俺の選んだ服を着て(花火とヘイル)
「ヘイルは女の人のどんな格好が好き?」
「うーん。なんでも好きだよ」
花火はそう、と溜息をこぼした。
服を探しに買い物に出掛けたは良いが中々コレ!というものが見つからない。
あまりヘイルを付き合わせるのも悪いので早く決めてしまいたいのだが……また別の日にしようかと彼女は悩む。
「ヘイルの服は? もう買うもの無い?」
「うん」
「じゃあ別の日にまた来ようかな……」
「どうして? 今日買えば良いだろ?」
「ちょっと決まりそうに無いからね」
そう言うと彼は少し黙ってから「俺もう少し見てくるから、花火もゆっくり見てきなよ」と言ってメンズコーナーへと向かって行ってしまった。
どうやら気を遣わせてしまったらしい。花火は申し訳なく思いながらも手近な店に入ることにした。
ここは異世界だというのに服の形状に大きな違いは無い。
だが素材は違う。太陽が二つあるのでこの世界は暑くなりやすい。
そのため冷感生地のような涼しげな素材のものが多いのだ。
こういうのってお腹壊しちゃうんだよなあ……とか思いながら花火は店内を物色する。
「何かお探しですか?」
爽やかな声と共に1人の男性店員が現れた。グルグルと店内を回る花火を見かねたようだ。
彼女は恥を忍んで聞くことにする。
「今の流行りってどんな感じですか?」
「流行りだとこういった裾にフリンジが付いたものが流行りでしょうか……。
あと今年のカラーはグレージュで……」
グレージュって異世界にもある色なんだ。花火は内心驚きながらふんふんと頷く。
「こちらなどはお客様の美しさが引き立ちますよ!」
男性店員の歯が浮くような台詞に花火は失笑した。
以前の彼女ならうまく反応できなかっただろうが、ヘイルのお陰で(所為でとも言える)慣れてしまった。
そんなナンパなこと言わなくても良いと思ったら買うのだが……。
「こっちも可愛いですね」
「当店でも大変人気な商品なんですよ。お客様の可愛らしい雰囲気によく合います」
店員はスカートを掲げニコニコ笑っている。花火の苦笑には気付かないようだ。
「試着されていきませんか?」
「……もう少し店内見て良いですか?」
「勿論です! あ、この商品も人気があって……」
店員は後ろからついてあっちもこっちもオススメだと言い始めた。
どうやらカモ認定されてしまったようだ……。花火はどうしようと頭を抱える。
どうも見た目だけはおとなしそうに見えるせいで、カモ認定されることはよくあった。
「こちらなんてどうでしょう? お客様の新たな魅力を引き出せそうです」
「あーどうかなあ……」
逃げられないどころか距離を詰めてこられている。ハッキリ言って逃げてしまおうか。
そう思い顔を上げるとヘイルがお店に入ってくるところだった。
「へ、ヘイル!」
「花火。どう?」
「おや? 旦那さんですか?」
「そうです。
それ買うの?」
旦那じゃないだろ、というツッコミを堪え「いやあ。悩んでて」と苦笑いを浮かべる。
「旦那さん、どうですこのスカート。
奥様の可愛らしさを引き立ててると思いませんか?」
「いやあ。アッハッハ。面白い店員さんだよねえ」
ちらりと彼の顔を盗み見ると薄笑いを浮かべ店員を見ていた。
「これ以上可愛くなられると困りますから」
「もっとメロメロになったりして。いいじゃありませんか!
