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19.発見フーガⅡ

私たちはいったん王城に戻り、それから馬車でシュティルンの邸宅に向かった。
彼女の両親はいきなりの来訪にも関わらず快く私たちを迎え入れてくれた。
ウェーナ王女に対しては警戒心を見せていたが……。

「シュティルンはファウストさんが来たのでバラ園を案内していますの」

「ならそちらにお邪魔しても? 」

「どうぞどうぞ! 私たちもご案内した方が……」

「大した用じゃありませんからどうぞお気になさらず」

シェーデルは慣れた様子で二人をあしらうと、とっととバラ園に行ってしまった。 
彼は何回も来たことがあるのだろう。 

シュティルン達は恐らく前回の、ティーテーブルにいるに違いない……と思ったが、2人の姿が見当たらない。
シェーデルは首を傾げ、もしかしたらと更に奥へと進んでいく。
そこには小さな建物があった。
小さな、と言ってもシュティルンのあの城のような大きな屋敷からすればという話であってこの建物でも充分人は住めそうだ。

「使用人達の小屋だったんだが雨漏りがすると使われなくなったらしい」

シェーデルは迷うことなく屋敷の扉を開けた。
そして、そこに2人はいた。
深緑のソファにファウストとシュティルンがいる。
というか、シュティルンがファウストを押し倒しキスしている。

キスしている。

「おっと、うら若き乙女を騙して手を出すとはさすがファウスト」

ウェーナ王女が感心したように呟いた。
シュティルンが顔を上げ私たちを見る。
驚いた表情をしながら笑い、唇を舐めるその姿は官能的だった。

「何をやっている! 」  

シェーデルが叫んだ。私も同じように叫びたかった。
シュティルンは体を起こしたが、ファウストの腰の上から退かない。
ファウストはというと、唖然とし表情でシュティルンを見た後、私たちを見た。

「……何が……あったんでしょうねえ……」

「良かったねファウスト。既成事実ゲットだ」

「ウェーナ様!? 何故……あ? ウェーナ様が2人いる……」

「カルワリアと申します」

私は改めて自己紹介をした。
そんな場合ではないのだけれど。

「ご、ご丁寧に……。
そしてその横にいるのは……まさか」

「シェーデルだ。すぐにそこをどけこの姦通者。今からブルートを呼んで拷問にかけてやる」

その場合シュティルンも苦しむことになるけれど良いのだろうか。

「拷問!? 誤解ですよ!」

「俺が手をかけても良い」

シェーデルは剣を抜いた。
キラリと剣身が光る。

「話聞いてますか!? 私は何もしていません! 最初は! 」

最初はって……正直だなあ……。

「嘘をつくな!
シュティルンが人間と触れ合うことが出来るか!
こいつと俺はその昔ブルートに生きた豚の舌を千切ってそのまま食わされたことがあるんだぞ!最悪な味がした!
その後豚の皮を剥いで投げつけられて、こいつはキスどこら他人と手を繋ぐことすらままならない! 」

私とウェーナ王女とファウストは黙った。
なんと声をかけて良いかわからなかったのだ。
叫び終わったシェーデルは肩で息をした。しかしふと首をかしげる。

「シュティルン、なんでその男に乗っていられる? 豚ショックは乗り越えられないと言っていたじゃないか」

「えーっと……。シェーデルなんでここに来たの? 」

「その姦通者に話がある」

「ハハ……なんでこうタイミングが悪いんだか……」

シュティルンは泣きそうな顔になった。
ファウストはどうしたものかと、彼女の顔とシェーデルの顔を見比べ、体を起こそうとするがシュティルンが退かないので結局ソファに横になったままになっていた。

「まさか、お前、あっちのシュティルンなのか? 」

「そうだ。ハー……このタイミングで来るなら使用人だと思ったんだけどなあ」

彼女はスルリとファウストの体から降りると困ったような顔で私たちを見回した。 

「この馬鹿! 」 

シェーデルは一歩でシュティルンの元へと行くと彼女の頭にチョップを食らわせた。
シュティルンは目に涙を浮かべ頭を押さえている。

「何すんだ! 」

「それはこっちのセリフだ!
やっっとシュティルンの精神が安定してブルートを見ても吐く程度で収まってきたのに、これじゃまた人間嫌いが加速する!
お前だってわかってるだろう!? 
大体お前、女好きだったろ! なんでこの男と……! 」

