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プレゼント(真琴と由多加)

赤茶色のレンガの壁に取り付けられたインターフォンを鳴らす。

表札には「石狩」の文字。

そう、私は恋人の家という中々にハードルの高い場所へ訪れていた。

ベルの音が鳴り止まない内に「はい」と声がした。機械越しの石狩くんの声はなんだか新鮮だ。

 

「讃岐です」

 

「ちょっと待ってて」

 

待って、と言われたので何分でも待つつもりだったが10秒もしない内に玄関の扉が開いた。

 

「石狩くん……」

 

彼は……当然ながら私服だった。

シャツにジーンズ。シンプルだけど新鮮だ。

なんだかドキドキする。

 

「上がって」

 

言われた通り玄関までの小さな階段を上がり玄関に入る。

人の家特有の、不思議な匂いがした。

下駄箱には謎の置物がいくつも置いてある。石狩くんと一緒に暮らしているお婆ちゃんの物だろう。

 

「お邪魔します」

 

「スリッパどうぞ。

洗面所こっち」

 

案内されるがままスリッパを履き、洗面所に立つ。

石狩くんの家はどこもかしこも整頓されていて綺麗だ。

ここに比べると我が家は少々生活感が出過ぎている。

 

手を洗い終わって荷物を取ろうとし、自分が土産を持って来ていたことに気がつく。

フィナンシェの箱詰めを買ってみたのだが……二人暮らしの家には多かったかもしれない。

 

「これ、お土産です」

 

「気にしなくていいのに……ありがとう」

 

石狩くんの部屋は二階にあるらしい。

なんだか緊張してきた。

 

「……散らかってるけど……」

 

そう言いながら部屋の扉が開かれる。

石狩くんの言う散らかり、とは何を指すのだろうか。そう思うくらい彼の部屋は整頓されていた。

勉強机に本棚にベッド。全てがきちんと整えられている。

 

「綺麗だねえ」

 

「片付けたから……。

そこ座って」

 

彼は空いているスペースに置かれたローテーブルを指差した。

私はベッドとローテーブルの隙間に座る。石狩くんは向かいに。

 

不意に沈黙が訪れる。気まずい……いや、気恥ずかしさからの沈黙だ。

 

「な、なんか、石狩くんがここで勉強してるんだと思うと賢くなれそうな気がする!」

 

「それは……気のせいだろうね……。

飲み物持って来るよ。お茶とカルピスどっちが良い」

 

「カルピス……」

 

「だと思った」

 

そう言って石狩くんがフッと笑う。

その顔が優しくて、私は心臓が破裂しそうなほどときめいてしまった。

 

彼が部屋から出て行く。ときめいている場合では無い。

私は楡から、彼氏の部屋に行ったらベッドの下や本棚をしっかりと見てくるように言われているのだ。

……そんなところにエロ本を隠す人が未だいるのかどうか……疑問ではあるが、石狩くんがどんなものを読んでいるか気にならない訳ではない。

ムッツリな彼のことだ。絶対に何かいやらしいものはあるはず。

 

ベッドの下にあるのは……衣装ケースだった。

ここに季節外の服を入れているのだろう。デッドスペースを活用した収納上手さんである。

本棚にあるのは……教科書の類や小説である。雑誌の気配すら無い。

この部屋であと隠し場所は?

 

その時ふと机に積まれた教科書の裏に、彼らしくないフェミニンな雰囲気の紙袋が目に入った。

小さな紙袋だ。さすがにえっちなものは入っていないと思う。

しかしそれなら逆にそれがなんなのか気になった。

ちょっと覗くだけ……。

 

「さっ讃岐さん!」

 

慌てた声がして振り返ると石狩くんが部屋の入り口に立っていた。彼は素早くお盆をローテーブルに置くとこちらに駆け寄ってくる。

 

「ごめん……この紙袋見たらダメだった?」

 

「ダメってことは。いや……あー……」

 

珍しく言い淀んでいる。そんなにまずいものだったのか。

 

「勝手に見てごめんね」

 

そもそも彼のプライバシーを傷付ける行為をしてしまっていた。

いけない。自分の周りに偏った思考の人間しかいないのでつい忘れてしまう。

 

「……見つかったなら良い。これ讃岐さんに渡そうと思って……」

 

「え!」

 

プレゼント、ということだろうか。どうしよう。私何も用意していない。

 

「気が利かなくて……」

 

「俺が勝手に渡したくなっただけだから」

 

「ありがとう……!

