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04.不可思議のオーヴァチュアⅢ

本日も私に公務は無い。シェーデルが慮ってくれたのだろう。
ありがたくその行為に甘え記憶を取り戻すことに努めることとした。
酷い言葉を言う妻に贈り物をしたり、なんだかんだ優しいところのある人である。

今日は城の中を散策することとしよう。

「ウォクスさんから見た私ってどんなだった? 」

私は護衛として横に立っていたウォクスに尋ねた。
ここはひと気の無い廊下だ。彼もリラックスした様子で話をする。

「そうねえ……いつも泣いていたわ。でも芯がある、しっかりした子。
良い人に仕えられて何より幸せだと思ってるわ」

彼はウィンクをして微笑んだ。
ウォクスがそう言うのなら私は周りが思うほどの悪女ではないのだろうか ……。 

「でも性格キツかったみたいね? 」

「キツイというか、取りつく島もない感じかしら。特に人前では……。
まあ王女としての誇りがそうさせたんでしょうね」

「シェーデル様と仲良くないのは私のせいだよね? あなたなら何か知ってるんじゃない? 」

ウォクスは痛ましげな目をした。
唇を震わせ、何度も開閉する。
それから覚悟をしたようにギュッと目を瞑り口を開けた。

「コルプス国はケルパー国に蹂躙されたから……。
戦争だもの、どちらがどれだけ悪いとは言えない。
けれど……ウェーナ様はケルパー国の兵士にお母様を殺されて……」

ウォクスは言葉を詰まらせた。
こんなこと言って良いのだろうか、とでも言うように顔には迷いが伺える。

「きっと、シェーデル様のことじゃなくて、ケルパー国のことが許せないんじゃないかしら……。
おいたわしい……」

「確かに可哀想。
だからあなたとしか仲良くしないのかな。どうも友達はあなたしかいないみたいだし」

「あら、冷めてるわねえ……。
けどそうかもしれないわね。 周りも、悪いと思うけれど」

そういえば前もそんなこと言っていたな。

「具体的にどう悪いの? 」

私の質問にウォクスは躊躇いながら口を開く。

「意地悪なのよ。あなたがコルプス国の習慣を行えば笑ったり揚げ足取ったり。訛ったらそれを真似して ……」 

「精神的にくるね。
ねえ、その中にシュティルン嬢はいた? 」

彼は目を瞬かせた。

「シュティルン様……? さあどうかしら。あの人少し浮世離れしているし、意地悪はしなさそうよ」

愛人だからてっきり意地悪をしてくると思ったのだが。
私がそう言おうとした時、ネルフが私たちを呼ぶ声がした。

「お二人とも、こんなところでなにを? 」

それはこちらのセリフ、と思ったがいつも忙しない彼女のことだ。
きっと今も仕事の合間なのだろう。

「私の記憶を取り戻す散策……みたいな? 」

ネルフはハハア、と頷いた。

「わたくしも手伝いましょう。なんでも聞いてください」

「ありがたい。
私ってこの城でなんだか嫌われてるみたいだけど、具体的にどういうところが嫌われていたのかな」

横でウォクスが目を剥いた。 
ネルフはさして表情も変えずに淡々と答える。

「そうですねえ。コルプス国の王女ということもあるでしょうけど、あなたがいつもピリピリしていたということが大きいのかもしれません。
高慢な女が来たと言われていました。
けれどわたくしが思うにあなたのあの態度は本来の性格ではなく、この環境に置かれたことによるストレスからではないかと推測してます。
コルプス国はケルパー国と違って非常に寒い国ですから、このコロコロ変わる気候に慣れなかったのかもしれませんね」

コルプス国は南北に伸びた地形をしている。北は極寒、南は亜寒帯だ。
ケルパー国は楕円に近い形だがかなり大きく、亜寒帯から温暖湿潤気候まで広がりがある。
両国は亜寒帯の地域で接しており、同盟が組まれるまではいつも小競り合いをしていた。

