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11.失踪カノンⅠ

目を開けると、私室に寝かされていることがわかった。

血濡れの将軍、ブルートがサングイスを殺したことが引き金になり私は記憶を取り戻した。
だがそれも完全な記憶ではなかった。
ここに来る経緯はなんとなく思い出せたが、それ以外のこと、特にここに嫁いでからのことはボンヤリとしていてうまく思い出せない。

部屋には誰もいない。
だが一刻も早くブルートに会って確認しなくては。
何故カプトの認識票を持っていたのか。
そしてそれを持っているということは、カプトはもう……。

足にまだ力が入らなかったが喝を入れなんとか体を動かす。
ドレスはサングイスの返り血で真っ赤に汚れたままだった。

フラフラする体を抑えながら廊下に出る。
その時隣の部屋からシェーデルの声が聞こえた。 

「ブルート! お前なあ ……! 」

「名前じゃなくて兄貴とか兄さんって呼びなよ。まったく……生意気な弟を持ってしまった僕可哀想」

「被害者面するな腹立つ」

「トレーネもなんか言ってくれない? 」 

「黙って下さい。あなたに話しかけられると苛立ちから顔中の筋肉が痙攣するんです」

なんだか剣呑としているが、目当ての人物はここにいるらしい。
話をしている中乱入するのは気が引けたが、カプトのことを思えば大したことではない。
私は重々しい扉を勢いよく開けた。

突然血塗れのドレスを着た女が入ってきたことに、ブルート以外の 2人はギョッと顔をひきつらせた。 
特にトレーネは怯えたように顔を強張らせギュッと手を握ったが、すぐにいつもの表情に戻る。

「ウェーナ様、目を覚まされたのですね。
お召替えを」

私はトレーネの言葉を無視して、ソファに深く腰掛けるブルートの前に立ち塞がった。
彼は私に対して柔らかく微笑んだ。

「お加減は? 」

「カプトの認識票をどこで手に入れたの」

シェーデルが「記憶が戻ったのか? 」と言っていたが私はそれに答えなかった。 
ブルートが優雅に腕を伸ばしソファを示す。 
 
「本人から貰ったんですよ。 
色々伝言もありますからどうぞ座って。ゆっくり話しましょうか」

「カプトは今どうしているの? あなた殺した? 」

「彼の死因は流れ矢が頭に刺さったことです。僕じゃありませんよ」

ああ……。やはりカプトは死んでしまったのか。全身の力が抜けその場に座り込む。 
シェーデルが横で何かを言っているが耳に入らない。
私のたった1人の家族だったのに。

「ソファじゃなくていいんですか? 床の上がお好きですか。
なら話を続けましょう」

ブルートは笑顔のまま私を見下ろした。
彼の弧を描いた瞳は、よく見ると笑っていない。
こういう顔を作っているだけだ。

「一年前に国境あたりが少し不穏で、それで僕たちは駆けつけました。
戦争……というまでではない小競り合いでしたけど、最終的にはなんとかコルプス国を抑えることができました。
アハ、なんとか、というのはあなたに対する気遣いであって本当のところはあっさり勝てたんですけど。
その時にね、まだ幼い少年が自分と戦ってくれと言ってきたんです。
そしてもし自分が勝てたなら頼みを聞いてほしいと。
僕が将軍だと分かったからでしょうね。
既に体はボロボロで、彼が命懸けで頼んできていることがわかりました。
だから僕は戦いました。結果はなんと予想外、彼はとても強く僕の足を切断しました……まあ、彼は戦場から帰ることは出来なかったわけですけど」

彼はニコニコ笑いズボンの裾を少し持ち上げた。
木製の足がそこにあった。
肉の足はあの子が切り落としたのだ。
ブルートの座るソファの横に立てかけられた杖を見た。
サングイスの首を刎ねた剣があの中に収められている。