……開けて良い?」

 

石狩くんが唇を噛み締めて頷く。何かを覚悟した顔だ。

本当に平気だろうか……?

 

紙袋を開けると中には小さな箱が入っていた。可愛らしいラッピング。

なんとか丁寧に開けようとモタモタしていたら見かねた石狩くんが代わりに開けてくれた。

 

中に入っていたのは、ピンク色の石がついたハートのネックレスだ。

 

「可愛い!!

すごく素敵……! 嬉しい……」

 

石が蛍光灯の光を反射してキラキラと輝く。

ネックレスを箱から取り出して色んな角度から眺め回した。どの角度を見ても可愛い。

素敵なプレゼントだ。誕生日でも無いのに貰っていいのだろうか?

 

「ありがとう……! 本当に嬉しい……!」

 

感情が体から溢れ出て爆発しそうだ。私は堪え切れなくなって石狩くんの体に擦り寄った。

彼は驚いたように目を見開いたあと、ドンドンと顔が赤くなっていく。

 

「そ、んなに、喜んでもらえると思わなかった……」

 

「どうして? これ可愛い」

 

「……讃岐さんは可愛いから、こういう可愛い感じのアクセサリー似合うと思ったんだけど……。

普段着てる服割と大人っぽいから、こういうのは趣味じゃ無いよね」

 

「え?」

 

そう言われればそう……なのだろうか。

今日は青のワンピースだ。これが大人っぽいのかはわからない。

普段デートに着ていく服はブラウスにジーンズなどである。

気合いは入れているが、オシャレに詳しくないので果たして似合っているのかどうかは分からない。

 

「服は親のお下がりばっかりで、趣味とかじゃないんだ」

 

「ああ。だから大人っぽいのか」

 

「……変かな」

 

なんだか急に不安になってくる。

石狩くんに喜んでもらえるようにもっとファッションの勉強をするべきだった。

 

「変じゃない。可愛いよ……凄く」

 

「良かった」

 

「俺以外の前であんまり可愛い格好しないで良いからね……」

 

「学校に行くときはジャージでいようかな……」

 

「そこまでしないで良いから」

 

「じゃあ……石狩くんといる時はこのネックレスが似合う格好するね」

 

私が意気込んでそう言うと彼は「なんでも似合うからなあ」と、はにかんだ。

優しい彼の言葉にまたもや心臓が高鳴る。

もうずっと心臓がドキドキしっぱなしだ。破裂してしまいそう。

 

手の中のハートのモチーフをなぞる。石狩くんがくれたと思うだけでたまらなく愛おしい。

 

「ネックレス……付けていい?」

 

石狩くんは小さく頷いて「付けようか?」と聞かれた。

不器用な私より器用な石狩くんがやった方が良いだろう。

 

「お願いします」

 

留めやすいように髪をかき分けネックレスを渡す。

石狩くんの手が回される。これは……密着するから恥ずかしい……。

 

ストン、とモチーフの重みが首にかかった。もう留まったらしい。さすが石狩くんは器用だ。

お礼を言おうと振り返る、より前にうなじに柔らかいものが当たった。

 

「……ごめん……」

 

彼の顔は真っ赤だ。今のは?

 

「え? あの?」

 

「……キスした」

 

思わぬ言葉に今度は私が赤くなる。

 

「へ!? なんで……くびに……」

 

「いやっそれは……綺麗だったから。

ごめん……嫌だったよね」

 

……やはり石狩くんはむっつりスケベだ。

私は彼の手を掴み、背伸びして顔を寄せた。

 

「嫌じゃないけど首じゃなくて……」

 

口にして。

そうお願いすると彼は小さく息を飲んだ。

腰に手が回され顔が近付いてくる。

キスは、いくらしても慣れない。恥ずかしいなと思う。だけどやめたいとは全く思わない。

唇が離れると気恥ずかしさからお互い目を逸らす。だけど手はギュッと握ったままだ。

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