……というのが、ウォクスから聞いたこの国の地形である。
ちなみに王城があるのは温暖湿潤気候。夏は暑く冬は寒い。

「コルプス国はそんな寒いところ? 」

ウォクスに聞くと彼はフッと悲しそうな顔になって「寂しいところです」と答えた。
故郷にあまり良い思い出がないのかもしれない。

「ああ、ウォクスさんもコルプス国出身ですもんね」

ネルフがはたと思い出したように呟く。
ウォクスはどこか冷たい笑みを浮かべ頷いた。なんでそんな顔をするんだろう。

「そうですよ」

「いいですよね、北国生まれ。肌が白くて綺麗」

彼女はウォクスの表情に気が付いていないのかニコッと笑うと彼の顔を覗き込んだ。 
ウォクスが驚いたような顔になったのち、真っ赤に染まっていく。

「いやそんな、全然ですよ。第一私は男ですし……」

「わたしなんかよりダンチにツヤツヤで羨ましいです。黒髪なのも、白と黒のコントラストが綺麗で」

人間を褒める時にコントラストが綺麗などという言葉を使うだろうか。

わたしはそう思ったがウォクスは嬉しいようで、顔を真っ赤にしながらはにかんでいた。

「ネルフさんの方が綺麗ですよ……あ、その! 亜麻色で綺麗だなと……」

「お褒めに預かり光栄です」 

2人は顔見合わせて笑う。 
なんだか疎外感を感じる。私は一つ咳払いをして話に割り込んだ。

「案外故郷に戻ったら何もかも思い出さないかな」

ウォクスは慌てたように私に向き直る。ネルフは変わらず落ち着いている。
脈があるのかないのかよくわからないなあ。

「そんな簡単だったらもう戻ってますよ」

「あっという間に思い出す方法なんてあるんでしょうか」

「何かが引き金になってわあっと……ならないかな」

「その引き金がわかるといいんですが……。
私の方でも何か記憶が戻るようなもの探しておきますね」

「ありがとう」

「それじゃあわたくしはこの辺りで。またお手隙の際はおしゃべりしてくださいねー」

彼女は一礼して身を翻すとサッサと行ってしまった。
横でウォクスがウットリした表情で彼女の背中を見つめている。 

「聞いた? あたしのこと綺麗だって……」

「はいはい、おめでとうおめでとう。
……あれ? あの人たちも護衛の仲間じゃない? 呼ばれてるよ」

向かいから歩いてきた護衛たちは私に目礼するとウォクスを手招いている。
彼は私に「魔の届くところに」と言うと長い足でサッと走って行った。
なんの話だろう? 時々笑い声が聞こえるし深刻そうではなさそう、そう思った時だった