こっちのシャツも似合いそうだなあ。あ! お二人でペアルックとかどうです?」
「他の男に見繕われた服を着せたくないなあ」
なんだそれは。
花火は嫌な予感がして慌ててヘイルの手を引いた。
ヘイルが絡んできた相手に対してとる対処法は、色気で撃退、暴言で撃退、洗脳のどれかだ。
全部最悪である。
「ごめんなさい、この人もの凄くせっかちなんです。
また来ます」
「そうですか……またお待ちしてます!」
引き際の潔さだけは有り難い。
花火はグイグイとヘイルの手を引いて店を出た。
「またトラブル起こす気だった?」
「そんなことしたことないよ」
「私たちなんで異世界にいるんだっけ?」
「頭のおかしな魔法使いに呪われたから」
「頭のおかしな男が暴れたからなんだ。ヘイルって名前なんだけど」
「へえ。俺と同じ名前だね」
いけしゃあしゃあと。
花火は深く深く息を吐いた。
「……もう帰ろっか」
「良いの?」
「疲れちゃった」
ヘイルは気遣うように花火の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「うん。
私どうも舐められやすいみたいで……店員さんに押せばいける! と思われちゃって、逃げられないことがあるんだよね」
嫌になるよ、と花火は息を吐いた。
祭のように派手な格好をすれば良いのかと思ったこともあるが、あれはあれでおかしなのに絡まれそうだ。
「確かに」
「……押せばいけると思った代表に言っちゃったね」
そもそもヘイルが花火に一目惚れさえしなければ今頃彼女は日本にいたはずだ。
それが幸せかどうかはともかく、平穏ではあっただろう。
「初めて見た時、こんなに嗜虐心、違った庇護欲そそられる子がいるんだって驚いたよ」
「嗜虐?」
「線が細くて色が白くて髪が綺麗で……泣き顔、違った笑った顔が見たいなって思ったんだ」
「泣き顔?」
「もう、滅茶苦茶にしてやりたくて……」
「誤魔化すの諦めないでよ。
……ああ、なんか足が痛い気がする。なんでかなあ」
「え? 大丈夫? 魔法かけてあげよっか?
楽になるよ」
洗脳する気のようだ。まだ懲りていないらしい。
花火が彼の手を軽く叩くと「冗談だよ」と笑った。間違いなく冗談ではない。
他愛ない……いや、他愛なくはない会話をしながら家に帰る。
自分の部屋を見ると途端に気が抜けた。花火は2人分の紅茶を入れてソファにもたれかかる。
「……疲れちゃった?」
横に座るヘイルが花火の頬を撫でた。
「うーん。誰かさんがずっと変なこと言ってるからかなあ」
「ごめんごめん。
……ね、良いものがあるよ」
「なに? 甘いの?」
「花火甘いのいっぱい買ってるよね。
そうじゃなくてこれ」
彼は紙袋を差し出してきた。
いつの間に……?
「プレゼント!? いいの?」
「うん。開けて」
花火は慎重に紙袋を開ける。
中に入っていたのはミントグリーンのシャツワンピースだ。
涼しげな色合いと、胸の切り替えのギャザーが可愛らしい。
「わあ! 可愛い……!」
「着て見せてよ」
花火はいそいそと洗面所に移動して着替えをする。ヘイルが後を追ってきたので慌てて追い払った。
「どうかな……」
シャツワンピに着替えた花火はゆっくりと彼の前に姿を見せる。
「ああ……」
ヘイルが笑みを浮かべ、彼女の方に近づく。そして手を広げギュッと抱きしめてきた。
「可愛い。絶対似合うと思ったんだ」
「そ、そう? 嬉しいな」
「……俺が選んだ服を着てるのって良い」
……そう言えば。
彼女はユッカ姫の茶会で自分がドレス選びをしたときのことを思い出し顔が赤くなった。
あれは恥ずかしかった……。
そしてその時彼が選んだドレスを適当に着ていた気がする。
「……あのドレスの時とか……?」
「ああ。最初に選んだのが背中が空いてるデザインで下着丸見えだったよね。脱がせてあげたかった……」
ヘイルの背中に回った手が下着をなぞる。彼女は慌てて腕を叩いた。
「なに言ってるの!?」
「指摘すると真っ赤になるから可愛くって……。