この話が一年前の話だと言うのなら、私はなんのためにウェーナ王女に成りすましてここにいたのだろう。
一年前からすでに私は独りだった。
もし彼が死んでいると分かっていたなら、王の計画に加担などせずシェーデルを傷つけるようなこともなかったのに。

「僕は彼の願いを聞きました。
すると自分の姉がとんでもない事に巻き込まれているから助けてほしいと言ってきたんです。
姉の名前はカルワリア。サングイス王子のハーレムの一員」

シェーデルが息を飲んだ気配がした。

「ある方が死んでいると騙され利用されているからそれを教えてあげてくれと言われました。
もう少し具体的に言わないと困ると言ったんですけどその前に彼は流れ矢に撃たれて死んでしまい……あなたのことを探すのに手間取りましたよ。
小競り合いがあって忙しかったですし。まさかシェーデルの妻だったとはねえ?
でも一応彼から認識票を預かっていて良かった。
なんのことか、僕にはよくわからないんですけどあなた騙されているそうなので気をつけてくださいね」

ブルートはニコリと嘘くさい笑みを浮かべる。

ある方が死んだと騙され……。
ある方とはまさかウェーナ王女……?
それしか考えられない。まさか、彼女は生きているのか。

「それで、カルワリア殿?
ちょっと色々説明してもらわないと僕もシェーデルも納得いかないんですが」

「分かっています。
どんな罰でも受けます」

「は? いや待て、何を言ってるんだ」

シェーデルが私の肩を掴んだ。

靄がかった記憶の中で覚えていることがある。
私は彼が好きだ。
初めて会った時から恋心を抱いていた。
だからこそ私は彼から嫌われるように、嫌な女を演じていた。
もし万が一にでも愛し合うようなことがあってはいけない。
私は王女ではなく一介の貴族であり、王子と結婚するような身分ではない。
さらに言えばこの国を潰そうとした賊でもあるのだから。

正さなくてはならない。
もしカプトの言っていることが本当なのだとしたらウェーナ王女は生きているという事になる。
彼女をここに連れてこなくては。

「シェーデル様、もう少し待っていてください」

「待てない。
お前の口からきちんと説明をして貰わなければ納得できないんだ。
記憶が戻ったのか? お前は結局何者で、殺された男は誰なんだ」

「ここに来るまでのことは思い出しました。
私はカルワリア。コルプス国の貴族で、先ほど殺された男、サングイスのハーレムの一員でした。
私はテルグム王に命じられあなたを殺すためにウェーナ王女だと偽ってこの国に入ったのです」

シェーデルの顔が悲しそうに歪んだ ……気がした。 

「 ……そうか ……お前は ……」

「反逆罪ですね。
でもそれは待ってください。少しだけ時間をください。
弟の言ってることが本当だとしたらウェーナ王女は生きています。
私は必ず探し出します……だからどうか待ってください」

「俺はお前を罪に問う気は無いよ。 
そもそも俺の一存では決められない……が、すぐに刑が執行されることはない」

私はホッとして大きく息を吐いた。

「ありがとうございます、私、もう行かなくては。ウェーナ王女の手がかりを」

「落ち着いて、少し話がしたいんだ」 

「王の計画は終わってないかもしれない。こうしちゃいられないんです、私は彼女を探さないと」

「終わってない? 」

トレーネが鋭く声をあげた。
彼女の顔が警戒感を露わにする。

「どういうことです。覚えてることすべて、話してください」

「覚えてないけれど、テルグム王が失敗を許すはずがない……。
次の手を打って来るはず、でももう私には次の手がわからないのよ!
だから早く彼女を探して聞かないと……」

私はシェーデルの手を振り払い部屋を出て行こうとする。
しかし踏み出した足を思い切り踏み付けられた。
ブルートの杖で。

「まあ落ち着いて。言ってることが支離滅裂でわからないです。
そもそも反逆罪に問われているあなたを自由にするとでも? 」

体がつんのめるがなんとか堪える。 
彼の柔らかい喋り方が不気味だった。

「おい、杖を退かせ! 」 

「ああ失敬、思わず」

杖が離れ、足の甲からじんわりした痛みが引いていく。
シェーデルが私の腕を引いて彼の背中に私を隠した。
トレーネが後ろで小さく、物凄く汚い言葉でブルートを罵っていた。

