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20.何も無き女のフィナーレ

数日後。
私は荷物をまとめて部屋を眺めた。
もう皆私がウェーナ王女ではなくカルワリアであるということは知っている。
ウォクスに伝えた時、彼は戸惑っていたが驚きはしていなかった。
ただ、なんとなく王女ではないのではないかと思っていたと言われた。

「どうして? 」

「だって、王女様って警護に慣れてるはずなのにあなた全然慣れてないじゃない。
いつも勝手にどこか行く。王女らしい生活を送ってないんだろうなって思ったわ」 

……そういえば、しょっちゅうウォクスのこと置いていたな……。

私が騙していたことを謝ると彼はニコリと笑って「頑張ったわね」と言ってくれた。
私がずっと泣いていたことをよく知る彼は、私がプレッシャーで押し潰されていたことに気が付いていた。
その優しさに私はまた泣いてしまうのであった。

もうここから出る時だ。

私は国に戻る。血縁者を当たれば、誰か助けてくれるかもしれない。
暫くコルプス国はゴタゴタするだろうが……だがきっと革命は上手くいく。

シェーデルは革命を手伝うと言っていた。

「実際何かをやるのは俺じゃなくて父たちだがな。
……全部、なんの権力もない奴が出来ることじゃなかったんだ。
俺やブルート、その他王族や大臣がやるべきことだった。
なのにお前はコルプス国の計画を阻止しウェーナ王女を見つけ出した」

「いえ、私はただ……テルグム王に一矢報いたかっただけです。
両親と弟のために」

ウェーナ王女とファウストは、テルグム王がケルパー国に降伏しなかった場合に備えている。

「取り込める大臣はもう取り込んだから、後は祖父王次第ね」 

テルグム王がどう動くのか。最後の最後まで抵抗するかもしれない。
私に出来ることはもう何もない。ただ成功を祈ることしか。

「そういえば、ブルート様は?
兄のこともあったし、挨拶しておくべきだと思ったんだけど」

「さあ。でもいない方がこの世界にとって良いですから」

シュティルンは、ファウストにキスしたことを覚えてはいないようだ。
だが自分の別人格がファウストを騙していたことを知り彼に平謝りをしていた。
ファウストは困ったような顔をしながら「あまり謝られるとこっちが辛くなってきますので……」と半泣きで言っていた。
彼からしたら、好きな子が好きだと言ってくれたと思いきやそれは自分を騙すためだった……という状況なのだ。触れないでおこう。

私は部屋から窓を見る。
色々あった。階段から落ちたあの時から色々と……。
記憶を失わなければ、こんなに厄介なことにはならなかった。
けれど失わなければきっと私は潰れていた。 だからこれで良かった。 

「失礼します」 

トレーネとシェーデルが部屋に入ってくる。
トレーネはいつもの冷めた表情を崩さない。

「まだ時間はありますからゆっくりしてください」

「ありがとう」

「あなたが出ていくと聞いて、シュティルンが珍しく怒って泣いてましたよ。
なんでしたっけ……この鈍感ニブチンめ……とかなんとか」

えっ……。この2人はまだしも私は鋭い方だと思うのだけど。

「鈍感おたんこなすの大呆け野郎どもだとさ」

シェーデルが溜息を吐いた。

「さすがの記憶力。
そういうの瞬間記憶と言うらしいですよ」

「瞬間記憶? 」

「一目見聞きしたら覚えられることだそうです」

「そんなことあるわけないだろ」

「ですが、人の顔覚えるの得意ですよね。
一瞬見た人の顔も覚えていますし。
私なんぞ初めて会った人の顔を覚えられません」

……初めて会った人の……。
私の脳がグルンと回る。

ー初めて会った時から好きなんだっけ?

ー……そうだよ

シェーデルは私に初めて会った時のことを覚えている?
私はてっきりこの言葉を、ウェーナ王女と出会った時のことだと勘違いしていた。
でも、もし、私のことだとしたら。

そうして私はやっと気が付いた。
彼が私の名を一度も呼んでいないことに。

ー結婚式の日にお前の姿を見たあいつは、何をふざけているんだって言ったんだ。

ー俺はあの時、心底お前で良かったと

彼は初めて会った時から私が王女じゃないと知っていた……?