「油断してるよなあ」

低い掠れ声が耳元でして、自分の肩が知らず震えた。
この言葉はコルプス語……私の国の言葉だ。
いつの間にか私の横につり目の瘦せぎすの男が立っていた。

身なりはきちんとしており、長めのこげ茶の髪も撫で付けまとめられている。
だというのに男から立ち昇るオーラからただならぬものではないということが察せられた。

「……どなたでしょう」

「ハッ。記憶喪失だって? よくそんな嘘思いついたな。
まあいい。決行の日は近いぞ。準備は出来てるのか? 」

決行の日? 
何を言っているのだ。
私の困惑が伝わったのか、男が愕然とした表情になる。

「まさか、本当に記憶が無いのか? 」

「ええ、そうなんですよ。
なのでまず自己紹介して頂けると……」

「馬鹿な……そんな。
……いや……最初からお前を巻き込むのが間違っていたんだろうな。
まあお前の人生全てに言えることかもしれんが……」

本当になんの話だ……。
意味深な言葉を言うだけ言って満足したのか、男が立ち去ろうとするがそうはさせない。

私は彼の手を慌てて掴んだ。

「待って! あなたは何者? 私の何を知ってるんです? 」

「……お前のことは全て知ってるよ」

彼はケルパー語で答える。
男の目は全てを諦めたような、薄暗い目をしていた。 
喋り方も投げやりで何もかもどうでもいいと思っているような声音だった。

だがこの退廃の匂いを漂わせた男は私の記憶の手がかりなのだ。
彼の手を握り語気を強める。

「全てって何!? 」

「1から教えたら日が暮れる。
手を離しな、じゃないとロクなことにならない……」

男が言い終えるよりも早く私の肩は後ろに引かれた。手が離れてしまう。
誰か見ずともわかる、甘いコロンの香り。

「ウォクス……」

「ウェーナ様、どうかお下がりください」

ウォクスは全神経を男に向けていた。腰に下げた剣に手をかけている。
そんな彼を見て男は唇を歪めた。どうやら笑ったようだ。

「見たことか」

男のどこか勝ち誇ったような、馬鹿にしたような言葉をウォクスは遮った。

​「失礼ですが、貴方様は何者で? 」

「しがない商人ですよ」

「証明書は」

「ほらよ」

男はぞんざいに胸元から紙を取り出した。ウォクスはそれを一瞥する。

「シュヴァイス商会のものですか。失礼しました。
彼女に何か? 」

ウォクスの声は冷たく固い。いつもの柔らかい声が嘘のようだ。

「売り込みですよ。やんごとないお方だとは知らなくてね」

「ウォクス……あの、私から呼び止めたんだ。私のこと何か知らないかと思って」

このままではこの怪しげな男が捕まってしまう。

そうなれば私の記憶の手がかりも失せるだろう、そう思い私は助け舟を出す。
ウォクスは眉を釣り上げたが私には何も言わずに腰の剣から手を離した。

「もう行こう」

私が促すとウォクスは不承不承という感じで男から視線を外す。

「ああ、お嬢様。ご迷惑をおかけしたお詫びにこちらを」

男は気怠げな仕草で何かを取り出した。
ネックレスのようだ。
受け取ろうとするが彼はサッとそれを外して私の首に回した。

またウォクスが鋭く反応する。

「何もしませんよ、これを付けて差し上げただけだ」

私はなすがまま、ジッとしていた。
男は低く、私にだけ聞こえるような小さな声を出す。

「この機会にカルワリアを捨てるんだ」

これは無意味な言葉なのか?
カルワリアとは誰のことなのか?
それを聞くよりも早く彼は私から離れ、「どうぞご贔屓に」と退廃的な笑みを浮かべながら去ってしまった。

ウォクスは追いかけるかどうか迷っていたが私が声をかけると諦めた。

だが周囲の護衛に目配せをしていたので、おそらく他の者が追いかけたのだろう。

「……申し訳ありません。怪しい輩が……」

沈痛な面持ちで彼は謝る。

「確かに怪しいけどここまで来られるってことは身分がしっかりしてるだろうし、大丈夫でしょう。
そんなことよりカルワリアって名前知ってる? 」

「カルワリア……?コルプス国では一般的な名前ですが……」

「一般的……私の家族にそういう名前の人いたのかな」

「ウェーナ様にはお兄様がいらっしゃいます。
サングイス王子というお名前で……カルワリアという名前では全然。そもそもカルワリアは女性名ですしねえ……」

カルワリアを捨てる……。
ウォクスの知らない、コルプス国の誰か。
私は首に下げられたネックレスを見た。
……いやネックレスではない。認識票か?
丸い革のモチーフには文字が刻まれている。コルプス国の言葉だ。


氏名:カプト

年齢:18歳

出身地:コクセンディクス


ウォクスに「それは? 」と聞かれたが適当に誤魔化した。
これは彼に教えてはいけない気がしたのだ。

私は裏側にベッタリと血のついた認識票を握る。
あの痩せぎすの男は私に何を伝えたいのだろう。

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