ガード固い癖にそういうところは許してくれるから堪んないよ。
ユッカ姫の用事さえなければあれやこれやしたかったんだけどね」
「あれやこれやされた気がする」
「俺が選んだドレスもすごく似合ってたよ。
花火は何着ても似合うね。すごく可愛い」
ギュッと抱きしめる腕に力が入る。
「……それはヘイルのセンスが良いからだよ……。
このワンピース、形も可愛いし色も綺麗」
褒められて嬉しかったからそう言ったのではなく、本心からの言葉だった。
彼は何かにつけてセンスが良い。今ヘイルの着ているワイシャツにジーンズだって、どこにでもありそうなのに何故か洗練されて見える。ちょっとした着こなしが違うのだ。
「色……。そうだね……花火は緑が似合う。
……俺のところだと、結婚したら相手の目の色のドレスを着るんだ」
「へえ……?」
ヘイルの瞳をまじまじと見る。緑色の瞳だ。
そして花火が今着ているワンピースも、緑色である。
「俺は焦げ茶……? いや琥珀色かなあ」
彼は花火の顔を覗き込みジッと見つめている。
慌てて彼女は身を仰け反らす。
「そ、そうなんだ! 私のところは白色のドレスを着て……」
「ああ。白も似合うよね。
俺と結婚するために生まれてきたみたいだ」
「どんな理論。
……あれ? そういえばあのドレス選びの時に緑のドレスを渡してきたのってそういう……?」
「そうだけど」
花火は思わず息を吐いた。
付き合うどころか会って間もない相手に結婚をチラつかせていたなんて。変態だ。
ここまでくると呆れて物も言えない。
「どうしようもないよ……」
ヘイルも、そしてそんな彼と結婚したい自分も。
「結果的にはこうして二人でいるんだし良いでしょう?
ふふ、花火が奥さんかあ……」
彼はうっとりとした様子で呟く。
だが戸籍の無い2人はこの世界で……いやどの世界でだって結婚することは法律上出来ない。
「……結婚なんてできないじゃない」
少しだけ拗ねたように花火が呟いた。彼は僅かに目を見開いたあと首を振る。
「どうして」
「この世界の人間じゃないし戸籍無いし書類も何も無いから夫婦って証明できない」
「書類の契約になんの意味も無い。
俺たちが、俺たちは夫婦だって言えば夫婦になれる……花火は俺の奥さんになりたい?」
ヘイルの声は真剣そのものだった。緑の目が花火を射抜く。
彼女の頬が徐々に赤く染まっていった。
その通りだ。書類などなくっても二人さえ望めば夫婦になれるのだろう。
二人が望みさえすれば。花火の柔らかな唇が薄く開く。
「……7割くらいは……」
「……7?」
「いや、6割……6割がた結婚って素敵と思ってる」
「えっ? この期に及んでそんなこと言う?」
「流されないよ。
ヘイルのことは勿論好き。
でも危険生物だからさ……」
安易に結婚します、なんて言ったらどんな目に合うか分からない。
この男のことだ。また洗脳してくる可能性もあればどこか別の異世界に飛ばされてめちゃくちゃにされる可能性もある。
「…………花火は俺のこと少しも信じてないね……。
それだけのことしたって分かってはいたけど、こっちに来てから何もしてないよ?
まだ信じてくれないんだ……」
「まだ、ね」
ヘイルは大きく息を吐いた。花火は言い過ぎたかなと思い彼に寄り添い「ごめんね」と呟いた。
「でも私が好きになれるのはヘイルだけだし、私のこと好きになれるのもヘイルだけだよ」
これからもしヘイルと離れることがあろうと、花火の気持ちが消えることがあろうと、だからと言って他の誰かを好きになることはない。
彼だけが花火を可哀想と思わないでいてくれる。異常な愛情をもって花火を選んでくれる。
こんなどうしようもない人間はヘイルだけだろう。もし彼のような人間が多かったら社会生物としての終わりだ。
こんな人はどんな世界にも彼だけで良い。
そしてこんな面倒な自分を好きだと言うのはヘイルだけだろう。
「……ずるいな」
ヘイルは拗ねたような顔をして花火の頬に口付けをした。
花火もお返しにキスをする。
唯一無二の、厄介で掛け替えのない存在に。