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09.血塗れのラプソディ

私が部屋に戻るとシェーデルがいた。
彼はウォクスの顔を見て眉を寄せたが何も言わずに私の肩を抱いた。
ウォクスはお辞儀をして部屋から出て行く。

「 ……顔色が悪い。何かあったのか」 

彼は私の顔を覗き込んで心配そうに尋ねてきた。

「シェーデル様 ……あの……」

「うん? なんだ? 」

「どうして私が浮気していると思ったの……? それもウォクスとの……。
仲が良いから、それだけ? 」

シェーデルが面食らったような顔をする。
彼はチラッと周りを見たが、トレーネとネルフだけだとわかったからかそっと息を吐いた。

「……お前が……男からの手紙を、それもコルプス語で書かれた手紙を微笑みながら読んでいる姿を見た。
差出人はわからなかったんだが字が男の字だったから……」

コルプス語の手紙。もしかしてあの商人の男からの手紙か?
彼もコルプス語を話していた。

「手紙……。それにはなんて? 」

「俺の姿を見た瞬間すぐに隠したからわからない。ただ……愛してると書いてあるのは見えた」

愛してると書かれた手紙……。それは一体どこにあるんだ?
探した限りではそんなもの見つけられなかった。

「シェーデル様はその手紙探されました? 」

「………………ああ。でも見つからなかった」

彼はバツが悪そうに顔を背ける。
彼を責めるつもりはないのだが、そう言う風に聞こえたのだろう。

「手紙……」

「シェーデル様、ウェーナ様、少しよろしいですか?
お話の途中だというのに失礼千万だというのは承知の上なのですがお耳に入れておきたいことがございまして」

ネルフがやや申し訳なさそうに早口で言う。
私もシェーデルも圧倒されながら頷いた。

「実はわたくしウェーナ様から手紙を預かっています」

「ええ!? 」

私たちの声が鮮やかに重なる。
ネルフは申し訳なさそうに眉を下げながら言葉を続けた。

「というのも、わたくし字が読めないものですからウェーナ様も私ならきっと渡しても大丈夫だと思われたのでしょう。仲良くしている使用人の中に噂好きのものもいなければゴシップにも興味ありませんしね。
他にも色々預かっています。持ってきましょうか? 」

私が何度も頷くと、ネルフはお辞儀をして小走りで使用人の棟へと向かった。 
残された 3人は押し黙る。
これが、もし本当に浮気の証拠だとしたら……私はただじゃ済まない。
あまりにも重苦しい沈黙にこれ以上ここにいられない、と思った時ネルフは戻ってきた。
時計を見ると僅か 10分程度のことだった。 

彼女は鍵付きの木箱を持ち、私にそっと差し出す。
私はそれを厳かに受け取り鍵を開ける。
中には何枚もの手紙とそして……青い小瓶が入っていた。

「これなんでしょう」

トレーネが不思議そうに言う。

「それはいいから、手紙は」

シェーデルが切羽詰まったように言うので私は小瓶を退けて手紙を取り出した。
差出人も、住所も書いていない。 

「まず私から読んでもいい? 」 

3人が頷くのを見て私はそっと手紙を開いた。


____


親愛なる月の君へ 


元気にしていますか? 
月の君、だなんて笑ってしまうと思うけれど(現に私は笑いました)仕方のないことなので流してくださいね。

そちらは大丈夫でしょうか? とても心配しています。
ここはとても危険です。血塗れの将軍がもうすぐやってきます。

そしたら私たちはひとたまりもないでしょう。
それでも少しでも奴に傷を付けられれば……そう思っています。

あなたが全てを投げ捨てて行ってしまうと思うと心配で胸が張り裂けそうです。
どうか、あなたのことを愛している者がいるということを忘れないでください。

追伸

どうかカルワリアを捨てるだなんて言わないでください。 
計画を実行しないでください。

愛してます。

あなたの宝物より

_____


抽象的な文で、何が言いたいのかわからない。
だが何故か私の目から涙が溢れてきた。

「ウェーナ様? 」

「 ……ごめんなさい、大丈夫。読んで」 

私は涙を拭い手紙を渡す。
3人は……特にシェーデルは飛びつくように手紙を読んだ。
だが3人ともキョトンとした顔になる。
やはり意味がわからなかったのだろう。
というかネルフは見ても読めないんじゃ。そもそもコルプス語だ。
ただシェーデルとトレーネは問題ないのか、唸りながら手紙を読んでいた。

「月の君はウェーナ様のことでしょうか」

「計画ってなんだ? 」 

「うーん。何かの暗喩 ……? 」

「他人が読んでもわからないようにしているんだな……」

「この血塗れの将軍というのはブルート様ですよね。
これいつの手紙でしょう」

「日付が無いからわからないな」

2人は手紙をひっくり返し、どこかに日付が無いか探す。
だが日付は見つからない。

便箋の不自然な切り口。最初から日付の部分は切り取られているのだとわかる。

「この文章からして浮気相手というより、家族からの手紙でしょうか」 

「ウェーナ様にはお兄様がいらっしゃいますもんね。
でもなんでわざわざ宛先を書かずにこんなに怪しげな手紙を送ってくるんでしょう。
変わったお兄さんですね」

兄?
私に兄などいたか?