「シェーデル様 ……少し、2人だけで話せますか」

彼は戸惑ったような顔で頷く。トレーネは怪訝そうな顔をするがサッサと部屋から出て行った。 

「 ……あなたは、私の名前を一度も呼んでませんよね。
カルワリアとも、ウェーナとも」

私の核心をつく問いにシェーデルは1度目を閉じて、それから私を見つめて頷いた。

「……ああ」

「私が王女じゃないとずっと知っていたんですね……? 」

「……そうだ」

彼はゆっくり答える。

「何故です。何故なにも言わなかったのですか」

私が騙していると知っていたのに。

「……初めて俺たちが会った時のことを覚えているか」

私は頷いた。 
コルプス国の王城の中庭で、迷子のシェーデルを案内した。 
 
「お前は ……すごく綺麗で弱々しくて、光の中に溶けていきそうだった。 
話してみてもずっとどこか寂しげで、それがすごく、頭に残った。
結婚する相手に会いに行っておいて、別の女に現を抜かすのはどうかと思ったんだが、それでもどうしても忘れられなかった」

そう言ってシェーデルの青い目が伏せられる。

「だから結婚式でお前が現れた時、思わず……誰かがふざけて連れて来たんだと思ったんだ。
ブルートとかあっちのシュティルンとかが。
だがお前が本気でウェーナ王女を騙ってると気が付いて、どうしたらいいのか分からなかった。
明らかにお前は様子がおかしかった。
何かに追い詰められていて、でもそれがなんなのか絶対に俺には教えようとしないし、どんどん憔悴していくし、俺は焦ったよ。 
焦って焦って、早く事情を教えて欲しかった。
それで何度も声を上げて、そのせいで余計にお前は俺に心を閉ざすし、別の男と仲良くなるし……」

彼は苦しそうに笑った。

「本当、嫌なところはブルートと似てる。あいつも短気だから。
……言えるはずもないよな。弟を人質に取られていたんだから」

全ての謎が解けていく。
そうか……そうだったのか……。

「私が逃げると思ったのもそのせいなんですね……」

「ああ。
でも、もしここから逃げたとして、何になる?
コルプス国に帰ったら余計に酷い目にあわされると思った。
ここにいた方が安全だと」

……私はとんだ勘違いをしていた。
確かに鈍感おたんこなすの大呆け野郎だ。

しかしそうなると、彼の言葉は全て私に向けられていたということになる。
例えば私のことが……好きということも……。

「……私、勘違いをしていたんです。
あなたはウェーナ王女だと騙していた私を憎んでいると」

「そんなことあるわけないだろ!
俺はずっとお前のことが好きで」

そう言って彼は口を閉ざす。
そこまで言ったなら最後まで言ってほしい。

「……あの」

「……すまない。今のは忘れてくれ」

「な、なんでですか!? 」

「俺からの好意など迷惑だろう。
お前はサングイス王子の恋人なのだから」

……なるほど。彼もとんだ勘違いをしているらしい。
私はその勘違いを解くことにした。

「シェーデル様……。ハーレムってたくさん女の子がいるんですよ。
恋人じゃないですし、サングイス王子のことは好きではありません」 

特にウェーナ王女が死んでからは憎しみが募っていた。

「そう、だったのか」

彼は戸惑ったようにそう呟く。
私は息を吸った。
早い所自分の気持ちを伝えた方がいい。

「シェーデル様。私はあなたが好きです。
ずっと好きでした。あなたと初めて会ったあの時から憧れていたんです」

シェーデルは目を丸くして、呆然とした様子で私を見つめた。
そしてハッとしたように首を振ると「また記憶が……? 」と言って来た。

「正常です! 」

「だって、お前……。俺のこと嫌いでたまらないんだろう? 」

「贈り物を身につけないからですか? それとも夜を共にしないからですか? 別の女に子供を産ませろと言ったからですか」

「うん」

「宝飾品は……ごめんなさい。サングイス王子との暗号に使いました……。ちょうどいいのがなくて……すみません……。
ドレスは、テルグム王に殴られた跡があって、肌を見せることがどうしても出来なくて。夜を共にしないのもそうです。
別の女に子供をって言ったのは私はウェーナ王女ではなく、成り替わりの私との間に子供ができたらまずいと思ったから。
でも私はあなたことをずっと好きだったんです。本当はあなたと笑い合えたらとずっと思っていました。
私は、あなたが好きなんです。他の誰よりも何よりも。
あなたは私にとって希望だったから」

両親が死んで、弟と離され、頼りにしていたウェーナ王女もいなくなってから、私はいつも苦しかった。
ただシェーデルと初めて会った時のことを思い出して、あの人がいたらきっと私を助けてくれると、英雄のように思っていた。
だからこそ彼との半年間の結婚生活は辛かった。彼に全てを打ち明けて助けて欲しかった。

それでもそうできなかったのは、弟が生きていると信じていたから。
辛く当たる私に、彼は嫌そうにし何度も怒っていたが決して私を罰しなかった。
嫌わせてくれない彼を憎いと思いながらそれでもやっぱり好きだった。

「……俺も、誰よりもお前が好きだよ」

シェーデルの腕が私を捉えた。そのままギュッと抱きしめられる。
私もそっと彼の背中に手を回した。 

「 ……私の名前を呼んで」

「……カルワリア」

そうだ。これが私の名前だ。
他の誰でもない。

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