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15.失踪カノンⅤ

数日後。
トレーネがファウストなる人物に関しての情報を教えてくれた。

「ファウストは商人ですね。30いくつかという若さで財を成したそうで、頭が良いとシュティルンの両親は気に入っていました。
それだからか、シュティルンの所によく行くらしいです。会うのは簡単でしょう」

「会っていきなりウェーナ王女のことを教えてもらえると思う? 」

「どうでしょう……様子を探らないとなんとも……。
もう少し観察してみてから接触するべきでしょうね」

「諜報員の人員を割いてるんだね」

「……この問題は大きいですから」

シェーデルが以前王女を探しながらサングイス王子の痕跡をたどると言っていた時にどうやってやるのか疑問だったのだ。
人海戦術。それしかあるまい。

「私も何か手伝う」

「いえ結構です。
シェーデル様はあなたに関わって欲しくないと。
そもそもあなたはなんの技術もないのでしょう? 余計なことをされては困ります」

全くその通りだ。ぐうの音も出ない。
シェーデルの役に立ちたいという私の気持ちは無駄なのだろう……。

「まだ記憶も完全でないですよね。
まずは全て戻してください。それから」

トレーネが青い目で私を見た。
その冷たい瞳はシェーデルを思い出させる。

「あなたは王女ではなく単なる貴族です。 もうあなたに利用価値がありません。
だからどうか、この件が終わったら早めにこの城から出て行ってくださいね。
……罪には問いませんから……」

彼女の言葉は深く深く私に突き刺さった。
なんの情報も持たない私は既に役立たずで、だがこれは彼女なりの優しさなのだろう。
ハッキリ前もって言っておけば後々苦しまずに済む。

それもシェーデルから言われるよりはずっとマシだ。

「わかってます。
大丈夫、ウェーナ王女が見つかったらすぐに出て行くから」

「こんなことを言うのは失礼だと分かっています。 
でももうごめんなんですよ ……あなたならきっとこの気持ち分かってくれるでしょうけれど」

彼女の囁くような声に私は反論することができなかった。

分かってはいても落ち込むことは落ち込むものだ。
私はボンヤリとしたまま庭に来ていた。
綺麗な庭だ。色とりどりの花に、青々とした木々。池には鴨が泳いでいる。コルプス国とは大違い。

「おや? こんな所で美人が1人佇んでいるのは絵になりますね」

この穏やかな声、なのに腹から沸き起こる嫌悪感は。
振り返ると奴がいた。ブルート。 
短い間に彼の悪評を何度聴いたことか。

「こんにちは……」

「それでその後調子はどうですか? ウェーナ王女の手がかりは? 」

「いやあ、全然です」 

さっさと逃げ出そう。
私は引きつった笑みを浮かべながらブルートから距離を取る。が、何故かニコニコしながら詰めて来た。

「一度話してみたかったんです。
あなたは僕の義妹ですもんね。不思議です。
弟が出来たのもよくわからなかったんですけど、妹というのも勝手に増えるんですね」 

本当に不思議そうにそう言うブルート。 
弟は勝手に増えたのではなく雄しべと雌しべによる交配で増えたのだが。

「シェーデル様と仲は……良いと聞ましたよ」

嘘だけど。
しかしブルートはさも当然と言わんばかりに頷いた。

「母親が違うんできっと上手くいくんでしょうね。
だって、両方同じ親から生まれたらそれって細胞レベルで同じ人間でしょう? なのに別の人間。そんなの気持ち悪くて堪らないですよね」 

全然全く理解できない。何を言ってるんだこの人は。

「私は弟、可愛いですけど ……」 

「アハ、可愛かったの間違いでしょう。あなたの弟もう死んでるんですから」

彼のまるで邪気のない声に、私の心臓はナイフを突き立てられたかのように痛んだ。

「……そうですね。
あなたはシェーデル様のことは気持ち悪くないんですか」

「もちろん。ほら、家族は愛し合うものでしょう?だから特に何か思ったことはないですよ」

言ってることが矛盾しているような。
なんなんだろうこの人。不気味で堪らない。

「シュティルン様のことは? 嫌いなんですか? 」

「ああ……シュティルンは生意気で嫌になりますよ。その癖被害者ヅラするもんだから……」

ハア、とため息をつく。
虐めているという認識はまるで無いようだ。 
彼の感情が掴めず私はさらに質問をした。

「トレーネさんのことはどう思ってるんですか」

「トレーネ? もちろん好きですよ。死んだら剥製にして飾りたいくらい。
だからたまに憎くてしょうがないときがありますね」

ビックリするほど会話がままならない。
シェーデルの兄よりも異世界から来た人間と言われた方がずっと納得できる。

「シュティルン様に関わらないであげたらどうですか」

せめてこれだけは言ってやろうと思い、震え声でそう言ってやった。
しかし彼はキョトンとした顔になる。

「みんなシュティルンの味方をするんですよね。
でもあいつ、そんなに弱くないですよ。なんたって人の考えが分かるんだから……楽で良いよなあ」

「は? 」

「あなたも思い当たる節があるんじゃないですか? 」

そう言われてふと思い出す。
そういえば彼女は私が記憶が戻ったことも気が付いていた。彼女からしたらほぼ初対面のはずなのに。 
それ以外にも私の考えをわかっているかのようなことを何度か言っていた。

「細かいところまではわからないようですけれどなんとなーく、分かるらしいですよ。羨ましい。
ま、他人のことが分かり過ぎる故に悩み過ぎて家から出られなくなるんだからどうなんだろうって感じですけど」