「こっちにだって色々事情があるんだよ!
部外者は黙ってろ! これは俺たちの問題だ! 俺の体は俺が好きに使う! 」

「お前が好き勝手に女に手を出すからシュティルンがパニックになって発狂するんだろうが!」

2人の言い争いは終わりが見えないように思えた。ウェーナ王女が呆れたようにため息をつく。
しかし、ファウストの呟きが2人の言葉を止めた。

「……シュティルン様は……どこへ? 」 

彼はまだ現状がわかっていない。 
そりゃそうだ。
いきなり彼女が二重人格だったと言われても訳が分からないだろう。

「ハア……。彼女は今寝てるよ。この体の中でな」

「どういう意味です? 」

「そのままの意味だよ。
悪かったとは思ってる。お前のこと利用して」

シュティルンは立ち上がると戸惑いを隠せないファウストの横に座り直した。

「俺とお前は初対面じゃない。ゲシュライと名乗ってお前にずっと接触していた」

「……ゲシュライ?
どういうことですか。あなたは一体……」

「言っただろ。それなりの手を使うって」

その言葉にファウストは呆けたように「ああ」と小さく言った。

「……騙されていたということですか。
あなたは、淑やかなお嬢様のフリをしていたのですね」

「騙されて? いや俺はなんも騙してない。あの人格と俺は別だ。ただ容れ物が同じだけ。
俺がこの体に発生した12歳よりも前の記憶は共有してないし、だからその豚ショックとやらも知らない。 
シュティルンは男だったら良かったのにという両親の言葉を受け止めきれなくて俺を作り出したんだ」

シュティルンは空っぽの瞳で笑う。

「俺たちは限界だった。ここに居続けることはできない。
だからお前に協力してもらうことにしたんだ。 
アイツらは、親はシュティルンが18になっても結婚すら出来ない精神状態を恥じていた。
だから男嫌いを治せた者に多額の金を出すことにしたのさ。
そして俺はそれを利用させてもらった。金が欲しかったんだよ……ここから逃げ出せるだけの金が。
俺の流した情報に食いついた奴と俺が懇ろになってその姿を目撃させる。
シュティルンじゃまず出来ないからな……。
でもまさかシェーデル達が見ちゃうなんてなあ……失敗だよ」

乾いた笑い声を上げるシュティルン。
ここから逃げたいから金をくれと言われてもあの両親は許しそうにない。苦肉の策だ。
しかし彼女の言葉に引っかかるものがあった。

「男嫌いを直す……待って、それじゃあファウストさんはシュティルン様の男嫌いをゲシュライと直して、そのお金を貰うつもりだったってこと? 」

シュティルンが頷いた。
シェーデルがまた怒りに燃える。

「お前……そんなことで金を貰って……! 恥を知れ……!! 」

「わー! 違いますから剣を向けないでください!
俺はただ、貴族の娘の男嫌いってのがどんなのか気になってそれで話を聞いただけです。
会ってみたらなんというか、めちゃくちゃに可愛かったもんだから離れ難くなったというか……。
だから騙そうとしたわけでも無いですしお金を貰うつもりも途中から無くなっていました。
それにユグルムにとっても悪い話じゃないと思って……」

シェーデルの剣はブレずにファウストに向いている。
それを見ていたウェーナ王女が呆れながらも口を開いた。

「その通りですから剣を納めてください……」

「……説明して頂きましょうか」

「ユグルムとは城で雇っていた楽士です。
私は彼と仲良くしていたので、彼が城から追い出された後心配していて……それでファウストに探してもらいました。
そうしたら国境付近の村で乞食のようなことをやっていたので、彼に保護してもらったのです。
けれどいつまでもファウストの元にいるのも良い影響は無いだろうと思って、シュティルン様の男嫌いを直すという計画に乗じて彼をこの屋敷に雇わせたんですよ」