「とにかく!
状況を把握したい。まずブルートは出て行け」

「ええ!? 何故? 」

「出て行けと言われたら早く出て行くんですよ」

トレーネは冷たい声で言うと彼の杖を素早く掴んで部屋の外に放り投げた。
ブルートは嫌そうな顔でトレーネを見たが、彼女の鋭い視線に負けたのか足を引きずりながら部屋から出て行った。

「強い」

「兄はトレーネにだけは頭が上がらないから」

そもそもトレーネに頭の上がる人間はいない。

「さて、それで」

シェーデルが私をソファにエスコートし座らせた。彼もその横に座る。

「お前は……俺を、殺そうとしていた、んだな? 」

伺うような彼の視線に私は首を振った。

「いえ……正確にはブルート様を」

「あら、お願いできます? 」

「そ、そうじゃなくて。
実は、コルプス国側はウェーナ王女と結婚するのはブルート様だと思い込んでいたんです。
それで私がウェーナ王女として成りすましを務める際にまずはブルート様を殺すよう言われました」

「今からでも遅くありませんが」

「ちょ、あの、私は誰かを殺すつもりはなくてですね。
確かにそう言われましたけれど、私はブルート様のところへ行ったらすぐにコルプス国の王城の見取り図を渡して攻め込んでもらうつもりだったんです。
ただその前に人質にとられていた弟をこちらに連れてこなくてはと思って、それで……そというようなことだった気がします」

「気がします? 」

そう、記憶はまだ完全では無い。
動機は両親を殺したテルグム王を殺す為に彼の手駒のフリをしてケルパー国の王女という身分を手に入れ、その身分と権力を使って王を殺すことだった。それだけは確かだ。

「なあ……お前のことをもう少し教えてくれないか?
覚えている限りでいいから」

彼は微かに不安そうな顔を浮かべた。
つい、自分のことを話さずに説明してしまっていた。
私は掻い摘んで自分の事情を話す。
テルグム王の命令でサングイス王子のハーレムに入ったこと、同盟と結婚と計画のこと、両親のこと、弟のこと。
テルグム王から受けた傷だけは話せなかったが。

「……これが私の覚えている全てです」

私が話し終えても2人は何も言わなかった。
だから私は言葉を続けた。

「ウェーナ王女が何処にいるかは分かりません。 
でもこの国にいる気がするんです。 
彼女は祖父と兄のことをいずれ殺すと息巻いていました。きっと私に接触してくるはず。
もしかしたら彼女はテルグム王の次の計画を知っているかもしれないし、知らなくても私の今の立場を利用すれば王を殺すことだって可能だと思うでしょう」

「王女が生きている保証は? 」

「……確かに、王女が死んだとされていたのは2年も前ですし、弟が死んだのは1年前。時間が経ちすぎている。
ただ1つ思うのは何故サングイス王子直々にここに来ていたのかということ。
もしかしたら妹を探すついでにここに来ていたのかもしれません」

「サングイス王子が死んでいなければ。
ブルート様は本当にロクなことしませんね」

「いつものことだ。
ではこの件は内密にしておこう。
何処かに漏れてコルプス国と戦争にでもなったら……困るだろう」

シェーデルは私から視線を外した。
私の帰る場所を心配してくれているのか。

「……ありがとうございます。
でも私のことは気になさらずに、シェーデル様が最善だと思う方法をとってください」

「これが最善だ。
まずは王女を探しつつ、サングイス王子の形跡を追って計画の全貌を把握しよう」

どうやって、そう聞こうとした時廊下から悲鳴が聞こえて来た。

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