アハ、と彼は笑う。
……彼女の人間不信はブルートが原因でなく、察しの良すぎる彼女自身の能力から来ていたのか。
そうだとすると人間不信が直るのも難しいだろう。

「あ」

突然ブルートが空を見、声を上げた。

「あそこ」

彼が杖で示したのは一羽の鴨だった。 
鴨はバタバタと羽ばたいて池に着地する。 

「見てください。アハ、あなたの弟と同じですよ」

鴨の頭には矢が突き刺さっていた。きっと誰かがこの辺りで猟をしていたのだろう。
鴨はなぜか矢が突き刺さっていてもまるでそれに気が付いてないかの如く水面を泳いでいる。

「可愛いですね」

私は、本当に可笑しそうに笑うブルートが悍ましかった。

* * *

「ウェーナ様! 」

トレーネの声がした。
いつもの冷たい表情ではなく、怒ったような表情でこちらに向かって来た。

「何を……何故このような男と2人でいるのです!
危ないでしょう! 」

「え、あ、うん、ごめん」

「別に何もしてないけど」

ブルートが不快そうに言う。
何かされてはいない。ただ気分が地を這っただけだ。

「ブルート様、次の戦場が待っているのでは? 早くそちらに行かれたらどうでしょう」

トレーネは私を庇うようにしてブルートの前に立ちふさがり睨みつけた。

「そのつもりだけど暫くは準備期間なんだよ。
あのさ、何回も言うようだけどその様付けやめてくれない? 」

「私はあくまで使用人ですので」 

「 ……可愛くないねえ」

彼はハア、とため息をついた。
目を伏せ足元を見ていたが、ふと顔を上げトレーネを見つめた。

「そうだ、お土産用意するよ。何が良い? 」

「どうせ、敵国の将軍の首などしか用意できないんでしょうね。
私は血で汚れた物など欲しくありません」

彼女はそれだけ言うと、私の腕を軽く引いてその場を離れる。
去り際チラリとブルートを盗み見る。
彼は不思議そうにトレーネの後ろ姿を見つめていた。

「ウェーナ様、何をなさっているのです! 迂闊すぎますよ! 」

トレーネは珍しく怒りを隠せていない。いつものような嫌味ではなく感情的に言葉を重ねている。 

「ごめんなさい、気付かなくて」

「ウォクスさんと一緒にいてください! なんのための護衛ですか! 」

城内でもし万が一何かあった時のための護衛であって、ブルートから身を守るための護衛だとは思わなんだ。

「そんなに怒らなくても。大丈夫、すごく気分が悪くなっただけだよ」

「すごく気分が悪くなった程度で済んで良かったですよ。
あの人と話していると立ち直れないほど気分が悪くなったりしますからね」 

「トレーネは昔ブルート様の婚約者だったんでしょう? 」

彼女は目を剥き出し鼻にシワを寄せて私を睨んだ。その恐ろしい形相に喉から悲鳴が漏れる。

「ヒッ」

「若い頃というのは誰でも愚かな過ちを犯すものだと思いません? 」

「え、ええ。今まさに失敗の最中にいるよ」

「私は決して婚約なんぞ望んではいませんでした。
だから私は一方的に婚約を解消したんです。それが失敗でした」

「失敗? 」

結婚してからよりはマシだろう。
だがトレーネは鬼のような形相を崩さなかった。

「あの男は私の両親を洗脳して貴族社会からいられなくしたんですよ! 」

「え、ええ!? 何故そんなことを!? いやどうやってそんなことを!? 」

「賭博にハマらせたんですよ。私が気が付いた時はもう ……。 
きっと私から婚約解消を言い渡されたことでプライドを傷つけられたと思ったのでしょうね。馬鹿馬鹿しい」

トレーネは「絶対に許さない」と小さく囁いた。
恐ろしい……。よくそんな鬼のような発想が出てくるものだ。

「それは確かに殺したくなるね。仕方ないよ」

「あなたに言われるとなんだか気が軽くなります」

彼女は忌々しげに吐く息を震わせた。ブルートはなんでそこまでトレーネを追い詰めるたのだろう。

「ん……? 」

「何か? 」

「ああ、ううん。なんでも」

婚約解消をトレーネから言われたことでプライドを傷つけられた、というのはおかしい気がする。
それならトレーネ自身を傷つけるだろう。
なのに彼女の両親を破滅させたのは、そうすることで彼女から家を奪いたかったんじゃ。
家を奪えばトレーネは露頭に迷う……そこを狙ってもう一度婚約させるつもりだったのでは。

……いやまさか。もしそうだとしたら凄く気持ちが悪い。
それにそんなことしなくても最初から婚約してほしいと頼めばいいだけの話だ。

「もしその昔ブルート様が婚約して欲しいって頼んだとしても断った? 」 

「あり得ないけれど ……。でも断っていたでしょうね。
あの当時好きな人もいましたし」

トレーネにそういう人が居たんだ.!
という感情が顔に浮かばないように必死に堪え「へ、へえ。どんな人? 」と聞く。

「戦争で死にました。強い人だったんですけれど」 

彼女は少し寂しげに呟いた。

「それは……御愁傷様です……」

「昔のことですし、私たちの間に特別なものがあったわけではありません。一方的なものです。
ただブルート様は彼と同じ部隊にいたので、彼の死体の状況を事細かに教えてくれましたよ」 

トレーネは忌々しそうに吐き捨てる。

それまさかとはその人が死んだのは、ブルートの婚約を断ったあとではないよね?

という質問はなんだか怖くて聞けなかった。
もし私の憶測が当たっていたらそれは……最低の結末というやつじゃないだろうか。

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