ユグルムがここにいること。それすらもウェーナ王女の手引きだったとは。 
いや、彼女はユグルムを大事にしていた。考えられないことではなかった。

「つまり、ファウスト。お前がシュティルンに関わったのは偶然なのか」

「そうです。
あの時ゲシュライさんが私に声をかけなければ関わることも知ることも無かったでしょう」

「……わかった」

シェーデルは剣を納める。一応納得したようだ。

「そのユグルムという者には会えるのか? 」

「会いたいの? 呼んでくるよ? 」

「……一応会っておく。頼むよ」

シュティルンは頷き小屋を後にした。
この場に居づらかったからだろう、どこかホッとした顔をしていた。
残された私たち4人は顔を見合わせため息をつく。

「色々な事実が出てきて訳が分からないな」

私は頷いた。
ファウストも同じ気持ちなのだろう、何度も首を振っていた。

「時系列に沿って整理していこうか。
まず2年前にウェーナ王女が死んだとされ、その間にあなたは城から出て革命軍を作り出していた」

「ファウストと出会ったのは一年前です。彼は私が王女だと知ると協力してくれました。
同じ頃にユグルムを彼の保護下に置きました」

「テルグム王の独裁政権が無くなれば商人としても販売ルートが出来ますからね。それにリターンが大きい」

彼女が王となった暁にはファウストはそれはもう、ウハウハになるだろう。

「そしてカルワリアは私の代わりにケルパー国に嫁ぐこととなった。これが半年前のこと」 

「サングイス王子がシュヴァイス商会に入って来たのも同じ頃です。というか私が誘導したのですが」

ファウストが言った。
やはり、サングイス王子をシュヴァイス商会に入れたのはウェーナ王女の計画の一端か。

「3ヶ月ほど前に……ゲシュライさんから話を受けてユグルムをこちらの屋敷の方に紹介しました」

「そして約10日前に私の記憶が無くなり、サングイス王子が処刑されました」

私たち4人はうーんと唸る。
少なくとも、ウェーナ王女の計画は全てうまくいっているということか。やはり彼女はすごい。

「兄が処刑された理由は祖父王の計画に関係ある? 」

「ええ。
川に毒を流すつもりだったんです」 

「なるほどね。もし実行していたら被害は甚大だったでしょう」

「ウェーナ王女はテルグム王が他に計画をしていないかどうかご存知ですか? 」

そもそも私がウェーナ王女を必死で探していたのはテルグム王の計画を止める為だった。
途中から、シェーデルへの贖罪という気持ちが大きくなっていたが……。

「それなら」

ファウストが口を開き、緑の目を薄めた。

「最近国境付近で怪しい賊が動いていますからそのことかと。
恐らく、少しずつケルパー国に兵士を紛れ込ませていざという時に戦争を仕掛けるのでしょう」 

「いや、そんなことはさせない。
俺たちもただ手をこまねいていたわけじゃない。
色々と情報を集めていた。テルグム王の同盟反故の計画は確かに行われていたことが分かっている。
この件は世界的に見ても問題のある行為だとして粛正が行われるだろう」

シェーデルの叡智の輝きを持った瞳が光る。

「そうすればテルグム王は退位せざるを得ない。
もしここで、それでもテルグム王が玉座に座り続ければコルプス国の冬が明けた瞬間に、クエルポ国とソーマ国も介入する大戦争となるだろう。それはコルプス国にとっては負け戦だ。臨むとは思えない」

ウェーナ王女が目を瞑り微かに息を吐いた。

「……協力してくれると言うのですね」

「というか、これはケルパー国にとっての危機ですから。
王も動き出している。すぐに問題は解決するはずです」 

王女はフッと笑うがすぐにそれを引っ込めた。
テルグム王が退位することは大きな成果だが、彼女の目的ではない。
彼女の目的は王になり、国を良くすること。

「冬が来る前に終わらせましょう。
民草は疲弊しています。冬を越せるのは一部の貴族だけかもしれません。
それだけ農産物が足りないのです。それもこれも、祖父王が王を批判する者を全て粛清しているせいで……。
でもそれももう終わり。さようならです」

* * *

屋敷の扉が開き、現れたのはシュティルンとユグルムだった。
ユグルムは困惑したようにシェーデルを見た。
初めて見る彼が怖いのだろう。

だが、つ、と視線をずらしてウェーナ王女を見ると彼の顔に笑みが広がっていった。

「ウェーナ! 」

駆け寄るユグルムにウェーナ王女は戸惑っていた。
傷のある頬を隠そうともする。

「ウェーナ! どこにいってたの!? どうしてここにいるの!? 」

「……久しぶり、ユグルム」

そういえばユグルムはずっと会っていないと言っていた。
ファウストに保護してもらった後も彼女は会っていなかった ……。 
それは今の行動からして彼女が自分の傷をユグルムに見られたくなかったからだと察せられる。

だがユグルムは気にもとめず彼女に詰め寄った。

「オレのこと、どうしてすてたの?
オレが歌えないから? でもオレ歌えるようになったよ、まえみたいな声じゃないかもしれないけど先生にはうまいってほめられる。だから」

「おち、ついて。私は別に捨ててなんかいないわ」 

「ならどうしてずっとあってくれなかったの? 」

「私があなたを特別扱いしたからあなたは毒を飲まされた。もうそんなことあっちゃいけないと思ったから」

ウェーナ王女は辛そうだ。
傷を隠しながらユグルムを見る。

「ここは良いところでしょう?
歌の先生に勉強してもらえるようにファウストにお願いしたの。

ここなら歌ってるだけで良い。虐められたりなんか……してないわよね? 」

「してないよ。
ねえ、ウェーナ。ウェーナはここにいないの? 」

「いないよ。私はやらないといけないことがあるから。 
ここでお別れ」 

「どうして? そのケガのせい? 」

ウェーナ王女がハッとなって、頬にさらに強く手を押し当てた。

「……あ、」

「いたいの? だからオレとはなしたくない?
ならオレだまってるから……」

「違うよ。私……ごめん。もう前みたいには会えないんだ。ごめん」

ユグルムは納得がいかないようで、彼女の体を無理に引き寄せると頬から腕を離させた。
ウェーナ王女の傷が露わになる。
彼女は慌てた様子で隠そうとするが、ユグルムは何故隠したいのかわからないのだろう。困った顔をしていた。

