名前の入ったもの(カノンとレッド)
「レッド!じゃじゃーん!」
恋人の可愛い声がして、彼は振り返った。
カノンがニコニコ微笑みながらこちらを見上げている。そんな彼女の服はいつもと違った。
「どうしたんだソレ?」
「このシャツ鳴滝くんと作ったの!」
カノンが白いシャツを見せてくる。なんの変哲も無いシャツだが胸にデカデカと赤い線。
その上に白いグニャグニャした何かが描かれていた。
「作ったって、どうやって」
「シルクスクリーンみたいなのを鳴滝くんが作って……まあ私は刷っただけ……デザインはsupremeのパクリだし……。
でもこれなら色んなデザイン作れるよ」
どうかな、とカノンが首を傾げる。
「良いじゃんか! 染料でこんな細かく作れるのか……凄いな」
レッドはまじまじとシャツを見る。線の細さに限度はあるだろうが中々どうして、悪くない。
カノンの頭を乱暴に撫でると彼女はふにゃと笑った。その瞬間体から甘い匂いが立ち上る。
出会った時からカノンは恋の甘い匂いを漂わせている。それは今もなお……。
レッドは嬉しくなり彼女の手を取って指先にキスをした。
「……俺にも作って」
そのまま甘えるように指を絡ませるとカノンはきゅっと握り返した。
「うん。どんなのが良い?」
「カノンの描いた絵のやつがいい」
「要求難易度高いな……。
でも分かった。頑張るよ」
戸惑いながらも頷くカノン。彼女はレッドのワガママにいつだって答えてくれる。
レッドは、こんなに可愛い上に優しいカノンが自分の恋人であることが未だに信じられなかった。
だが事実、彼女はレッドの恋人であり、今だって甘い匂いを漂わせながら彼の体に寄りかかっている。
「楽しみにしてるからな。
……それはなんの模様なんだ?」
幸せな気持ちに浸りながら、レッドはシャツの赤い模様を指差した。
「ん、ああ。これレドモンドって書いてあるんだよ。
レッドの名前。……レッドってあだ名なんだね。ずっと本名かと……」
軽くしかし鋭い衝撃がレッドを襲う。カノンがブツブツ何か言っているが耳に入らない。
「……俺の名前の入ったシャツを、着てるのか……」
「うん。
あ、なんかバカップルっぽい? でも良い名前だから……」
「いや、というか……」
持ち主の名前を書いておくのよ、と若い女が囁いていたのを思い出す。
あれはヨガイラの女の一人だった。
その白い腕にはヨガイラの名前が彫り込まれていた。
レッドは自分の体からある種の匂いがしているのに気が付いた。
「レッド?
……もしかして嫌だった?」
「まさか。むしろ、良すぎるというか」
「良すぎる?」
「最高というか」
レッドは顔を上げて空を見た。
こんなに可愛い恋人いていいんだろうか?
「そう? 喜んでもらえたなら良かった……。これ欲しい?」
「カノンが着ててくれ。サイズ合わないだろうし。
そうだ、カノンの名前のやつも作ってくれよ」
「バカップルじゃない? その通りなんだけど。大丈夫? 恥ずかしくない?」
「バカップルの何がいけないのか分からない」
「そうだよね。バカップルになるのは仕方ないよね」
「そうそう。仕方ない」
フッと噴き出し笑うカノンをレッドは抱きしめた。
*
金属のプレートに鏨で名前を掘っていく。
表面には、名前:マルール。
裏面には、飼い主:ヨガイラ。
彼はそれを革の帯に通し立ち上がった。
檻に入れられた犬が怯える。
「良い子だ」
ヨガイラは檻を開け犬を捕まえた。青い瞳が濡れ体は小刻みに震えている。
「首輪を作ったんだ。お前に似合うよ」
優しく犬の毛を撫でてやり首輪を通した。
毎日毎日ヨガイラが丁寧に洗ってやるので犬の毛は柔らかく艶がある。
「……ああ。やっぱりよく似合ってる。
俺のマルール……」
彼は犬を引き寄せ己の胸の中に閉じ込めた。
犬がクウンと弱々しく鳴く。
ヨガイラは「マルール」と囁いた。だが彼女の返事は吠えることだけだ。
時々無性に虚しくなる。
ギュッと犬を抱きしめ、檻の天井を見上げる。
彼の目には一筋の涙が零れていた。