠点の兄って直しようがないですね。どんな人なんでしょう」
その瞬間、ウォクスもシェーデルも何も言わなくなった。
二人ともブルートにされた仕打ちを思い出していたのだ。
「……あれ? おーい」
「でんかのおにいさん知ってるよ」
「え、そうなのか! どんな人なんだ? 」
「うーん。この人とウェーナがケッコンしなくてよかったっておもった。
でんかもイヤだけど、あの人はもっとイヤ。こわいしイジワル」
「ほーん。クソ野郎なのか」
「うん」
ブルートと話している間、ウェーナは凄く暗い顔をしていた。
ユグルムに対しても「ハクチ」や「キョセイサレタカチク」などと言っていたが彼にはそれの意味がわからなかった。
ウェーナは「暗殺リスト入りだよ」と小さく呟いていた。
「シュティルンに豚の舌を食わせたり川に突き落としたり木に吊るしたりと虐めてた奴だ」
「へえ! 惨たらしく死ね! 」
「安心しろ。その内トレーネが殺すと思う」
自分の兄妹が殺しあうのは悲しいことだが、もしそうなった場合シェーデルはトレーネに協力するつもりだった。
「というか……ユグルムは俺のことが嫌いなのか? 」
シェーデルは先程のユグルムの、ウェーナとケッコンするのはでんかもイヤだ、という発言に若干傷ついていた。
自分はブルートよりマシだと思うのだが……。
「キライじゃないよ。でもウェーナとケッコンしてほしくない……です」
「ああ.……」
その言葉にシェーデルはニヤニヤ笑う。
「安心しろよ、俺はカルワリア一筋だから」
「それにウェーナ様と相性悪そうですよねー」
「お二人とも短気ですから」
ウェーナは祖父の、シェーデルは兄の性格を確実に受けていた。
シェーデルの場合は兄というより父親の遺伝かもしれないが、現ケルパー国王は別段短気ではないのでやはり兄弟間だけにある何かが短気にしているらしい。
ウェーナもシェーデルもそのことを気にしているが中々治らない。
「どうやったら気が伸びるのかわからない。
ウォクスは長いよな」
「そうでしょうか……? 」
ウォクスは自分自身で気が長いと思ったことはない。
そういうところがまたシェーデルの劣等感を浮き彫りにする。
大人の余裕……これがカルワリアを魅了するんじゃ、とある時までは思っていた。
「思ったことはつい口に出てしまいますが……」
さっきもシェーデルとウェーナに対して短気と言った。
「そうなのか?
だが使用人の間でお前が聖人君子のように優しいと言われてるって」
それはあまり関わらないようにしているから優しく見えるだけじゃないかしら……。
ウォクスはそう思ったが黙っていることにした。
「へー、聖人君子ね。
ウォクスさんは恋人とかいないの? 聖人君子の恋人がどんな人か気になるなあ」
ウォクスは言い淀んだ。というのも、職場恋愛は禁止なのだ。
だが所属が違うので大丈夫のはずだと思い直し「侍女の方とお付き合いしてます」と答える。
「え!? 誰だ? トレーネか? 」
「な、なんでですか」
「なんとなく……トレーネはお前のことを褒めていたし。
あいつ殆ど誰かのこと褒めないんだ。あいつもあいつで人間不信だからなあ」
ブルートとシェーデルの母親でありトレーネの産みの母親と、自身の父親と、もちろんブルートの所為である。
「いえ、トレーネさんではなく、ネルフさんと……」
「ほー……。全く気がつかないものなんだな」
城で気が付いていないのはシェーデルとトレーネくらいなものだ。
2人は鈍感なところがなぜか似ているわ、とウォクスは思う。
「ネルフさんはどんな人? 」
なぜか恋話に食いつくファウストが、これまた目を輝かせながら聞いてくる。
「可愛らしい人ですよ。美人で、気が利いて、それに優しい人です」
「へえ.。なんだろう……甘酸っぱい気持ちになる……。
ウォクスさんは幾つなんですか? 」
「32です」
「あー、意外といってるな……」
因みにファウストは35である。
「歳上……やはり歳上が良いのか ……? 」
ウォクスの年齢を聞いてダメージを受けるシェーデル。
シュティルンも倍近く歳上の男と駆け落ちし、ネルフも歳上のウォクスと付き合っているという。
「ユグルムは幾つなんだ? 」
「わかんない。オレ、すてごだから歳とか無い」
「見た感じは14歳の美少女だよね」
「案外25とかだったりするんだろうか」
「ウェーナはおなじとしじゃないかって言ってたよ」
「19歳ですか」
「まあ幾つと言われても納得してしまうな……」
いっそ300歳の妖精です、と言われた方が納得できる気がした。
「ユグルムって人間なんだよな……? 妖精じゃないよな」
「まあ確かに美形ですけど。人間だよね? 」
ユグルムは困ったように頷いた。
自分が人間かどうかだなんて考えたこともない。
「俗っぽいところがないよな」
「浮世離れしていますよね」
「好きなものは? 」
頷きあう3人に怪訝な顔になりつつも、ユグルムは「ウェーナ……」と、これまた3人が大喜びする答えを出した。
男たちの頭の中でファンファーレが響き渡る。
「そうだよね。ウェーナ様もきっとユグルムのこと大好きだよ」
「そうなの? ならいつになったらウェーナ迎えに来てくれるんだろう……。早く一緒に暮らしたいな」
その言葉に、ファウストは、シェーデルは、ウォクスは、雷が落ちたかのようにショックを受けた。
酒など飲んでいる場合じゃない! と思った。
早くケルパー国とコルプス国間のゴタゴタを片付け、ユグルムをコルプス国王女の元へと連れて行かなくてはならない。
「お勘定お願いします」
「では、引き続きウェーナ王女のサポートを頼む」
「勿論です。何かご入用の際は言ってくださいね」
ファウストはポカンとしているユグルムを連れ、シェーデルとウォクスに別れを告げる。
2人も頷きあうとサッサと王城に戻った。今やれるべきことをしなくては。
カルワリアは、いきなりどこか行っていたと思ったらキリリとした顔で戻ってきたシェーデルとウォクスを訝しげに見た。
この飲み会がきっかけとなり、ケルパー国とコルプス国間の同盟が新たに結び直された……というのは過言である。