「いたい? だいじょうぶ? 」

「大丈夫だから……見ないで」

私たちに見られても何も言わなかったどころか、これは被害者の証とすら言っていたのにユグルムに見られることを激しく嫌がるのは、彼女がまだ18の少女であることの証だろう。

ユグルムは辛そうにウェーナ王女の傷を見ていたがやがてその傷に沿って口づけを落とした。
ウェーナ王女の体が硬直する。

「ユグルム!?!? なにして ……」 

「こうするといたみがやわらぐって、ウェーナよくやってくれた」 

「ししししてない! してない! 」

顔を真っ赤にして何度も首を振るウェーナ王女。
だが私たち、特にファウストは生暖かい目で二人を見ていた。

「痛くないからもう良い! 大丈夫! 離れて!」

彼女は私たちの視線に気づき更に顔を赤くしてユグルムから距離を取った。
ユグルムはそれを勘違いしたのか、悲しそうに眉を下げる。

「嫌だった……? 」

「嫌じゃないけど……! 」

「嫌じゃないんですね」

「素直じゃない」

ファウストとシェーデルがフフフと笑うと、ウェーナ王女がキツく二人を睨んだ。 

「ウェーナ ……どうしてもどこか行くの?
オレはついていっちゃダメ? 」

「危ないからダメ。ここにいて」

ユグルムの少女のような顔が失意に染まる。

「オレのこと好きっていったのに。そばにいるっていったのに。ウェーナのうそつき」

「それはあの時と状況が変わったからで……! 」

「なるほどなるほど。好き、とねえ……」

「側にいるって言ったんならいてやったらどうです? 」 

「外野は! 黙って! 」

ウェーナ王女の目潰しがファウストとシェーデルに炸裂する。
あれ痛いんだよなあ……。

「別に構わないけど俺の屋敷だっていつまでも平和とは限らないよ」

「何かあるんです? 」

「俺自身が不安定だし」 

シェーデルがシュティルンのあっけらかんとした言葉に深く頷いている。

「それはそうだね。ちょっと思いました」

「誰かはなんとなくしか分かってないけど、あなたがユグルムの本当の友達なんだろ?
なら良いじゃん。側にいてやれば。
別に今すぐじゃなくても良いから、いつかは一緒にいてやりなよ」

彼女の言葉に、ウェーナ王女は何か言いたそうにしたが結局何も言い返さなかった。

「どうしますか? 」

ファウストは優しくウェーナ王女に尋ねる。
彼女は眉根を寄せたまま頷いた。

「……いつになるかわからない。生きている保証もない。
希望を持つべきじゃないと思う。
けど、もし全てが片付いたならあなたと一緒にいる」

彼女は不安げなユグルムの手を取る。

「約束する。今度は守るから」

「ほんとうに? うそじゃない? 」

「嘘じゃない。
だから私が迎えに来るまでここにいて」 

「うん ……! 」 

彼は嬉しそうに頬を染めて笑うとウェーナ王女に思い切り抱きついた。
彼女の傷ついた頬に己の頬を擦り寄せる。

「オレまってるから、ウェーナがそばにいてくれるまで」

「できるだけ頑張るから離れて……! 」

「なんで? まえはこうしてたいっていってたのに」

「ほほお……こうしてたい……つまり抱きしめてってことだろうか……? 」

「ふうん……。抱きしめてって言ったんですかあ」

「くっ、この! カルワリア! その不愉快な部外者をなんとかして! 」 

顔を真っ赤にしたウェーナ王女が叫ぶ。 

「ほらほら、お二人とも。
ウェーナ様は二人きりになりたいんだからもう行きましょう。シュティルン様も」

「これは失礼しました」

「外で待ってますね」

「雨漏りのせいで床が腐ってるから気を付けろよー」

私が気を利かせて3人を外に連れ出す。 
私がウェーナ王女にウィンクすると、彼女は更に顔を赤くして怒ったが、あれは照れ隠しだろう。
ユグルムが満足そうに笑っている。

何はともあれひとまずめでたしめでたしだ。










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ブルートのよくわかる解説!

「粛正は間違いを厳しく取り締まること、粛清は殺しちゃうことだね。
僕が得意なのは粛清。大義名分の元に行われる殺人行為ほど気持ちのいいものはないよねえ」

「知りません話しかけないでください気持ち悪い死んでください」

「なんでそこまで僕を嫌うかなあ。
僕はこんなに君が好きなのに…… 」

「本当にやめてください」

「義足だからって潰していいわけじゃないからな、トレーネ。
これの修理代幾らすると思ってるんだ……って! 杖を投げるな! クソ! 歩けねえだろ! 」

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