「 ……違う ……」 

そう。これはいもしない兄からの手紙ではない。

「これは私の、弟からの手紙……」

頭の中で何かが響く。

バラバラになった宝石のパーツ、屋上から見た長い川、青い小瓶。
「王の計画を実行せよ」という言葉が何度も何度も頭に響いた。

私は木箱に手紙と共に入っていた青い小瓶を鷲掴んで部屋から飛び出した。

「おい!? 」

「ウェーナ様! 」

後ろで私を呼ぶ声がする。
だが私はそれに振り返ることなく城下街へと向かった。

* * *

どこだ、どこにいる。
私が辺りを見渡すと、あの商人が人気の無い裏路地に入って行くところが見えた。
なんてタイミング。
私は後を追い、そしてその腕を掴んだ。

「……お早いお戻りで」

「ほら、青い小瓶。これが欲しいんでしょ」

私がそれを見せると彼は目をギラつかせた。

「渡してもらおうか」

「これは渡さない……渡すわけにはいかないよ」

「それは困るな。

持病の発作を止める薬なんだが……」

「嘘つかないで。
これは猛毒だよね」

彼は目を見開いた。

「……何を言っている。そんなもの」

「私とあなたはこの国を潰すためにここにいるんだ。そうだよね?
川の上流にこの毒を流すことがあなたの役割、そして、王族を殺すことが私の役割」

「何を馬鹿なことを! 」

男はそう吐き捨てた。
だがその体は緊張からか強張っているのがわかる。

「大体そんな証拠どこにあるんだ? 」

「あなたが売っていたあの宝石のパーツ。
あれはシェーデルから贈られたものを私が分解したものよね。
あれで私たちはやり取りをしていたんじゃない? 」

「どうやって? 」

「暗号で。 簡単な暗号よね?
母音は色で、子音は数で表している。
だから例えば、さようなら、だとしたら赤い石を1つ、黄色い石が3つ、青い石が3つ、緑の石が1つ、紫の石が1つで表す。
そういう風に作った暗号を私はあなたに売るフリをして誰にも分からないようにやり取りをしていたんだ」 

「それが証拠か? だとしたら言いがかりにもほどがある」

「まあ証拠なんていらないんだけど……だって私の記憶が何よりの証拠じゃない? 」 

ハッタリだった。記憶は完全に戻っていない。
だが靄がかったかのような記憶から「王の計画」をなんとか掴み推測したのだ。

男が息を飲む。
眼光鋭く私を見るその姿からは気怠げな雰囲気は消えていた。

「記憶が戻ったのか……。
ならもう良いな。俺たちは王の計画を実行する」

「ケルパー国の民を惨殺するテルグム王の計画……。本当に実行するつもりなの!?
なんのための同盟だったわけ!? 」 

「 王の計画を実行するための同盟なんだよ! 
ケルパー国の民を殺し王族を殺すことこそが俺の役割! そうすることで俺はやっと祖父王に認められるんだ! 」

男の叫び声が私の鼓膜を揺らす。
そうだ、彼の名前はサングイス。
コルプス国の失踪した王子。 不幸の王子。

「その小瓶を渡せ。俺の邪魔はさせない……!
俺はこの計画を必ず成し遂げる! その為に国を出たんだ! 」

「渡すものか! 絶対阻止してやる! 」

小瓶を掴んですぐさま逃げようとした。だがサングイスの腕はあっさり私の髪を鷲掴んでしまった。

「その毒を川に流さないと……! 」

小瓶は渡さない。
しかしサングイスの力は強く、私の髪を皮膚から引き剥がさんばかりに引っ張り小瓶を奪い取ろうとしていた。
なんで私1人で来てしまったんだ……迂闊すぎる。

そんな後悔をしていると、カチャン、という金属のぶつかる音が聞こえて来た。
それも案外近くで。

「城の中で賊を見つけた場合はなんの罪も問われずにそいつを殺すことができる。城下街も同じなんだ」

穏やかな男の声。
どうやらその男はサングイスの背後にいるらしい。

「自分で全部喋ってくれて本当にありがとう」

感極まったような、慈愛に満ちたような、そんな声音だった。

「は? 」

サングイスが背後を振り返る。
その首に銀色のものがキラリと光ると、首はそのままゴロンと落ちた。
赤い血がシャワーのように吹き出し私に降りかかる。

サングイスの体がドサリと倒れた。

「おや? ああ、お初目にかかります。
いやあ、まさか弟のお嫁さんがこんな美人だとは思わなかった。 
アハ、血塗れですけど」

柔らかな声の主は優しく私に微笑みかける。

「 ……弟の ……」 

「ケルパー国第一王子のブルートです。以後お見知り置きを」

男は、ブルートは、落ちていたサングイスの頭を踏み付けながら私に手を差し出した。
手に何か持っている。

「これ、あなたのでしょう? 」

握られていたのは私が持っているものと同じカプトと名前が書かれた認識票だった。 
何故、ああそうだ。認識票は頭用と足用二個あるのだ。
兵士の体が上下でバラバラになってもわかるように……。

「私の……? 」

認識票をマジマジ眺める。サングイスが何故私にこれを寄越したかわからなかったのだ。
ブルートは不気味に微笑みながら剣を杖に仕舞う。仕込み杖だ。
足が悪いのかそのまま杖に体重をかけて私を見下ろす。

遠くからシェーデルがこちらに呼びかけているのが聞こえて来た。
追いついたらしい。だが私は目の前の男から目が離せなかった。
彼は呆れたような顔をしながら笑う。

「何寝ぼけてるんですかカルワリア殿。
あなた以外引き取り手はいないでしょう? 」

ああ、全て思い出した。
こちらへ向かってくる足音とともに私の記憶もなだれ込んでくる。

「ブルート……!? 帰って……ああ!? なんだこれは!? 何があった! 」

追いついたシェーデルが私の肩を掴んだ。

「おい、どうした!? この男は誰……ブルート! 踏むのをやめろ! 」

「はいはい」

「大丈夫か……いや、大丈夫じゃないよな……すぐに体を洗おう」

「シェーデル様」

私は彼を見上げた。

「私はあなたの妻じゃない……」

彼のハッとした顔を見ながら私の意識が消えていく。
足の力が抜ける感覚とともに私の意識は飛んで行った。

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